魔王①
しばらくこの場に、独特の空気が流れる。
「フフ……どうだ? 驚いただろう?」
そんな中、正面の女児は不敵に笑う。
まあ、ある意味で驚いたのは間違いない。
「申し訳ないにゃ。そんなに大層な御方とは……」
テルミンは何かを言いかけて、途中で言葉を飲み込んだようだった。
「ふむ、まあ無理もない。今の我は本調子では無いからな」
そんなの気にするなと言うように、シューと名乗った女児は、うんうんの頷く。
「それに、干渉して来る輩のせいで、我のオーラも貴様らには届いておらんのだろう」
オーラと言うのであれば、口には出せない並々ならぬものを感じてはいるにはいる。
……なんか、すごくカワイイ。
「ろーどおぶ……みりおん??」
黄色が首をかしげてそう呟く。
「灰燼の王! ロード・オブ・ヴァミリオンである!」
「それ、どういう意味?」
日本人的には”朱の道”と訳したくなるものだが、恐らくそっちのロードではないだろう。
「朱色の主?」
誰に投げかけるでもなく、私は呟くようにそう言った。
いや、ここは”主”ではなく”王”と訳すべきだったか?
朱の主って、なんか駄洒落みたいじゃないか。
てか、灰燼というのであれば、ロード・オブ・アッシュではいけなかったのだろうか。
「ぷぷぅーww 怪人の王wwww」
「魔王にゃ」
……ん?
「魔王。人間は我等の事をそう呼ぶのだ。」
「……魔王? あの、RPGとかのラスボスの?」
「そうにゃ」
……えっ?
「まさか、ここに来て魔王様のお出ましガウ……」
おとーーーーーーさんおとーーーさんっ!!!!
魔王が今っ!!!!
「あのガキが魔王? 見えねー! つか、魔王ってダッサ(笑)」
ちょっと私も思ったが、黄色は私の思った事と同様の事を口に出して言ってしまう。
「魔王はダサいのか? 我は人間共から貴様等にとって恐怖の対象だと聞いたのだが?」
「サンはちょっとおかしいので、あまり気にしないで欲しいガウ」
「は?」
珍しくはっきりと、黄色の使い魔が黄色の事を悪く言う。
その意味する所は、あの魔王とか言うのの機嫌を損ねる事が、黄色の機嫌を損ねるよりも大事だというのだろうか。
しかしまあ、神様が出て来たと思えば次は魔王か。
「テルミン。私はどうすればいい?」
あまりにも突拍子もない事態に、半ば思考を放棄して私はそう尋ねる。
「何もしなくていいにゃ」
ようするに、何もするなと釘を刺したいらしい。
「ちょっと、聞いていいかにゃ?」
テルミンは、魔王に向かってそう切り出す。
「何だ?」
「あなたの目的を教えて欲しいにゃ。一体、どうして地球……この世界にいるにゃ?」
「さあ、何故だと思う?」
魔王は少し眉をしかめたように思えたが、すぐにそう切り返す。
「もし、この二人を……ここに閉じ込めたのが何かの間違いであれば、どうか二人を開放してほしいにゃ」
”二人を”の後にポーズがあったのは、もしかしてスイクンを含めるかどうか迷ったからだろうか。
そしてこれを聞いた魔王の表情が一気に邪悪な微笑みへと変わる。
「そんな事をして私に何のメリットがある?」
「差し出がましいようだけど、この世界はちょっと特殊な事情を抱えているにゃ。もし”管理者”に見つかると、魔王のあなたと言えど無事では済まないと思うにゃ」
「管理者ねえ……」
そう言って、魔王は分かりやすくほくそ笑む。
「その管理者とやらには、我はむしろ会ってみたいとさえ思っている。そして、はっきりと言ってやりたい」
私達は、黙って相手の次の言葉を待つ。
しかし、魔王はニヤニヤと意地の悪そうな笑みをたたえるだけで、口を開かなかった。
「あなた、もしかしてここがどういう世界か知っているにゃ?」
「ああ知っているとも。あの”愚者”共……お前らの言葉で”勇者”とかいったか? あいつらを育てるための”家畜場”なのだろう?」
「違うガウ」
とんでもない事を魔王が言い出したかと思うと、それを黄色の使い魔が瞬時に否定した。
「違う? 何が違うと言う?」
「少し勘違いがあるガウ。ここはそんな場所ではないガウ」
「まさか魔族の間では、そんな風に言われているにゃ?」
「今更何を誤魔化す必要がある。貴様等はここで魔族に対抗するための兵隊を育て、そして我等が統べる世界に侵略者として送り込んでいるのだろう?」
「やはり誤解があるにゃ」
「おい待て。それって転生者とかの話じゃないよな?」
思わず、何もするなと言われたのに私は口を挟んでしまう。
「ほら、そこの小娘もそういっているじゃないか」
「猫猫はちょっと、黙ってほしいにゃ」
そして使い魔にはっきりと窘められ、私は大変に気分を害した。
「転生者とかラノベかよ」
私が発言したからか、黄色もそんな事を言い出す。
「らのべ? らのべとは何だ?」
「サン、オマエもちょっと静かにしておいて欲しいガウ」
「説明しろテルミン。あの魔王の言っている事は本当なのか?」
「違うと断言するにゃ」
「おいおい、じゃあその娘の魔力は何だ? 明らかに本来の人間の持つ魔力を逸脱しているではないか? 意図してそう育てでもしない限り、説明できないだろう?」
「猫猫は少し事情があるにゃ。ともかく、彼女はその件とは無関係にゃ」
「サンも同様だガウ」
「貴様等はそう言うが、しかし、この世界は”結界”が別の世界とは異次元だ。我をここに釘付けにする程度にはな」
「あなたがどうやってここまでやって来たのか分からないにゃけど、それも勘違いがあるにゃ」
その言葉を聞いて、魔王はまたもや薄気味悪い笑みを作る。
「そこまで言うのなら説明してもらおうじゃないか? 言い切ると言う事は知っているのだろう?」
魔王がそう言うと、テルミンは黄色の使い魔の方を見る。
そして、黄色の使い魔もテルミンの方を見る。
「さあどうした? 何か都合が悪いことがあるのか?」
「都合が悪い……というより、この世界の根幹にあたる事は、ボクたちはしゃべれないように構成されているにゃ」
「…………」
しばらく、テルミンと魔王はじっとお互いを見つめ合う。
「はぁ……本当、人間とは勝手な生き物だな」
しばらくの魔の後、魔王はため息をつきながらそんな言葉を漏らした。
————ぐんっ!
「ぎゅぴっ!?」
次の瞬間、黄色が喉から声を漏らしながら、一瞬で魔王の元に引き寄せられる。
「サンっ!」
「まあ、そんな事はどうでもいいのだ。我が用があるのは、コイツ等のこの魔力だ」
魔王は黄色を自分の脇に浮かべて、そう言いながら黄色の顔をのぞき込む。
「ぐぎぎ……」
「待つガウっ! 話をガウ」
「どの口がそんな事を言う? 話す気が無いのは貴様等だろう?」
それはそう。
マジでそう。
「なるほどなるほど。こうやって触れてみて分かった。確かにこれは我を”元の世界”に帰すに値するものだ」
「はなせカイジンっ!!」
「元の世界に帰りたいのかガウ?! だったら、オレサマがなんとか上に掛け合ってみるガウっ!!」
「はっ! その上の者というのは何者だ? この空間に干渉している物か? だったら、とっととここへ呼んで来るんだな! この我が領域にな! さあ!」
「だったら、とりあえずボクと猫猫を開放してほしいにゃ」
「!?!? テルミドール! サンはどうするつもりガウ!!」
「はぁああっ!?!?!?」
鬼畜である。
流石の私も、黄色だけを置いて逃げようとは思わない。
「? なぜそうなる?」
それは魔王も同様……いや、そう言う意味で問うてきたわけではないのか?
「ボクはあくまで猫猫の使い魔だにゃ。彼女と一定以上の距離を取って行動する事は原則出来ないんだにゃ」
「ほう」
「おいテルミドールっ!!」
「とりあえず、ボクと猫猫で今回の事を上層部に相談するにゃ」
「相談? それで我は元の世界に帰れるのか? そもそも、それは貴様がさっき言っていた管理者とやらと何が違う?」
「ボク等があなたに危害を与える事を懸念しているのかにゃ? 心配はご無用にゃ。魔王の危険性は上層部は身をもって知っているにゃ。下手に手を出すよりも穏便に帰っていただく方が、この世界に有意義であることは明白にゃ」
「……なるほど」
「待て! その役目はオレサマとサンがっ!」
「なになになにぃいいい!? ひまわり何言ってるのか分からないっ!!」
「ハッ! コヤツ等は、貴様らを人質にして逃げると言っているのだ」
「はぁああああああああっっ!?!?!?!?」
「違うにゃ! それじゃあ、根本的な解決にならないにゃ!」
「だからその役目はオイラがやると言っているガウっ!」
………………。
「どうする? 貴様らでここで戦って決めるか?」
「人質なら猫猫の方が適任だガウ!! 魔力もそうだし、言葉が通じで何より喧しく無いガウ!!」
「は?」
「いやいやっ! 猫猫の魂はかなり頑丈だから、魔力を抽出するのは簡単じゃないにゃ! それに、猫猫は理屈っぽくて逆の意味で話が通じないにゃ!」
は?
「今のサンの魔力では、時空を超えるほどの歪みを発生させる事は難しいガウ!!」
「それを言うなら、猫猫も同様だにゃ!!」
「待て待て待てっ! お前ら一体、何の話をしている!? 魔力を使って時空に歪みを発生させるってどういう事だ??」
とは言いつつ、今までの流れから、どうやら魔王とやらは自分の元いた世界に変えるために私達の魔力を使おうとしていると推測できる。
その可否や原理はともかく、使い魔のこの感じだと、魔力を使われた側はただじゃ済まないような雰囲気である。
「じゃあ、そういうことだから行って来るにゃ!」
「何でそうなるガウっ!!」
「はなせぇえええええええ!!!!!」
「本当に五月蠅いなぁ貴様等は。やはりどう考えても、貴様らとは建設的な話し合いは無理だな」
それはそう!
本当にそう!




