大衆酒場『酔いどれ紳士』
【タイタニア王国王都ルイン:酒場マスター】
王都ルインの裏路地にある古い酒場『酔いどれ紳士』
以前には仕事帰りの労働者達がたくさんいて、そこら中から笑い声が響いていたが……現在は明かりを最低限にして店内は人がまばらになっている。
この店で色々な人間ドラマが生まれ、そして消えていった。古ボケたカウンターからのぞむこの景色は時代と共に変わってきた。それは今も……
近くにある一つのテーブルを囲み常連さんと思わしき労働者が安酒をあおっていた。
「……最近、また魔石の値段が上がってないか?」
「ああ、ヨツバ総合商会とお上が揉めてるのは知ってるだろう? ヨツバ総合商会から入って来る魔石に、税金がかけられて高くなってるらしいぞ」
「相変わらずだな。王族は……」
「そうだな。勇者様と言っても戦争が停止した今は、役に立たないからな」
「全くだな。税金も高いし最近はサウス領へ行く人が増えて来ているしな……」
「若いヤツラはみんなサウス領へ行っちまったしな。ギルドにしがみついても、上だけが美味しい思いをしているだけだからな。だから貧民共は全員居なくなっちまったな。そして、ヤツラがやっていたキツイ仕事は俺達みたいな中堅どころがヤレってか? んなの、ヤッてられっかよ」
「ヤル気がある者はレギオンっつたか? ギルドに代わる組織で受け入れてくれるらしいぞ、俺達も行ってみるか?」
その日からこの常連さんは店には姿を、見せる事は無くなった。挨拶もそこそこで出ていく彼等は、残っている私に対して気を使ったのだろうな……
日々、値段が上がっていく食材。上等な酒は全てがヨツバ総合商会から仕入れてたが、今は入手出来ない。
そして、税金だけが上がり……今まで裕福に暮らしていた王都民も、居なくなった貧民のような生活を送らなければならなくなっているようだ。
違うテーブルでは……
「私達、別れましょう」
「いきなりどうしたんだ? 俺と結婚してくれるんじゃないのか?」
「ゴメンなさい。私のお父さんがタイタニア王国兵のアナタでは、結婚はさせないと……家族でサウス領へ行く事にしたの。お父さんも私もレギオンに入れる事になったんだよ。だからこのチャンスを逃したくないの。本当にゴメンなさい」
私は泣き崩れる青年にそっとグラスを渡す。
栄華を誇ったタイタニア王国はギルドと共謀して、サウス領から今まで人、物、金を搾取してきた。
それを現領主になったユリウス様が、全てをひっくり返し立場が逆転してしまった。
タイタニア王国の兵士は以前なら結婚相手に困るなんて事はなく、むしろ貴族ではないのに重婚する者までいるくらい稼ぎも良かった。今は……彼のような感じになっている。
状況が変われば人も変わる。これも時代の流れなのだろうか……
そして、隅のテーブルに料理を運ぶ。
運ぶ料理も材料が手に入れづらくなり、昔からみれば質素な物だな。
そこにはウチのような場末の酒場など、来た事はなさそうな貴族が数名いた。店内のお客様は、なるべく関わらないように気をつけている。
そう、彼等は生まれながらの勝ち組。何をされるか分からないから。
タイタニア王国の貴族というだけで周辺国でもエバってこれたが……ユリウス様に賠償金を払った貴族なのだろう。
「なぜ、ワシらがこんな汚い所で安酒なんか飲まねばならん」
「……まあまあ、グッチ子爵。そちらの領地はどうですか?」
「ああ、愚かな下々の者が領地から出て税も減る一方じゃ。全く、王家がサウス領を取れれたら、と言うから兵を出したのに……」
「そうですな。ウチも息子の賠償で、ガッツリとサウス領に持っていかれましたわ……」
「そうそう、しかも腹が立つのがそれらの金を使って、王国中から貧民を連れていった。ワシらの金だぞ」
ユリウス様は今、貴族達には評判が悪い。多額の賠償金と人材の流出で、どこの領地も税収減だから。それだけで無く彼らの領地で作られていた特産品なんかも、ヨツバ総合商会が買い取っていたが現在はギルドを通じてのみ。
物が売れない買えないという状況は、人に焦りを生み出す。まさにこの貴族達は平然とした顔をしているが内心は……領内の不満が溜まっていつ爆発しても可笑しくはない。
サウス領やレギオンにどうすれば渡りをつけられるのかを、貴族同士の語らいで探している。
これはまだマシな貴族。
本当に愚かなのは……
「全く、ワシらがいるから領民が暮らせているんだ。限界まで税を上げればいいんだ。サウス領・アルブル王国? そんなのは我が栄光あるタイタニア王国の属国にして金を毟り取ればいいんだ。いつまで王家は弱腰のままなんだ。だからワシらがこんなにもガマンを強いられているんだ。全くけしからん」
今だに状況を理解出来ていない……しかも、頼まれた酒や料理は今の王都ルインで、提供出来る店なんてないのに。あったとしても幾ら金が必要になるのか分からない。
それよりも日々、居なくなる領民をどうにかしないと破滅しかないのに。
そんなに遠くない未来にはこの貴族の領地は、立ち行かなくなるのだろうな。
そんな事を思いながらグラスを拭いている。
そして、今日も誰も居なくなった店内の明かりを落とす。
様々な人間模様を酒に混ぜて提供してきたが、本日で閉店だ。後ろ髪を引かれる思いもあるが……
私の店『酔いどれ紳士』はサウス領月都市ムーンに移転するのだ。また新たな物語を紡いでくれる店に思いを馳せ、暗い路地裏を歩き出す。
こうして、長年王都を支えていた店舗がまた一つ消えていった。




