黄金色の髪の乙女 3
金髪碧眼の少女が顔を上げ、私達四人を順番に眺める。
それは、先ほどのジジイの目つきとは似ても似つかないような、さわやかさだった。
「こちらこそ宜しく。僕は梗平。ローレルさんはどこの国から来たんだい?」
「一応、コイツの出身地はイギリスという事になっとるが、ワシにも詳しい事は分からん」
ローレルの代わりに、江波のジジイがそれに答える。
「申し訳ありまセン。皆様の安全のためにも、あまり詳しい身の上は話せないのデス。本当に申し訳ありまセン」
謝罪の言葉を重ねながら頭を下げる少女。
私も詳しい話は知らないのだが、恐羅漢組は”組”と名前が付くだけあって、そう言った筋の方々と密接な関係があるらしい。
実は私の家もこういった事は初めてでは無く、昔から数々の面倒を恐羅漢組を通して押し付けられて来たようだ。
言い方を変えると、不本意ではあるがウチもその関係者であると言われても否定が出来ないだろう。
「本当に気味が悪いガキじゃ。言っておくがワシはたまたまこの辺に用事があったから来ただけで、コイツの事には噛んどらん。じゃけワシを恨んでもどうもならんからの?」
ジジイはそう言い訳をしながら、ローレルのお尻をぺしっと叩く。
ローレルはその行為に嫌な顔をせず、常に微笑みながら一歩前に出る。
「梗平、ちいとこっちへ。お前らはもうええから、家に入っとけ」
ジジイはそう言って父だけを呼ぶと、私達の方にはあっちに行けと言うように、おざなりな扱いをする。
「ということだから”スミレ”さん、ローレルさんを部屋に案内してあげて。あと、自己紹介も」
父は母に少女を託し、ジジイについて遠ざかって行く。
それと入れ違いに、お付きの男性がローレルのスーツケースらしきものを彼女に渡していた。
「ありがとうございマス」
「初めましてローレルさん。私は梗平さんの妻のスミレといいます。こっちはあなたと同い年の彩芽。こっちは弟の菖太」
「よろしくね。アヤメって呼び捨てにしてくれ」
「よ、よろしく……」
「よろしくお願いしマス。ローレルとお呼びください」
彼女のお辞儀に合わせて、私達も頭を下げる。
「この子は凛。ほら凛? お姉さんに挨拶は?」
妹は完全にその見た目に委縮してしまっているようで、恥ずかしそうに母の胸に顔をうずめた。
「よろしくお願いしマス。リンさん?」
「さあどうぞローレルちゃん。スリッパはこれを使って?」
「ありがとうございマス」
そう言いながら、早速母が彼女を家に迎え入れる。
「夕食はお寿司にしようと思ってるんだけど、生魚は大丈夫?」
「はい、お寿司は大好物デス。ワタシは好き嫌いはありませんので、お構いなく」
「それなら良かったわ。ええと、この廊下の一番奥の部屋を使ってもらいたいんだけど……」
母が説明をしている間、ローレルは興味深そうに周囲をキョロキョロと見回していた。
そして笑顔は相変わらずでだが、流石に緊張しているのか、仕草が少しソワソワしている気もする。
「前に有った和室用のベッドってバラしちゃったっけ?」
「あっ、そうか……お布団じゃよく眠れないかしら?」
「ワタシは床の上でも眠れますから、本当に何も気にしないで下さい」
その床の上の言うのは、まさか床に直って意味か?
「広くて素敵なお家デスね?」
「古い家をリフォームしながらだましだまし使ってるんだよ。家業が代々、木材屋だからね」
父が居ないので私が言ったが、自分で建てた家でも無いのにこんな事を言うのはちょっと嫌な感じだ。
私の家は、工場がある関係で市街地から少し離れた、小高い丘の上にある。
借金のせいでかなりの土地を手放す事になったようだが、それでも今の日本の基準で言うと、かなりの大豪邸に見えるだろう。
「この部屋を使ってくれる?」
「わあ、ありがとうございマス」
そう言ってローレルはゆっくりとキャリーケースを部屋の中に置く。
「壁が薄くて音とかうるさいかもだけど……」
「あ、なんなら私の部屋使う? 最近は防音室に入り浸ってるから、あそこに布団敷いて寝るよ」
「いえいえ、本当にお気遣いなく。むしろ、こんな立派なお部屋に泊めて頂けてうれしい限りデス」
この最初の気の使い合いは言うなれば儀式みたいなものである。
本番はむしろこれからで、ここからお互いの距離の探り合いが始まるのだ。
「防音室とおっしゃっていましたが、何か音楽をやってらっしゃるのデスカ?」
「ああ、作曲するのが趣味なんだ。そんな大したものじゃ無いんだけど、知り合いの建築会社から二階に防音室の施工の実績を作りたいとかで特別に作ってくれたんだ」
ちょっと早口で話してしまったが、なんか言い訳臭かっただろうか?
「へぇすごいデスね! 今度聞かせて貰ったりできますか?」
「いや、本当に大したものじゃないから……」
「彩芽と菖太の部屋は二階にあって、梗平さんと私の部屋は一階のそこね」
母の一言一言にはいはいと笑顔で返事をするローレル。
……しかし、マジでこの子、めちゃくちゃ美人さんだ。
あの黄色もかなり可愛い見た目をしていたが、はっきり言ってレベチである。
全体的な見た目は北欧やスラブ系を彷彿とさせるような白い肌に金髪碧眼だが、まだ中学生だからか顔立ちはむしろ日本人のように丸っこい印象を受ける。
しかし、目鼻立ちはそれなりにしっかりしていて、おそらくこういうのを昔の人は人形のようだと例えていたんじゃないだろうか?
彼女はそんな、本当に日本人から見た美人を擬人化したような見た目をしていた。
私はそんな事を考えながら、菖太の方を見る。
案の定、めちゃめちゃガチガチに緊張している。
これはかなり……目に毒だろう。
「お手洗いはそこで、洗面所とお風呂はそこ。一応二階にもお手洗いはあるから、埋まってたらそっちを使ってね?」
「あ、すみません。早速、お手洗いをお借りしてもいいデスか?」
「もちろん。ゴメンなさい? もしかして我慢してた?」
そんな事ないデスと言いながら、そそくさとトイレに入って行くローレル。
なんか所作や言葉遣いが中学生の物とは思えず、なんとなく自分に親近感を……いや、私はこんなお嬢様みたいな喋り方は――。
じょぼじょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!
!?
じょーじょーじょじょじょじょじょーー!!
トイレの中から物凄い水音が聞こえて来た。
「お姉さん、パパより音大きい……」
「……そうとう我慢してたのね、早く気付いてあげればよかったわ」
「…………」
私達は無言でそっと、その場から居間に向かって離れる。
私だったら容赦なく音消しをするが……いや、これは音消しとかそういうレベルの音じゃない。
見ると翔太がかなり挙動不審になっている。
これは目だけではなく、耳にも毒かもしれない。
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――――――――
「ごちそうさまでした」
ローレルがそう言うと、それに続いて私達もごちそうさまと口にする。
「美味しかったです。ありがとうございます」
「いいえ、大したお構いもできませんで」
彼女は思いのほか遠慮せず、出前のお寿司をペロリと平らげていた。
それは私達が勧めたからでもあるのだが、そこに無理している感じは一切なかった。
そして私は彼女を観察していて思ったのだが、言葉遣いや所作は、その辺の日本人よりも日本人らしかった。
よくある外国人が考える大げさな日本人像といわれればそうなのだが、箸の使い方から汁物の飲み方まで、全く危なげと言う物を感じなかったのだ。
私の感想としては、彼女は無理やり外国人を演じているように見えた。
ここはテルみんの意見も聞いてみたいものだが、このタイミングで同い年の女である私が抜けるのは如何なものなのか……。
「じゃあお風呂入れるんだけど、ローレルちゃんはシャンプーとか持って来てる? ウチのでいいならあるけど?」
「では、それを使わせていただいてもよろしいですか?」
「あーじゃあ私の使う? 合うかどうか分からないけど」
「お気遣いありがとうございマス」
歯ブラシとかコップとか、お箸などの確実に必要であろう物は買って来たのだが、それ以外の物は彼女に聞いてからにしようという事になっている。
「明日、私と一緒にお買い物に行きましょうね?」
「ありがとうございマス。でも、彩芽さんにお時間があれば、明日、学校帰りにお買い物して参りませんか?」
「え? 学校って行って大丈夫なのか?」
私はてっきり、彼女をこの家にかくまう物だと思っていたのだが、ローレルはまさか学校に行く気でいるのか?
「学校って手続きとかがいるんじゃないかしら? その辺はどうなっているの?」
「それでしたら、彩芽さんと同じ学校の同じクラスに転入するように取り計らったと聞いていマス。制服はもう既にもらっていマス」
うっへぇ……マジか……。
「どうなってるんだそれ?」
私は思わず思った事を口に出してしまう。
「さあ? ワタシにも何が何やら……」
あまりにも謎が多すぎて、もう少し話を聞いてみない事にはどうにもならない。
しかし、それもどこまで聞いていいのか全く見当がつかないのである。
『テレレーテレレーテレレーレーー テレレーテレテーレーレーー。お風呂が沸きました』
お風呂が沸きましたの曲が流れ、お風呂が沸いた事を知らせて来る。
「じゃあローレルちゃん先に入っておいで?」
「ワタシは最後で大丈夫デス」
こういう場合、客人の立場になるとどっちがいいのだろうか。
普通に考えれば他人が入った後のお風呂には入りたくないと思う物だが、逆に自分が入った後のお風呂に他人が入るのも嫌だと思うだろう。
まさか残り湯を飲むような輩はウチにはいないと思うが、彼女が本心ではどう考えているのか分かり兼ねる。
そもそも彼女は湯船につかると言う文化があるのだろうか。
「彩芽。ローレルさんにお風呂の使い方を教えてあげてくれ」
「お洋服とか私が洗ってだいじょうぶかしら?」
「ワタシなんかにそんなお気遣い無用ですよ。異性の方と雑魚寝とか普通でしたから」
この子……かなりヤバイ臭いがプンプンして来たんだが、本当にウチで面倒を見て大丈夫なのか?
「いつもはどなたが最初に入られるんですか?」
この反応は、先に入りたくないタイプの物だろうか?
「じゃあ彩芽ちゃんの次に入るといいよ。ウチは大体、女から入るようになってるから」
といいつつ、一番最後に入るのは母なのだが。
「まあ先に入っておいでよ。使い方教えるから」
って言っても、別に服を入れる場所とかお湯の出し方とか、そんな難しい事は無いと思うのだが、文化が違うと何かを勘違いして事故る可能性がある。
「では、お言葉に甘えて」
これ以上断るのも失礼と思ったのか、彼女はそう言って微笑む。
なんか、しばらくこのやり取りを続けるとなると、やはりちょっと面倒になって来る。
まあ、そもそも私のせいなのだし、彼女はもっと居心地が悪いはずなので、ここは我慢するほかない。
「よろしければ一緒に入りませんか?」
「えっ!?」
突然そんな事を言い出したローレルに、私は驚いて彼女の顔を見る。
「日本では裸の付き合いと言う言葉があると伺っていマス!」
そう言って、無垢な瞳を私へと向けて来る。
「……いいじゃないか? 教えてあげるついでに、一緒に入ったら?」
!?
なんのつもりか、父親が私たち二人に対してそんな事を言ってくる。
「そうね、仲良くなるにはちょうどいいんじゃないの? ちょっと狭いかもだけど、女の子二人なら大丈夫でしょう」
なぜか母もそう言ってくるが、これが悪乗りでは無く本心で言ってそうなのが少し怖い。
さて、ここでもう一度彼女の顔を見るが、彼女は私の顔を見ながらニコニコと微笑んでいる。
「……一緒に入る?」
「はいっ! 是非ぜひ!」
なんか嬉しそうに、小さく手を叩きながらローレルはそう言った。
「りんもはいりたいっ!」
何が琴線に触れたのか分からないが、ずっと人見知りしていた凛もそんな事を言い出した。
「ちょっと三人はキビしいかなぁ……」
「凛さんは明日一緒にはいりましょう?」
「うんっ! あしたはいるー!」
ゴネるかと思ったが、素直に笑ってそう言う凛。
しかしマジかぁ……どうしようかなぁ……。
「……おい菖太。覗くなよ?」
「!?!? はぁあっ!? ののの覗ぞかねしっ!!」
面白いぐらい目を泳がして、菖太が椅子から転げ落ちそうになる。
「ふふふ……菖太さんも今度一緒に入ります?」
そう言って笑顔で微笑むローレルに、菖太はたじたじになっていた。




