君は真朱色②
「きゃぁあああああああああ!!!!」
聞き慣れた。
聞き慣れたくもなかった金切り声が聞こえた。
それは目の前の玄関扉が消失した瞬間だった。
突然の悲鳴に驚いた私は、咄嗟に後ろに飛び退いた。
ごんっ!
「痛っ!?」
後頭部を打って、私は再び驚いて振り向く。
それは、ただの壁だった。
音楽室で見るような、白地に複数の穴の開いた壁。
私は辺りを見回す。
両側と背後の三面は同じような壁面。
そこにドアは無く、本当にただの壁面である。
それはそれで異常ではあるのだが、本当に異常だったのは正面である。
そこだけ、窓になっていた。
良くある教室の構成であるが、しかしその大きさが異常だった。
壁面と窓の比率化おかしい。
窓は異常にデカく……いや、というかその正面の壁だけが周囲の壁に比べて異様にデカく感じる。
物理的に明らかにおかしいのだが、どうなっているのか、あたかも自然な事ですとでも言うようにそれは存在しており、むしろそれが違和感だ。
そして窓自体は白く塗りつぶされたように真っ白で、光が差しているのか本当に白く塗りつぶされているのかは分からないが、眩しいくはない。
そこから丁度、正面の窓と私の間くらいに先ほどからけたたましい金切り声を上げている人物がいた。
その人物の影はこちらに伸びでおり、やはり窓は光源のようだ。
「ぎゃおぉおおおおおおおおおおん!!!!」
「落ち着くガウっ! いいから落ち着くガウっ!!」
…………。
ギャオる黄色と、それを宥める使い魔。
それはある意味、いつも通りの黄色とその使い魔である。
……さて、どうしたものか。
「失敗したかもしれないにゃ」
「……は?」
どうすべきかと考えようとした時、テルミンがそんな事を呟いた。
「失敗? 何が?」
「逆だったかもにゃ」
逆だったって?
「まさかそれって、私の感覚とは逆に進んだのが逆だったって事か?」
ようするに、今まで私の感覚の逆方向に進んで来た失敗だと言いたいのだろうか。
「ここはどうやら、相手のテリトリーみたいにゃ」
使い魔は私の質問には明確には答えず、その先の事を口にした。
「相手って、私達をこの空間に閉じ込めた人間って事か?」
「…………」
テルミンからの返事は無い。
「おいお前らっ! 一体どうなってるガウっ!」
もう一度わたしがテルミンに問おうとした時、急に黄色の使い魔の矛先がこちらに向いた。
「……人間なら、まだ良かったにゃ」
あのさぁ……。
また意味深な事を言うなよ、と言おうとして私は口を噤んだ。
なんだかすごく、嫌な感じを感じたからだ。
「……やかましいなぁ」
!?
聞こえたその声は、黄色の物でも使い魔の物でも無かった。
その声の向き、真正面に顔を向ける。
いつからそこに居た?
いや、最初から居たのだろうか。
生徒用の椅子に腰かけたその人物は、足を組んで手も組んで、じっと泣き叫ぶ黄色を見ていた。
その人物は見るからに小柄なのだが、なぜか一段上から見下ろしているような、そんな威圧感を受ける。
だが、そんな事は些細な事だった。
彼女の肌は黒……いや、逆光でそう見えるだけで、紫かもしれない。
髪色は燃えるように赤く、頭には二本の角が生えている。
衣服は魔法少女のようにヒラヒラしているが、シックにまとまっており、露出は段違いに多い。
「はぁ……なんか、我の思ってたのと違うんだが?」
彼女の声は高く、背丈は小学生の中学年ぐらいに見えるのだが、妙に大人っぽい印象を受ける。
「……誰?」
私はテルミンに対して、率直に尋ねる。
「ん? 何だ。そういえば、言葉が通じるではないか。この空間を改変した人物がそうしているのか?」
その私の声に反応するように、正面の女児は私へと視線を移す。
言葉は分かるが、その意味する所は分からない。
「ボクは魔法少女の使い魔、”テルミドール三世”にゃ」
なぜか自己紹介を始めるテルミン。
「いや、お前に言ったわけじゃなく……」
そこまで言って、私はその言葉がかけられた対象が自分でない事に気づく。
「……魔法少女?」
相手、その女児はそう尋ね返す。
「そのままの意味にゃ」
「……なぜ、わざわざ魔法に少女をつける? 別に魔法を使う少女など……ああ、そうだな。この世界だとそうなんだったな」
女児は尋ねた後で自分で納得したような言葉を発する。
「なかなか苦労したよ。人間がここまでのシステムを構築するのは、さぞ大変だっただろう?」
「それは、残念ながらボクの知識では何とも答えられないにゃ」
「……おかしい事を言う。じゃあ、誰が我の空間に干渉してきているんだ? 貴様の仲間ではないのか?」
「それについても、こちらも把握は出来ていないにゃ」
また……またいつものように勝手に話が進んで行く。
口を挟みたいのをぐっとこらえ、私は二人の会話を静観する。
「……貴様。心当たりくらいはあるんじゃないか?」
「申し訳ないけど、ボクはしがないただの”使い魔”にすぎないにゃ。その質問に対する明確な答えは持ち合わせていないにゃ」
これは、いつものテルミンのはぐらかす時の口調だ。
「……そっちは?」
一瞬、私の心を見透かされたのかと思ってドキッとした。
ぶっちゃけ、私の中には、明確ではないが何となく、あの人物の仕業ではないかという見当があった。
しかし、その声の向かう向きは私では無く黄色の使い魔のようだった。
「……オイラは使い魔の”ガウリンガル二世”だガウ。テルミドール同様、オイラもそれについては分からないガウ」
何で、コイツ等は最初に自己紹介をするんだろう。
女児は首をかしげて少し考えるような仕草をして、それから私の方を見た。
「……貴様は?」
そう一言、同様に私にも質問を投げかけて来る。
こまっしゃくれとは違う、やはり妙に大人びた様子ではあるが、そこに特に変わった印象は持たない。
「……いえ、私もですが」
私は答えるが、なぜか敬語になってしまった。
「…………」
相手は目を細め、ジロリと私の目を見る。
そこに初めて、私は彼女から寒い物を感じた。
「猫猫。自己紹介にゃ」
「え?」
私は不意を突かれたように、思わず声を出した。
自己紹介?
「ああ、えっと……。魔法少女”猫猫”です。よろしくお願いします」
何も考えずにそう自己紹介をしたが、無意識によろしくしてしまう。
私の中の日本人を感じた。
「じゃあ、そっちは?」
相手はとりあえず満足したのか、この空間にいる最後の人物に目を向ける。
「……は?」
その黄色はいつの間にか泣き止んでおり、今度は太々しいモードに移行していた。
「サン。いつものアレ、やってみるガウ」
「いつものアレ? ……何?」
「ほら、あれガウ!」
「………………ああ、アレ?」
何か思い当たったようで、黄色は顔を上げる。
そして、のっそりと立ち上がると、ぐっと背伸びをした。
「うぅ゛んっ!」
黄色は大きく咳ばらいをすると、天を突くように腕を上げる。
「マジカルスマートフォン! スパークルぅ・アッップ!!!!」
突然、大声で叫ぶ。
「ホップステップ! つき進め夢を乗せて! 太陽の魔法少女、サニー・ダンデライオン!!」
この精神力は、ある意味見習うべきなのかもしれない。
盛大に名乗りを上げた黄色だが、前に見たキラキラのエフェクトは無く、その様子はさながら小学生のお遊戯会のようだった。
「ははっ!」
そして、間髪入れず女児からの嘲笑が聞こえる。
「……はぁ?」
黄色は明らかに気分を害したように、そう言って相手を睨みつける。
「貴様……最高だっ!!」
「はぁっ!?」
今度は、私が思わずそんな声を上げる。
「何だ何だ。人間はどいつもこいつもショボくれていると思ったが、貴様はなかなか、礼儀を分かっているじゃないか!」
それは冗談で言っているのか?
「それでこそ我も、意気軒高と名乗れるというものだ!」
どうやら、冗談で言っている様子ではないようだ。
女児は立ち上がると、背中のマントを翻し、構える。
「我が名は”シュー”!! 我が炎は全てを焼き尽くし、見るものすべてを”朱”に染める”ロード・オブ・ヴァーミリオン”!! 我こそが灰燼の王、シューである!!」
……ろーどおぶぁーみりおん??
何かのゲームかな??
「…………まずいにゃぁ」
ヤバい人かもしれないと私も思ったが、おそらく私とテルミンで感じるマズさは違う種類の物だろう。




