堪情の月④
「間違いなく、異空間だにゃ」
そんなもの見りゃ分かる。
問題は、ここがどんな空間なのかだろう。
まるでバーチャル世界で再現された学校に迷い込んだような空間だ。
「歩き回っても大丈夫なのか?」
「ここ、物理空間じゃないにゃ。思ったよりも良くない状況かもしれないにゃ」
それに何の問題があるのか、このまま私はどうすればいいのか、それを使い魔に聞きたい気持ちだった。
しかし、使い魔は回答を保留にして、なにやら考えに耽っているように見える。
「多分、猫猫の信号がロストしたことは協会には伝わっているはずにゃ。でも、あのLGBT魔法少女の言っていた事が少し気がかりだにゃ……」
そしてそれは私に言っているのか、はたまた独り言なのか。
とりあえず、私は何も口出しせず、テルみんが何らかのアクションを起こすのを待つことにした。
「絶対座標の取得は困難。でも、ログには残ってるはずにゃから、まだ絶望する状況にはないにゃ」
ブッチャーさんは、必ず助けに行くと言っていた。
そして、私が今回のキーになるとも。
毎度毎度、仕事の度に問題ばかり起こるが、今回のコレは、ひと際スケールが大きそうだ。
「猫猫。感覚を共有するにゃ」
急に、テルミンが私に明確に声をかけて来た。
「……何だ突然? それをやると、どうなるんだ?」
「感覚を共有すると、感覚が共有されるにゃ」
進〇郎構文かな?
「おいまさか、考えてることまで共有されるとか無いよな?」
「今更、猫猫の頭がどんな卑猥な事で埋まっていても、その思考までは共有しないから、大丈夫にゃ……いやちょっとしたファミリアージョークにゃ」
本当にこの使い魔は、余計な事を言わなければ仕事が出来ない仕様なのか?
「ちょっとボクのセンサーだけじゃ周囲の状況が分からないから、猫猫のセンサーも借りたいにゃ」
「……まあ、そういうことなら」
なんか嫌な感じだが、ここから出られないのが一番の問題なので、私は素直にそれを承諾する。
「ありがとにゃ。あと、一つ言っておきたいにゃけど、今の猫猫は魂がむき出しになってる状態だから、魔法は使わないようにするにゃ」
「魂がむき出しだと、どんな問題がある?」
「すごくざっくり言うと、今の猫猫はステータスが上限突破のMAX状態になってるにゃ。でも、それと引き換えにリミッターもセキュリティもガバガバなもんで、ちょっとしたことですぐに暴発するニトログリセリンみたいな感じにゃ」
「そりゃ、えらく物騒だが、なんかそんな感じには思えないんだが?」
今の私はここ最近感じたことが無いほどの穏やかな状態で、寝不足が嘘のように頭もすっきりしている。
「この空間は一見、普通の三次元空間に見えてるけど、それはこの空間を作っている主がそう言う風にデザインしてるだけで、実際には波の上で漂う葉っぱみたいにいつ沈んでもおかしくない様な絶妙なバランスの上にいるにゃ」
「何だその詩的な表現……てか、ここ私の通ってる学校なんだけど、それを作ってる人間がわざわざ私の学校をモチーフにしてるって事か?」
「そこがこういった異空間の厄介な所で、作った本人が何かしらの理由であえてこのデザインを取り入れたのか、猫猫の記憶から引用しているのか、あるいは、そもそもこの空間を構築しているのが猫猫自身のパターンも存在するにゃ。だから、明確な答えは、この空間を作った本人のみ知る所にゃ」
「全っ然、意味が分かんないわ」
「もう、そういうものなんだと思ってもらうしかないにゃ。とりあえず”ブッチャー”の言ってたことを思い出すにゃ。ここでは自分を見失わない事が全てだにゃ。心を乱さず、常に自分というものを意識するんだにゃ」
意識と言われても、現状、私は普段通り地面に立っているだけで、特段何かを考えていると言う事は無い、あえて考えていると言えば、なんとなく早くこの空間を歩き回ってみたいと言う欲求があるような気がする。
それが、ただの興味本位からなのか、はたまた別の要因からなのかは分からない。
「そういえば他の二人……いや、三人はどうなったんだ? もしかしたら、同じ空間にいたりするんじゃないか?」
「残念ながらその可能性は低いにゃ。ここが猫猫の通う学校を模しているって事は、猫猫自身の要素が深く関係している可能性があるにゃ。そう考えると、他の三人もそれぞれの要素で囲われた場所に居ると言うのが自然だにゃ」
「でも、可能性はゼロじゃないんだろ?」
「早く移動したいのは分かるけど、もう少し慎重になった方がいいにゃ」
いつもと違い、割と的確に私の回答に答えてくれるテルみん。
「じゃあ、私と感覚を共有した事で、何か分かった事はあるのか?」
「あるにゃ。だから、ボクに行動を決めさせて欲しいんだにゃ」
ようするに、私に好奇心に任せて移動するなと釘を刺したいらしい。
「信用していいんだろうな?」
「もちろんにゃ。ブッチャーさんも、使い魔を頼るよう言ってたにゃ」
確かに、ブッチャーさんは最後にそう言っていたように聞こえた。
他に指標も無い訳だし、やはり”彼女”の言う通り……。
……ん?
「待て。今、何て言った?」
「僕を頼って貰って大丈夫にゃ」
「いや、最後に言った事を正確に言って見てくれ」
「…………”ブッディー”さんも――」
「違うだろ、お前っ!! 絶対私の思考を読んでるだろ!!」
「何でそうなるにゃ!?」
「お前、絶対にブッディーさんの事をブッチャーさんって言っただろ!!」
「いいいいいやっ! 言ってないにゃ!! そんなお釈迦様から肉屋になるような――」
「嘘つけっ!! あと聞き返した時に間があったのと、名前から言い直す所が絶対に怪しい!!」
「猫猫っ! 心が乱れてるにゃ!! 急いで精神統一するにゃ!!」
この使い魔ぁ……。
何が使い魔は嘘つかないじゃ!!
「嘘ついたわけじゃなくて、感覚と意識は絶妙にリンクしてるから、なんとなく伝わってしまう部分が――」
「ほらぁあああ!! 嘘ついた嘘ついたっ!! テルみんが嘘ついたぁああ!!」
「あぁあああもう面倒くさいにゃぁああああ!! 今さら何を隠すことがあるにゃっ!! こっちだって気を使って色々と言わないようにしてることがいっぱいあるにゃぁあああ!!」
「使い魔が主に切れてんじゃねぇえええ!!」
「だから感覚をリンクしてるから、猫猫に感情が引っ張られて――」
……ズズズッ。
「「!?」」
何か嫌な感じがして、私は咄嗟に周囲を確認する。
「今、なんか空間が歪まなかったか?」
「だから言ったにゃ。猫猫の精神が乱れると、きっと良くない事が起こるにゃ」
…………。
「少しは冷静になったかにゃ?」
「それは、感覚をリンクしてるんなら分かるんじゃないか?」
「…………」
「…………」
…………。
「とりあえず、僕が猫猫に何を言わないようにしてるかは聞かない方がいいにゃ」
「口に出さんでも分かっとる!!」




