第二十六話:兎田と星街とこむぎを見守り隊
ホロライブ事務所にて。
「こむぎはかわいいでござる…はぁ…また会いたいでござる…」
いろはは見守りカメラの映像を見ながら、胸の奥から深いため息をついた。画面の中ではこむぎがソファーの上で丸くなり、尻尾をゆらゆら揺らしながら眠っている。その寝顔はまるで小さな天使で、見ているだけで心がふわりと温かくなる。いろははスマホを胸に抱きしめるようにして、画面を見つめ続けた。
「どうしたペコ?あぁ、こむぎの動画ぺこね」
たまたま同じ企画で事務所に来ていたぺこらが、いろはの背後からひょこっと顔を出した。耳がぴょこぴょこ揺れ、興味津々といった様子だ。
「ぺこら先輩は、こむぎのこと知ってるでござるか!?」
いろはは勢いよく振り返り、目を輝かせて問いかける。こむぎの話題になると、普段の落ち着いた雰囲気がどこかへ吹き飛んでしまう。
「知ってるも何も、こむぎはよく遊びに来るぺこよ?」
その何気ない一言が、後に大騒動へと発展するとは、この時のぺこらもいろはも想像していなかった。
後日。
「ぺこらー!!こむぎがよく遊びに来てるってどういうこと!?」
どこから聞きつけたのか、星街すいせいが事務所の廊下でぺこらを見つけるや否や、全力で詰め寄ってきた。まるでロックオンされたターゲットのように一直線で、ぺこらは思わず後ずさる。
「ひっ!?す、すいちゃん落ち着くぺこ!!」
「落ち着けないよ!!なんでこむぎがぺこらの家に行ってるの!?すいちゃん家には来ないのに!!」
「外部さんもよくわかってないらしいぺこだけど、外部さんが仕事中に、よく遊びに来てるペコよ?」
「なんでぺこらの家に!?そもそもぺこらの家ってどこなの!?」
「え?外部さんちの隣ぺこよ?」
星街の動きが止まった。まるで時間が止まったかのように、星街は固まったまま瞬きを忘れている。
「……は?」
「え?みんな知らなかったペコか?たまに廊下で騒いでるすいちゃんみこ先輩の声聞こえてるぺこ」
ぺこらは悪気なく言うが、これは単にホロライブ側が口止めしていなかっただけである。外部は「ぺこらが隣に住んでいること」を秘密にしていたが、ホロメン同士は住所を隠す文化がない。
星街の顔がみるみる赤くなり、次の瞬間――
「ぺこらずるい!!すいちゃんも隣に住む!!」
「いや、無理じゃないぺこ?隣は空いてないぺこよ?」
「ならぺこらの家にすいちゃんも住む!!」
「嫌ぺこよ!!なんでぺこらがすいちゃんと住まないといけないぺこか!!」
「ぺこちゃんお願いします。何でも言うこと聞きますから!!」
「だから嫌ぺこよ…無茶言うのやめてくれぺこよ…」
星街がぺこらの肩を掴んで揺さぶり始めたところで、騒ぎを聞きつけたAzukiといろはが慌てて割って入る。
「すいちゃん、ダメだよ?無理言っちゃ…ぺこちゃんだって迷惑だよ?」
「すいせいせんぱ~い…それはさすがに無茶でござる…」
二人に押さえられ、星街はようやく落ち着きを取り戻した。
「……ごめんねぺこら…最近こむぎにゅーむを吸収してなかったから…」
しゅんと肩を落とし、深々と頭を下げる。
「良いぺこよ…ちょっと興奮しただけぺこでしょ?」
ぺこらは苦笑しながらも許した。
「けど…いつもどうやって来てるか知らないぺこ。ベランダは繋がってるから来れるのはわかるぺこ…けど、どうやってベランダに出てるかわからないぺこよ…」
ぺこらは腕を組み、真剣な顔で首を傾げる。確かに、外部の家のベランダとぺこらの家のベランダは隣接している。しかし外部が仕事中は窓を閉めているはずだ。どうやってこむぎが外に出ているのかは謎だった。
「それならかざまは知ってますよ~、かざま見ましたので~」
いろはの何気ない一言が、星街の心に火をつけた。
「え!?いろは何で知ってるの!?」
「かざまはこむぎ見守り隊の隊長ですから!!」
胸を張って堂々と宣言するいろは。
「ちなみに書記は私ね」
Azukiはスマホを操作しながら、さらっと付け加えた。どうやら今の騒動を外部に逐一報告しているらしい。
「すいせいせんぱいこれを見てください!!」
いろははスマホを星街に差し出した。
画面には、ソファーで丸くなって眠るこむぎの姿。その寝顔はまるで天使で、星街は思わず息を呑む。
「こむぎ!?こむぎの写真!?」
しかし次の瞬間、星街の声がスピーカーから漏れたことで、画面の中のこむぎがむくりと起き上がった。
「にゃ~」
こむぎはお座りし、カメラに向かって挨拶をする。
「にゃ~…にゃ?」
首を傾げ、不思議そうに画面を覗き込むこむぎ。いつも聞こえるのはかざまの声なのに、今日は聞き慣れない星街の声が聞こえたからだ。
星街の理性は吹き飛んだ。
「こむぎぃぃぃぃぃぃ!!!!」
事務所中に響き渡る叫び。ぺこらは耳を押さえ、Azukiはいろはの背中に隠れ、いろはは星街を必死に押さえ込む。
「すいせいせんぱい落ち着くでござる!!」
「無理!!こむぎが!こむぎが反応した!!すいちゃんの声に反応した!!」
「いや、ただの猫の反応ぺこ!!」
「違う!!これは運命!!」
「運命じゃないぺこ!!」
こうして次々とホロメンにバレ始めたのであった。
しかし、この騒動はまだ序章にすぎない。
この後、さらに面倒な人物が参戦することになるのだが――それはもう少し未来の話である。




