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堪情の月③

「今日は月がキレイですねー」


 突然、上司がそんな事を言い出して、ついに働きすぎて頭がおかしくなったかと思った。


「どこに月が見えてるんですか?」


 閉鎖的で窓のない、衛生管理者激おこ案件のオフィスからそんな物が見える訳も無く、私は顔を上げて上司のデスクに目を向ける。


 二枚あるコンピュータのモニターに丁度隠れて、彼の顔は伺えない。


「分かった。瀬野ちゃんがキレイって言いたいんでしょ?」


「岡ノ下君? 普通にセクハラだけど?」


 私は向かいのデスクの、同じく顔の隠れている岡ノ下君をモニター越しに睨みつける。


「ええ、ええ。間違いなく満月です……はい」


 ?


 一体何を言っているんだと思ったが、どうやら上司は通話をしていたようだった。


「あらー。人の電話に反応しちゃって、はずかちいですねぇ~」


「あなた、そういうことを言うから友達が居ないし、結婚も出来ないのよ?」


「それ、ブーメランになってない~?」


 本当にこの男は、何てデリカシーが無いんだろう。


 しかし、先ほどの上司の発言は、通話だからと言って不自然な事には変わりない。


 何かの隠喩か、もしくは暗号のような物だったりするのだろうか。


「そうしたら、我々はどうすればいいですか? ……ええ。…………ええ……はい」


 話の内容は分からないが、何やら指示を仰いでいる様子が見受けられる。


 最近よくある、応援や救援の要請だろうか?


 しかしだとしたら、最初の言葉の意味の見当がつかない。


「はい、承知しました……はい」


 そして、上司は「失礼します……はい」と添えた後、通信を切った。


「何すか今の?」


 いつもの無礼な口調で、岡ノ下君が上司の天満さんに尋ねる。


「岡ノ下君は、魂の形はどんな形だと思いますか?」


「……はぁ?」


 突然、哲学者のような事を言い出した上司に困惑するような様子の岡ノ下君。


 しかし、私達の仕事の事を考えると、それはまた別の質問だろう。


「それって”ソウルシェイプ”の事を聞いてますか?」


「あー。そんなんあったっすね。で、それって何でしたっけ?」


 そんな事も分からないのかとバカにしてやりたい気分だったが、実際、あまり馴染みのない言葉なので分からなくても仕方は無いだろう。


「違います違います。言葉通りの意味ですよ。……はい」


 だが、どうやら上司の質問の意図では無かったようで、私の問いかけは否定されてしまった。


「どうしたんすか? 魂ってあの”気力・霊力・魔力”の三要素と”魂殻”で出来てるあれの事ですか?」


 妙に説明的な口調が気がかりだが、不勉強な彼にしてはよく覚えていたと多少見直した。


「それですそれ。どんな形をしているか知っていますか?」


 質問の意図は分かったが、魂は物理的な形を持っていないはずなので、答えるなれば「形は無い」と言い表すべきだろう。


 しかし、上司の最初の発言を考慮すれば、おのずと私が言うべきことは決まって来る。


「あー。あれっすか? さっき言ってた”月”ってのと関係があるんすか?」


 どうやら彼も同じ答えに行きついたようで、私が言うより先に彼が回答を口にする。


「魂と言うのは、物理的な形は持たないと、我々の世界では言われています」


 そして、上司の答えは私が最初に思いついたものであった。


「ちょっと天満さーん。そりゃないっしょ?」


「しかし、その魂を実際に見た事がある人によると、それは”月”のようだったと答えると言います。……はい」


「どうしたんすか天満さん? 詩人にでもなるつもりですか?」


 詩人と言うのは言い過ぎだが、今日の上司の様子がおかしいのは事実だろう。


 ……いや、最近の上司と言い換えるべきか?


「天満さん? 一体何をおっしゃりたいんですか? あの通話で、一体何を聞いたんです?」


 ただ、このまま詩を紡がれても困るので、私は単刀直入に上司に回答を促した。


「昨日、私が持って来た”探知機”があったじゃないですか?」


「探知機?」


 疑問で返してしまったが、間違いなくあの大きなACアダプタみたいな奴の事だろう。


「霊力を探知するって言ってたやつでしたっけ? あれがどしたんすか?」


「正しくは、”魔力”の探知機ですよぉ?」


 そこを訂正するのが、上司らしいと言えば上司らしいが、いいから早く答えを教えて欲しい。


「でも実は、霊力も探知できるんですがねぇ。……は――」


「あの、茶番は良いのでそろそろ回答をもらってもよろしいでしょうか?」


「瀬野ちゃん怖っ!」


 思わず、どうやら口調が厳しいものになってしまっていたようだ。


「ごめんごめん。でも、この機械の本質はそんな簡単な物では無いんですよ。……はい」


 この期に及んで、まだぼやかすのかと呆れるが、天満さんはひょこっとモニターから顔を出して、こちらに向けて”来い来い”と手招きをする。


 同じく、岡ノ下君に向けても。


 私も岡ノ下君も渋い顔をしながら上司のデスクへと向かい、上司の指差す、一枚のモニターをのぞき込む。


「……え、これ。なんすか?」


「県内の魔力分布図ですよぉ。……はい」


 そこには、えらく懐かしみを感じるUIのソフトが展開されており、左上に大きく県全体のシルエットと、その周囲には何かしらのデータが書かれた小窓が配置されていた。


 そして、その県の略図と思われる部分には、ぽつぽつと赤い点が灯いてはは消え灯いては消えしていた。


「え、ちょっと……まさかこれって、県全域の魔力センサーのリアルタイム映像ですか?」


「そうですよぉ?」


 流石に驚いて、私は岡ノ下君と目を見合わせる。


「ちょっとっ!? それって上層しか見れない様な、トップシークレットじゃないっすか!?」


「こうすれば、霊力の分布図に切り替えられます」


 さも当然のように、上司はマウスをカチカチとならして、プルダウンのチェックを切り替える。


 すると、今度は赤く灯っていた点が、紫へと変った。


「まさか、そんな文鎮みたいな機械で、そんな事が出来るなんて思いませんでした……」


 私は勝手に、強い魔力を探知したら知らせてくれるアラームのような物を想像していたため、思っても見ない性能に驚嘆していた。


「いやいやいやっ! それ絶対ヤバい奴っしょ!? ハッキングデバイスってやつじゃないっすか!?」


「私も詳しい事は分からないんですが、貸主からは”ペトレーションテストツール”だとか何とか言われて渡されました」


 ペトレーションテストというワードについては分からないが、岡ノ下君は協会のネットワークの上層に不正アクセスをしている事を疑っているようだった。


「いずれにせよ、そんな怪しい物をよく使う気になりましたね……」


「まあ、渡して来た人が渡して来た人でしたからねぇ。……はい」


「で、それ誰なんすか? 魔導士(ウィザード)でしたっけ?」


「まあ、それは良いんですよ。問題は、ここを見て貰えますか?」


 全然よくないのだが、とりあえず私達は上司の指さすあたりをじっとのぞき込む。


「こっちの方が分かりやすいですかね。これが霊力の濃度を表す画面になります」


 また画面が切り替わり、今度は天気予報の雨雲レーダーのような表示になる。


「……あ、台風の目みたいなのが」


 そこには、一部だけ不自然に背景の黒を円状に透過している部分が見受けられた。


「ここ、どこか分かります?」


「ええと、……あっ」


「あっ」


 私と岡ノ下君が、同時に小さく声を上げる。


「ちょっとアップにしますね」


 上司がまたカチカチとマウスを鳴らす。


「……何も見えませんね」


「あらら、もう完全に飲まれてしまったんですかねぇ」


 上司が不穏な事を口走るが、とりあえず黙って置いた。


「では、ここから過去ログを見て見ましょうか」


「そんなこと出来るんすか……。てか、めっちゃ使いこなしてません?」


 まさか、昨日からずっとコンピュータの前に張り付いてこれを弄っていたんじゃないでしょうね……。


「ええと、ああここですここです」


 そこには、四つの赤い点が示されており、先ほどの魔力モニターよりもはっきりとした表示だった。


「ええと、ああこれですね」


 今度は上司が略図では無く、横の小窓の方を指す。


 すると、そこには”FAM-TD03”と表示されている。


「?」


「これは、猫猫さんの使い魔のテルミドール三世の識別コードです」


 ああなるほど、FAMがファミリアーで、TD=テルミドール 03=三世と言う意味か。


「……あれ、待って下さい。本日の彼女の任務は中止になったのでは?」


「ここです。この瞬間、不自然な魔力反応が出現するんです」


 上司は私の質問に答える気はないようで、さっきと打って変わって自分の話を先へ先へ進める。


「まさか、猫猫ちゃんの事をずっと監視してました?」


「彼女のパーティーの動向を追うように言付かってますからねぇ」


 これにはようやく返事が返って来るが、今日は任務が無いはずなのに、なんでプライベートまで監視をしているんだと言う話になる。


「そして次の瞬間、四つの点が高速で移動しますよね?」


「あれ? まさか魔法少女化してるんですか?」


「で、ここで全部の点が青く替わりますね?」


「いや、本当に意味が分からないんですが、そろそろ説明してもらえますか?」


「とりあえず最後まで聞こうぜ瀬野ちゃん?」


 何で私がこの男に窘められているのかと腹が立つが、出そうになった言葉を飲み込んで上司の発言の続きを待つ。


「ここでフィルターをかけてみると、あら不思議。点が分裂するんですよぉ。……はい」


 まるでおもちゃでも弄るように楽しそうに語る上司だが、待たされているうえに窘められて、私はイライラして仕方がなかった。


「で、ここで見て欲しいのは右下の画面。おっと、これじゃないですねぇ」


「あのー……」


「もうちょっとですから、はい! これですっ!」


 次の瞬間、右下の小さい枠に現れたのは、白い真ん丸な円だった。


「……え?」


「ほらっ! 満月です!」


 何が、ほら満月ですなんすか天満さん?


「何が、ほら満月だこのオッサ……なんですか天満さん?」


「これ、猫猫さんの魂なんですよっ!」


 …………。


「…………」


 やっぱり、意味が分からなかった。

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