第一五話:兎田のにおいがするにぇ!!
引っ越しから数日。ようやく段ボールの山も片付き、部屋には落ち着いた空気が流れていた。
その日は初めての休日。午前中に役所での手続きを済ませ、午後はゆったりとしたティータイムを楽しんでいた。外部マネージャーはソファに腰を下ろし、湯気の立つカップを手に、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「こむぎ、みこちがいないと、こんなにも静かなんだな」
「ニャー」
こむぎはキャットタワーの上で丸くなり、尻尾をふわりと揺らして返事をする。
「もう少しみこちと仲良くできないか?」
「シャーーー!!」
突然の威嚇に、外部マネージャーは肩をすくめた。
「そっか、だめか…」
みこちとの関係改善は、まだまだ時間がかかりそうだ。
そのままソファに身を預けると、心地よい疲労感が体を包み、いつの間にかまどろみに落ちていた。
──目が覚めたのは、夕暮れ時。
「……ん?」
部屋の空気がひんやりとしている。ふと、こむぎの姿が見えないことに気づいた。
「こむぎ?」
ソファの下、キッチン、押し入れ……どこにもいない。
そして、ベランダの窓がわずかに開いているのを見つけた。
「まさか……!」
慌ててベランダに出る。だが、そこにもこむぎの姿はない。下を覗いても、落ちた様子はない。
「こむぎー!どこ行ったんだー!?」
そのとき、隣のベランダから「ニャー」という声が聞こえた。
「えっ!?そっちにいるのか!?」
衝立のせいで隣の様子は見えないが、どうやらこむぎはベランダの手すりを伝って隣に渡ってしまったらしい。
「こむぎ、戻ってこれるか?」
「ニャー…」
返事はあるが、戻る気配はない。どうやら行ったはいいが、帰り道がわからなくなってしまったようだ。
すると、隣から女性の声が聞こえてきた。
「あの、猫ちゃん触っても大丈夫ですか?もしよければ、玄関から連れていきます」
「はい!すみません、お願いします!」
慌てて玄関を飛び出し、廊下で待つ。ほどなくして、隣のドアが開いた。
そこに立っていたのは──
「……あっ」
外部マネージャーは思わず声を漏らした。彼女も一瞬、目を見開いた。
「えっと……以前、少しだけご挨拶したことありますよね?コラボの時……」
「はい、覚えてます。まさか隣とは……」
彼女の腕の中には、すっかり落ち着いた様子のこむぎが抱かれていた。こむぎは喉を鳴らしながら、彼女の腕に顔をすり寄せている。
「この子、人見知りなんですけど……ぺこらさんには、最初から懐いてたんですね」
「そうなんですか?なんか、すぐに膝に乗ってきて。びっくりしましたけど、嬉しかったです」
「ありがとうございます……ご迷惑をおかけしました」
「いえ、全然。猫好きなので、むしろ癒されました」
少しぎこちないながらも、互いに笑みを交わす。
「よかったら、今度ちゃんとご挨拶させてください。引っ越したばかりで、バタバタしてて」
「はい。落ち着いたら、ぜひ」
こむぎの冒険は、思わぬ再会を呼び寄せた。
新居の隣人は──一度だけ顔を合わせたことのある、推し・兎田ぺこらだった。
数日後──
引っ越し祝いも兼ねて、みこちが遊びに来た。
「お〜、新居いい感じじゃん!こむぎ〜、元気だったかにぇ?」
こむぎはいつものようにみこちを警戒し、ソファの下からじっと様子をうかがっている。
「シャー……」
「えぇ〜!?またシャーされたにぇ!?なんでそんなに嫌われてるの!?」
外部マネージャーは苦笑しながら紅茶を差し出す。
「まあまあ、こむぎは人見知りだから……」
「でもさ、なんかこの部屋……」
みこちはふと鼻をひくつかせた。
「……なんか兎田のにおいがするにぇ」
その瞬間──
星街の膝の上で丸くなっていたこむぎが、ピクリと耳を動かし、みこちのほうをじっと見つめた。
「……え?今、反応した?」
「うん、したね」
「えっ、こむぎって兎田のこと好きなの!?ずるいにぇ!!」
みこちの叫びに、こむぎは「ニャー」と一声鳴いて、再び星街の膝に顔をうずめた。
外部マネージャーは紅茶をすすりながら、静かに笑った。
──こむぎは、誰よりも正直なのかもしれない。




