第二十九話:みこちとこむぎとおるすばんと(その頃、外部は…)
「こむぎはみこちの面倒ちゃんと見ているかな…」
ふつうは逆であるが、あながち間違えではない。
外部は、そんな思いを馳せながらとある喫茶店に向かっていた
外部の足取りは静かで、冬の空気が頬を刺す
店の前を通る人々は急ぎ足だが、彼の視線はどこか遠く、こむぎのことを思い浮かべている
小さな心配が、胸の奥で温かく膨らんでいるようだった
その店はお世辞にも流行っているようには見えないが、個室があるので面談とかには最適である。
外観は控えめで、看板の文字は少し色あせている
だが扉を開けると、木の香りとコーヒーの匂いが混ざり合い、個室の扉の向こうには落ち着いた空間が広がっていた。こういう場所は、言葉を選びやすく、重い話をするのに向いていると外部は思った
「予約した外部ですが…」
受付でそういうと…
「お連れの方はすでにいらっしゃっています」
そう言われ、部屋に案内される。
受付の女性はにこりと笑い、手際よく案内してくれた。廊下を歩くと、壁に掛かった古いポスターや小さな観葉植物が目に入る。個室の扉を押すと、そこには既に誰かが座っているのが見えた
「ぺこらさん、お待たせしてすみません」
「こちらこそすまんペコ…せっかくの休みなのに」
待ち合わせ相手は、ぺこらだった
ぺこらはいつもの明るさを保っていたが、笑顔の端に疲れが滲んでいた。外部は軽く会釈をし、席に着く。二人の間に流れる空気は、普段の雑談とは少し違っていた
「ペコラさんは何を飲みます?ケーキでも一緒に頼みますか?」
「あ…ココアでよろしくぺこ」
「では、ココアとアイスコーヒーを」
メニューをめくる指先が少し震えているのを外部は見逃さなかった
ぺこらは普段通りの口調で答えるが、その声には微かな影が差している
外部はあえて軽い提案をして、場を和ませようとする
店員は注文を聞くとドアを閉じる
「冬なのにアイスコーヒーなのぺこか?」
「えぇ、どうも熱いのが苦手なので…」
「お前は猫ペコか?」
軽い冗談が交わされ、ぺこらは一瞬だけ肩の力を抜いたように見えた
小さく笑いながら軽い話をしていると、店員が注文の品を持ってくる
ココアの湯気が立ち上り、アイスの氷が光る
ぺこらはカップを両手で包むようにして持ち、外部はその仕草を見て安心したように微笑む
だが、その微笑みの奥には言葉にしにくい重さがある
店員が部屋を出ると、外部は本題を切り出す
店員の足音が遠ざかると、空気は一層静かになる
外部は深呼吸を一つして、声のトーンを落とし、相手の目を見て話し始める準備をした
「早速ですが、ぺこらさん相談とは?」
今日はぺこらに呼ばれて外部はここに来ていた
外部の問いかけは穏やかだが、核心を外さない
ぺこらが何を抱えているのか、どれほど切羽詰まっているのかを確かめるための、慎重な一歩だった
「実は、ホロライブをやめようかと思てるぺこ」
姉さん…事件です…私には姉はいませんけど…
その言葉は個室の静けさの中で重く響いた
外部は一瞬言葉を失いかけたが、すぐに表情を整え、ぺこらの目を見据えた
言葉の裏にある感情を読み取るため、彼は沈黙を恐れずに待つ
「かなたも辞めたけど、実は3期生達の内情も結構キてるペコ…」
そうなのです…みこちもそうですが、最前線動いている3期生の内情も結構きいているのである
ぺこらの声は震え、言葉の端に疲労が滲む
外部はその声を注意深く聞き、言葉にならないサインを拾う
表情の微かな変化、指先の動き、息遣い――それらが、言葉以上に多くを語っていた
「私は好きだからまだやれてるけど、マリン達が…」
ぺこらの「好き」という言葉には、愛着と責任感が混じっている
外部はその混ざり合いを見逃さず、相手の気持ちを尊重する姿勢を崩さない
「もしかして…リミットは3期生ライブですか?」
年末の3期生の配信を見ていると、どうしても頭に過ってしまう。
外部の問いかけは慎重だが、核心を突く
ぺこらの頷きや表情が、答えを補完する
外部はその反応を見て、次に何を言うべきかを静かに考える
「気づいていたペコか?」
「いいえ、勝手に想像して危機感を抱いていただけです」
ぺこらの返答は控えめだが、そこにある危機感は確かだ
外部はその危機感を軽んじず、真摯に受け止める
「谷郷は言ってくれたけど、すぐには改善されないペコ…」
そう、あの飲み会の配信の後、谷郷はしきりに言い続けている
外部はその言葉を聞き、社内の動きと現場の温度差を頭の中で整理する
言葉だけでなく、行動の頻度や反応の遅さが、現場の焦燥を生んでいることを理解する
社内では、谷郷の意見に賛同して、ホロメンに寄り添い行動をしている人は多くなってきたが、まだまだ以前の考えから抜け出せない人も多い
組織の中での変化はゆっくりだ
外部はその速度差が現場に与える影響を重く受け止める
賛同者が増えても、制度や慣習が変わらなければ、負担は残る
そんな報告を受ける谷郷は、何度も足を運び、説得に向かっている
谷郷の努力は目に見えないところで続いている
外部はその努力を知っているからこそ、時間が必要だという事情も理解している
しかし、現場の切迫感は待ってはくれない
「谷郷も行動を起こしてるよ…それでもまだ時間がかかる…もう少し時間をもらえませんか?」
「けど、マリン達が…」
ぺこらの声には焦りが混じる
外部はその焦りを受け止めつつ、冷静に対話を続ける必要があると感じる
「解ります。けど、今だから出来る事があります。3期生ライブには間に合わせますので、どうか早まった事をしないで下さい」
私はペコラさんに強く願った
外部の言葉は短く、しかし誠実だ
相手を安心させるために無理に楽観を示すのではなく、現実的な支えを示すことを選んでいる
「信じていいペコか?」
私は力強く頷いた
その頷きは言葉以上の約束だ
ぺこらの表情が少し和らぎ、肩の力が抜けるのが見えた
外部はその変化を胸に刻む
ぺこらさんが帰った後、暫くすると1通のメールを送る
個室の静けさが戻り、外部は席に残ってスマホを手に取る
送るべき言葉を慎重に選び、短くも緊迫感のある件名を打ち込む。画面の明かりが彼の顔を淡く照らす
「谷郷、今しかない、今を逃すと崩壊するぞ」
その内容はとある企画書であった…
送信ボタンを押す前、外部は一度深呼吸をした
言葉は短いが、その裏にはぺこらの声があり、仲間を守りたいという切実さがある
メールは送信され、画面に「送信済み」の表示が浮かぶ
外部はスマホをしまい、ぺこらの背中を思い浮かべながら…
ぺこらの言葉を反芻する
今はまず「聞く」こと、そして相手の言葉をそのまま受け止めることが優先だと彼は改めて思う
余計な説明で重さを増さないように、ぺこらの脆さをそっと包むようにする
それがここでできる最も誠実な対応だと信じて、外部は静かに立ち上がり、夜の街へと歩き出した
夜風が冷たく、街灯が淡く路面を照らす
外部はコートの襟を立て、足早に歩きながら次に会うべき人の顔を思い浮かべる
行動は言葉より先に示す
彼は小さな決意を胸に、ぺこらの「ぺこ」が戻る日を信じて歩き続けた




