黄金色の髪の乙女 2
『運営:本日、護衛を派遣致します。連絡が遅れた事、申しわけございません』
魔法少女のスマホでこの文字を見た瞬間、私はまた胃がひっくり返りそうになった。
同時に、あまりの腹立たしさに、目にじわりと涙がにじむ。
「もう嫌だぁ……何でこんな事になるんだよぉ……」
こんな実家に直接負担をかけるようなやり方をして、向こうは人の迷惑という事は一切考慮していないのか?
私は父と母の困惑した顔を思い出し、ここ一番の猛烈な吐き気に襲われる。
慌てて側にあったゴミ箱を引き寄せるが、これに吐いた後どうやってバレずに捨てるかという事が頭を過って、気合でそれを押しとどめる。
「よく耐えたにゃ」
その代わり、目頭が熱くなって、ポロポロと涙が頬を伝う。
こんな事があるまでドライアイスと言われるほど涙の枯れた女だったのに、最近の私は、いわばソフトクリームとでも呼ばれるべきだろう。
「私がぁ……私がグスッ……何をしたって言うんだあぁ……」
それに、これから来る女の子がどのような人間なのか知らないが、自分から望んで他人の家に押しかけようなんて思うはずが無い。
きっと協会から無理やり、今回の件を押し付けられたに違いないだろう。
それはひとえに、私が魔法少女になってしまって引き起こされた事だ。
これは全部……私のせいなのか?
……そんなわけないだろ!
でも、どうせ向こうは猫猫とかいう魔法少女めんどくせーなとか思ってるんだろうな!!
ううぅ……こんな事でメソメソしている自分も、情けなくて情けなくて、後から後から涙があふれて来る。
「そんな自分を責めないでにゃ? どう考えても、これはアヤメのせいじゃないにゃ」
そんな月並みな慰められ方をすると逆に、私がゴネたせいでこんな事になった感が増して来る。
実際、気を悪くした魔法協会が、こんな極端な行動に出たのではないかと勘ぐってしまうのだ。
私はティッシュで涙を拭うと、もう一度ティッシュを取って鼻をかむ。
「ああぁ……駄目だ。あんまり泣きすぎると顔が腫れて泣いてたのが家族にバレる……」
幸い、私は花粉症なので、ある程度までならそれで誤魔化せるだろう。
「ちょっとキミ、一人で抱え込みすぎにゃ? 意地を張らずに少しはボクに吐き出してみるにゃ?」
「じゃあ今からゲロを吐くから、お前が上手い事、受け止めてくれよ?」
「まあ瞬間的に転送すれば何とかなるかもしれないけど、それは――」
「おえぇええええ!!」
「ひぃっ!?」
吐き真似をした私から、テルみんが露骨に遠ざかる。
「何がひぃっ! だよっ!! 出来もしねぇこと言うんじゃねぇ!!」
私はティッシュの箱をテルみんに投げつけようとして、それを寸前で思いとどまる。
……私は本当に何をやっているんだ。
「そろそろ行かないと家族が心配するな……。じゃ、もう行くわ」
気を取り直す暇もなく、私は防音室の重い扉に手をかける。
そのままノブを回し、手前に体重をかけてそれを引き開ける。
ガチャリ。
同時に、隣のドアからも音が聞こえ、そこを見ると弟が顔を覗かしていた。
まさか私の発狂する声が聞こえていたのかと、そんな訳ないのに私はドキッとしてしまった。
「姉ちゃん……あれ、マジなの?」
あれとは、中学生の女の子が家に居候する話で間違いないだろう。
「そんなんで嘘ついてどうするんだよ?」
「いやだってさ……オレ、どうすればいいんだよ?」
実は私の家は、過去に居候が居た事はあるのだが、私はお泊り会とかしたことが無いため、親戚を除けば同年代の女の子がこの家に泊まるのは初めての事である。
どんな子が来るのかは分からないが、小学六年生の少年にはかなりセンセーショナルなイベントだろう。
「どうしよう……もしその子がオレの事を好きになって、そこから深夜アニメみたいな展開が始まったら……」
……少しでも弟の事を心配した私が馬鹿だった。
「言っとくけど、変なことするんじゃないよ? 仮に向こうから何か言われたとしてもな?」
「ん? 何かって一体、何なんですかねぇ?」
私はマセガキの頭を小突き、そのまま階段を下る。
その後を、黙って弟も着いて来る。
しかし、このやり取りで少し、私の心が軽くなった気がした。
……同時に、なぜだか黄色の姿が頭を過る。
リビングに行くため台所を通ると、母が晩御飯の支度をしている真っ最中だった。
普段から考えると、それにはかなり早い時間帯だ。
「”あや”ちゃん! おねぇさんいつくるのぉ?」
「もうリンっ! さっきからずーっとそればっかり言ってるじゃないの?」
「えへへへへっ」
どうやら妹は、急な客人が来るのが楽しみで仕方ないらしい。
「あ、菖太くん? 一応言っておくけど、お姉さんに失礼のないようにするのよ?」
「モチのロンさ!」
そんなふざけた返しをしている弟だが、普段の菖太からすると明らかに表情が硬い。
それを表現するように、弟はチラチラと時計を見ながら台所とリビングの敷居をソワソワ落ち着きなく往復をしている。
私はリビングのソファーに腰掛け、上でもあんな事を言っておいて露骨に緊張している弟の事を弄ろうと思ったが、私にそんな資格は無い事を思い出して口を噤んだ。
そんな私も、無意識でひざの上でエアピアノを披露していた。
ああもう……情緒が壊れるぅううう!!
ブロロロロロロロロ……。
聞き慣れない車の音が、家へ続く上り坂を登って来るのが聞こえた。
……来た!
その音は玄関の前で止まり、バタムッという重厚感のある車のドアを閉じる音がした。
それを聞いた父が、そそくさと玄関へ向かう。
私と弟と、妹を抱いた母も、それを静かに追った。
靴を履いた父が、チャイムが鳴る前に玄関の引き戸を開けると、その向こうにスーツを着た二組の男性の足元が見えた。
「久しぶりじゃのう梗平」
父の姿を見た男性のしゃがれ声が、聞こえる。
「ご無沙汰しております江波さん」
私達も靴を履いて玄関を出ると、そこには絵に描いたような成金デブのようなジジイと、その付き人と思われるシュッとした初老の男性の姿があった。
「藤子は健勝か?」
江波と呼ばれたジジイが、周囲を気にしながら父にそう尋ねる。
「母はまだ存命ですよ。とても健勝といえるような状態ではありませんが」
「ふむ……」
ジジイはそう呟くと、白と黒の混じった小汚い顎の無精ひげを撫でる。
「まさか江波さんがわざわざお越しとは思いませんでした。もし母に誤用でしたら、市内の総合病院に入院しております」
「死ぬ前に一目見ておこうと思ったんだがな、あれは若い時はいい女だった」
そう言って、ジジイはチラリと、見えているのか見えていないのか分からないだぶついた瞼の向こうの目を私に向ける。
「……彩芽か、デカくなったな……色々と」
ジジイはねっとりとした視線で私の全身を舐めるように見る。
幽霊を見た時とは別の種類のゾワゾワとした感覚がして、全身に鳥肌が立った。
「若い頃の藤子によう似とる」
年寄りは皆これを言うが、私の祖母の若い頃と今の自分はそんなに似ていないと思う。
しかし、祖母が若い頃、傾国の美女ならぬ傾町の美女と呼ばれていたほどの美人だったのは事実らしい。
だが私は今の祖母の事しか知らないため、これを言われる度に複雑な気持ちになる。
「……会長。そろそろ飛行機のお時間が」
「おうそうじゃったの。久しぶりに会うたけぇ昔話くらいしたいもんなんじゃが、この通り、会長に退いてからも全然仕事が減らん」
ジジイはそう言って、隣の男性に目くばせすると、その男性が無言で車の方に歩いて行く。
そして、後部座席のドアを開けた。
「電話で聞いとる思うが、アレは訳ありじゃ。普通に過ごす分には構わんが、くれぐれも目立たせるようなことはするなよ?」
それは、そのアレとか言うのに直接言うべきなのでは無いのだろうか。
しかし、そのアレとか言うのが車から出て来る姿を見た私は、驚いてメガネが飛んで行くかと思った。
「え? 姉ちゃんっ! あれっ!」
「こらっ! 人を指ささないの!」
弟を叱った母だが、その母もアレに目が釘付けになっていた。
「おい、ここへ来て挨拶をしろ」
そう言われたアレが、軽快な足取りでこちらに歩いて来た。
「ハジメマシテ。ワタシの名前はローレルと言いマス。突然の事で大変ご迷惑をおかけしマス。フツツカものですガ、どうぞヨロシクお願いしマス」
そう言って長いブロンドの髪を垂らしながら、女の子が深々とお辞儀をした。
途端に春風が、彼女を優しく包んだ。




