表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢は、辺境で薬屋をはじめます 〜王宮の薬はすべて私が支えていましたが、納品停止いたしますね。お大事になさってください〜  作者: 白崎リラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/16

第10話:「王都にお戻りいただきたい」

使者は、翌日の昼に店へ来た。


仕立てのいい旅装。胸には王宮府の徽章。供を二人連れた、いかにも官吏然とした中年の男だった。


「王宮府より参りました。セラフィーナ・グランヴェル嬢で、お間違いないか」


「ええ。当店の店主ですが――おや」


私は、その顔に見覚えがあった。


「ダレル書記官ではありませんか。お久しぶりです。医薬局の納品台帳で、毎月、判をいただいておりましたね」


「っ……。覚えて、おいででしたか」


ダレル氏は、ばつが悪そうに咳払いをした。覚えているとも。八年間、毎月顔を合わせた相手だ。あの頃は「グランヴェル様の検品があるから儂らは安心して判を押せる」と笑っていた人である。


その人が今、どんな用件で辺境まで来たのか。考えるまでもなかった。


「立ち話もなんですので、どうぞ。――リタさん、お茶を三つ」



「単刀直入に申し上げる」


茶には口をつけず、ダレル氏は懐から書状を出した。


「王宮医薬局は目下、納入薬の品質に関わる……その、軽微な混乱の渦中にある。つきましては貴女に、混乱収拾のため、一時的に王都へ戻られたい。これは王宮府の要請である」


私は書状を受け取り、最後まで読んだ。


なるほど。要約すると、こうだ。


医薬局の検品体制を再建せよ。期間は「混乱の収拾まで」。身分は「臨時奉仕」。報酬の記載は、なし。つまり――八年間と同じ、婚約者の務めならぬ、元婚約者の務めとして。


そして書状のどこにも、あの夜会への言及は、ひとことも、なかった。


謝罪がないのは、まあ、予想どおり。


「ダレル様。確認ですが、これはどなたの発案で?」


「……王宮府と、医薬局の連名である」


「バルテルミー局長の名前で、私を呼び戻すのですか」


ダレル氏の喉が、ぐっと詰まった。


私を追い落とした絵を描いた本人が、自分の懐が痛み始めた途端、無償で呼び戻す。よくできた話だ。感心するほど、よくできた話である。


「……グランヴェル嬢。儂とて、思うところはある。あの夜会の話も、聞いておる。だが現実として、王都の薬は今、ひどい有様だ。子どもの熱が下がらんと、下町は」


「存じています」


それは、本当に胸の痛む話だった。偽薬で吐き続けた、あの五歳の男の子の顔を思い出す。王都には、あの子が何千人もいる。


だから私は、丁寧に、はっきりと申し上げた。


「お断りします」


「なっ……」


「ですが、代わりのご提案があります」


私は、棚から一枚の紙を取って、卓上に置いた。


当店の、料金表である。


「私はこの街で薬屋を営んでおります。廃業して王都へ参ることはできません。――ですが、正規のご依頼でしたら、薬師としてお受けします」


「せ、正規の依頼、とは」


「ひとつ。検品体制の再建をお望みなら、手順書を作成して納品します。検品の基準、試験の方法、記録の様式。すべて文書で。――作成料は、こちら」


料金表の一行を指す。ダレル氏の目が、金額と私の顔を往復した。


「ふたつ。手順書を運用できる人材がいないのなら、研修をお受けします。ただし私は動きません。学ぶ方を、この店へ寄越してください。授業料は、こちら」


「みっつ。個別の薬の調合依頼も承ります。処方箋一枚ごとに、こちらの調剤料で。――以上、三点。すべて書面で契約し、対価は前払い。商いの基本ですので」


店の中が、しんとした。


ダレル氏は、絞り出すように言った。


「……無償での奉仕は、できかねると」


「はい。八年分、もう済ませましたので」


にっこり笑って、そう申し上げた。


ダレル氏は何かを言いかけ――そのとき、店の奥から、低い声がした。


「――茶のかわりは、いるか」


衝立の向こうから、湯気の立つポットを片手に、山のような人影がのっそりと現れた。本日、定期診察の日だったお得意さま第一号である。


ダレル氏と供の二人が、椅子から五寸ほど跳び上がった。


「へ、辺境伯閣下!? なにゆえ、このような場所に……!」


「俺の主治医の店だが。何か問題でも」


閣下は私の斜め後ろに、腕を組んで立った。何も言わない。ただ立っている。それだけで、店の気温が二度ほど下がった気がする。


「使者どの。うちの先生の料金表は、適正だぞ。なにせ領軍の常備薬一式を任せた俺が言うのだから、間違いない」


「は、はあ……」


「持ち帰って、上にそう伝えるといい。――それと」


閣下の声が、一段、低くなった。


「この方を『戻す』という言葉を、二度と使うな。この方は荷物ではない。ノルデンの薬師だ」



使者の一行は、料金表の写しだけを持って、夕方の馬車で発っていった。


「……よろしかったのですか、閣下。王宮府を敵に回すような啖呵を」


「事実を言ったまでだ。……それより、だ」


閣下は、すっかり冷めた茶を一口飲んで、ふいと目を逸らした。


「断ると思ってはいたが……『学ぶ者を寄越せ』とはな。貴女は、王都を見捨てんのだな」


「見捨てませんよ。患者に貴賤はありませんので。――ただ、私を安く使おうとする方々と、王都で熱を出している子どもは、別のお話というだけです」


「……っ、く」


閣下は、こらえきれずに肩を揺らして笑った。初めて見る、声を立てた笑いだった。


「はは……っ、まったく、貴女という人は。ああ、いいだろう。その流儀、気に入った」



――五日後。王都、王宮府。


「『正規の依頼ならば受ける。対価は前払い』……だと? あの小娘、よりにもよって商人の真似事を……!」


復命書を握り潰したのは、報告を又聞きしたバルテルミーだった。


「放っておけ! あんな女に頭を下げずとも、医薬局は儂が」


「――その医薬局の薬が効かぬから、こうなっておるのだろうが!」


会議室に怒声が飛び交う。そのときだった。


扉が乱暴に開いて、蒼白な顔の侍従が転がり込んできた。


「も、申し上げます……! 殿下が、アロイス殿下が、執務室にてご倒れに……! お、お脈が、乱れて……!」


会議室が、凍りついた。


誰もが立ち上がり、誰もが叫び、廊下を走り出す。


その混乱の中でただ一人、バルテルミー・クローヴだけが、椅子に座ったまま動けずにいた。


頭の中で、二月前の夜会の、あの退場間際の声が、今さらのように響いていた。


――王宮医薬局への納品、すべて本日付で停止いたします。


――お大事に、なさってください。


第一章、これにて幕です。お大事に、なさってください。次章、王都が支払う「対価」のお話。ブックマークと評価をいただけると、第二章の早馬が速くなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ