第二十三話:谷郷と外部と晩酌と
夜のマンションの一室。外部マネージャーの部屋には、酒の匂いとため息が漂っていた。テーブルの上には焼き鳥の皿と、開けたばかりの日本酒の瓶。グラスを握りしめているのは――ホロライブ社長、谷郷元昭だった。
「そもそもですよ?私は社長ですよ?代表ですよ?なのになんで私の言うことを聞かないんですか!」
谷郷は荒れていた。声は少し震え、酒の勢いも混じっている。だが、その根底には深い焦燥があった。再びホロライブの中から卒業者を出してしまったのだ。
「かなたの件は蓄積が大きかったのだと思う…それに聞いているだろう?ココの件…あれが無ければ、かなただって…」
外部マネージャーは静かに答える。谷郷の言葉に、彼もまた胸の奥に重いものを感じていた。
桐生ココ――ホロライブ四期生として活動していた彼女は、転生先の会社で数々の問題に直面した。給料未払い、経営不振、そして最終的には倒産。彼女と天音かなたはデビュー当初、同居するほどの絆を持っていた。その絆があったからこそ、かなたの心にも深い傷が残ったのだ。
「解りますよ?解ってますよ?けど、それでも私は支えたかった!!共に歩みたかった!!」
谷郷はグラスを机に叩きつけるように置いた。酒が少しこぼれ、テーブルに広がる。外部は慌てて布巾で拭きながら、落ち着いた声で言った。
「お前は頑張っているよ…ただ、カバーも今や四百億以上の売上を誇る会社だ。大企業だ。社長の手足となってくれる社員にも意思がある、思惑がある。だからお前は言い続けなくちゃダメなんだ…」
会社が大きくなればなるほど、社長の意思は現場に届きにくい。もちろん、方針は反映される。だが、現場で歪められたり、社員の思惑でねじ曲げられることもある。最近はそんな報告がいくつも上がっていた。
「それでも!!それでも!!…」
谷郷は分かっている。分かっているが、言わずにはいられなかった。彼の目には、社長としての責任と、人間としての悔しさが入り混じっていた。
「外部さん、なら私の右腕になってくださいよ!!私のマネージャーになってくださいよ!!」
谷郷は真剣な眼差しで外部を見つめる。だが、外部は首を縦に振れなかった。振れるはずがない。彼はすでに“みこち専属”という立場を背負っている。谷郷の右腕になることは、みこちを裏切ることに等しい。
「……すみません。それはできません」
外部の答えに、谷郷は肩を落とした。グラスの中の酒を一気に飲み干し、深いため息をつく。
その時、一本の電話が鳴った。外部が受け取り、谷郷に渡す。
「もしもし…」
受話器から飛び出した声は、怒りに満ちていた。
『てめぇ!!やごう!!みこのがいぶまねーじゃーを取ろうとするなんて、いい度胸だな!!』
「みこさん!?!?」
谷郷は目を見開いた。どうしてこのタイミングで――。
「いやいや、誤解です!私はただ…!」
『誤解じゃないにぇ!!がいぶまねーじゃーはみこのなのにぇ!!たい焼きで雇ってるのにぇ!!』
「今はキチンとした給料を出してるのでは…」と谷郷が小声で補足するが、みこの怒りは収まらない。
『やごう!!社長だからって何でも許されると思うなにぇ!!』
谷郷は受話器を持ったまま、外部に視線を送る。外部は肩をすくめるしかなかった。
その様子を、リビングの端に置かれたカメラが赤いランプを灯しながら静かに映していた。これは今回の会話をホロメンに見せる為に、外部が設置し、限定公開していたものである。
「……すまんな谷郷」
谷郷は苦笑した。
「今回、ホロメンにお前の本音を聞かせるために中継させてもらった」
電話の向こうで、みこちの声はまだ続いていた。
『がいぶまねーじゃーは、みこのたい焼き生活を支えるためにいるのにぇ!!やごうに取られたら、みこが困るにぇ!!』
「みこさん…私は取ろうとしたわけじゃなくて…ただ、頼りたかっただけなんです」
谷郷の声は少し震えていた。社長としての威厳はそこにはなく、一人の人間としての弱さが滲んでいた。
外部はその姿を見て、心の奥で思った。
「この人もまた、孤独なんだな…」
会社のトップに立つ者は、誰よりも強く見えなければならない。だが、その裏で抱える孤独と重圧は計り知れない。谷郷はそれを晩酌の席で、ようやく吐き出せたのだ。
「谷郷さん…俺はみこちのマネージャーです。でも、友人としてなら、いつでも話を聞きますよ」
外部の言葉に、谷郷は少しだけ笑った。
「ありがとう…それだけで救われるよ」
電話の向こうで、みこちがまだ怒鳴っている。
『がいぶまねーじゃー!!みこの所は辞めないよね!?たい焼き少ないならもっと出すよ!!』
「辞めないですから安心してください。それとたい焼きの量は減らして給料を上げてください。病気になります」
外部は苦笑しながら答えた。谷郷も思わず吹き出す。
「……やっぱり、みこさん達ホロメンがいるから、この会社は回ってるのかもしれないな」
その夜、酒と笑いと怒声が入り混じる中で、外部は思った。
「俺はただの外部マネージャーだ。でも、この立場だからこそ見えるものがある。谷郷の孤独も、みこちの無邪気さも、ホロライブの歪みも…全部、俺の目の前にある」
そして、赤いランプを灯すカメラは、そのすべてを静かに中継していた。




