冷たい尿②
どうして。
……どうしてこうなった。
「ねぇ! 絶対目を開けないでよ!!」
「そんな事言って、じつはモモちゃんでしょ? 目ぇ開けてるの」
私達は今、全裸になってローレルの出した体液の上に仰向けに寝そべっている。
「だめですよー? ちゃんと下着まで脱いでくださいねアヤメ」
くっ……!
「おいどけポン〇ライオン!!」
「悪いが未成年にこれを見せるわけにはいかんガウ」
「テルミン! ちゃんと隠してくれよ!」
「うるさいにゃぁ……さっき思いっきり全裸に……なんでもないにゃ」
私は腕で自分の胸を、そして使い魔には下を隠させる。
何でこんな事になったのかと言うと……。
「いいですか? ちゃんとしっかり、背中を床に付けて下さいね? そうしないと効率よく魔力を吸い取れませんから」
「本当に大丈夫なんだよな? どさくさに紛れて、私を異世界送りにしたりしないよな!!」
「異世界か。俺はちょっと興味があるんだよな」
「無駄口叩いてないで、早く寝そべりなさいよバカっ!」
「あっ! やっぱ目ぇ開けてるじゃん!!」
「っ!! 気配で分かるのよ!!」
ようするに、さっきのアレで私も黄色も結構魔力を消費してしまったので、魔王を異世界に帰すための魔力が足りなくなってしまったのである。
そのせいで足りなくなった魔力を、この場にいる全員から徴収する事で埋めようという訳だが、その方法と言うのが全員全裸になってローレルのおしっこに浸かるという狂気の沙汰としか思えない物だったのだ。
「まさかこんな事になるとはねぇ。 ……はい」
「ほら、魔王様も早く」
「我は”門”が開くのを最後まで見極めてからだ」
「違いますよ。早く裸になってください」
「別に構わんが、本当に我も裸になる必要があるのか?」
「転送するのは肉体だけの方が効率が良いでしょう?」
そう言われて納得したのか、魔王も素直に、元々面積の少ない布を脱ぐ。
背格好や容姿は子どもの物なのに、妙に艶めかしいかしい体つきなのがいやらしかった。
「……何を見て居る」
私は急いで目線を逸らす。
「生えてないのかぁ……」
「ちょっと、あなただって目を開けてるじゃない!!」
どうやら、私に言ったのでは無さそうだった。
そうして、どれだけ時間が経っただろうか。
「……おい、まだかローレル?」
「…………」
集中しているのか、ローレルからの返事はない。
「…………」
またしばらく、沈黙が流れる。
「…………」
「……おい、いつまで掛かっているんだ?」
ついに魔王もしびれを切らす。
そろそろ背中と頭が痛いのだが、いつまでこうしていればいいのだろうか。
てか、これってローレルのだけじゃなくて黄色のゲロとかも溶け込んでたりするのか?
それに気づいてから、早く起き上がりたい衝動が、どんどん激しくなってくる。
「待って下さい、一気に吸い出すと魔力酔いがすごいので」
そういえば、背中に不快感こそあれ、魔力を吸われているような違和感は全く感じない。
彼女なりに、私達を気遣っているのだろうか。
「…………」
「…………っ」
「あ、動かないで下さいい」
「ご、ごめんなさい」
「分かるぜモモちゃん。そろそろケツが痛いよな」
「…………」
「…………」
……え、ちょっと。
マジでどんだけ時間がかかるんだ?
「……ローレル? そろそろマジで、背中が痛いかも」
「…………」
返事はない。
「…………っう」
「モモちゃん。大丈夫?」
「…………」
声の方から、もぞもぞと悶えるような音が聞こえる。
「……りない」
……?
いまの呟きは、ローレルの物か?
「何だって?」
「…………足りない」
「え?」
足りない?
「何が足りないんだ神サマ?」
「おい、まさか貴様」
「魔力が……びみょぉーーーに足りないんです」
「「はぁあ!?」」
何言いだしてんだコイツ!?
「あっ! 待って下さい、今動かれるとマズいです!」
「何がマズいだ!! 貴様、よもや謀ったのではあるまいな!?」
「謀ってたらわざわざこんな事言いませんよ」
「え、でもどうすんの? 俺、そろそろ無理っすよ?」
「ローレル。私もキツイ。一旦、中断してくんない?」
「もうちょっと……もうちょっとなんですよ! 魔王様、ちょっとだけ魔力を分けてもらえませんか?」
「断る」
「いいじゃないっすかそのくらい! それで帰れるんですよ!」
「いかに我と言えど、そこに”繋がる”のは危険すぎる。転送を完全に貴様らに託すのもダメだ。故に、自衛のための魔力は残しておかねばならん」
「あのっ! わ、私からも本当にお願いします! 本当に辛いんですっ!」
「もうちょっとだけ動かないで下さい! 自然魔力回復でギリギリいけるかもしれません!」
「それ、あとどれだけかかるの?」
「おい、この空間の魔力は元々我の物だぞ? それを許すとでも思うか?」
「そんなケチケチしないでくださいよ。ケツの穴の小さい魔王ですね!」
「はぁ? 貴様、誰に向かって口を聞いて居る?」
「いや、それはいいから、ローレル。どんだけかかりそうかだけでも教えてくれない?」
「順調に行けば…………あと、十分くらい??」
十分かぁ……。
「なんとも、絶妙になげぇなぁ……俺、背中が痛いし冷たいんだけど」
「だから、勝手に我の魔力を使うな!」
「無理っ!! 十分は無理!!」
「そもそも、本当に十分で終わるのか?」
「私も身体保護魔法を切ってると、少し寒いですねぇ。……はい」
「寒いって言いますけど、ここってそんなに寒いですか?」
「正直、結構めっちゃ寒い」
「猫猫は実体じゃないから寒く無いんだにゃ」
「えっ!? 彩芽は実体じゃないのか!?」
「今更だガウ」
「今、この場所がこの形をしているのは小娘の魂が反映されているからだろう。故に小娘は今、魂の露出した、かなり曖昧な状態にある事になる」
「え、ローレルか魔王がこの空間を作ったんじゃないのか?」
「空間自体を作っているのは我だが、形を与えたのはそこの元勇者だ。そしてその形を決めているのが、小娘の魂だな」
「そんな事はいいからっ! 本当にはやくしてぇえっ!」
「ちょっと、集中してるので静かにしてもらえます? 今、調節が狂うと誰かが廃人になりますよ?」
「えなにそれ、怖い」
「てか、黄色は大丈夫なのか? あいつが一番最初に暴れそうだが?」
「黄色じゃなくてサンだガウ! ただ、言う通りサンは多分耐えられないから、少しの間おねんねしてもらってるガウ」
「おいおい、そんなこと出来るなら俺にもやってくれない?」
「魔法少女のシステムを介してるから無理ガウ。それに、これはシステムのバグを使ったものだし、微妙に魔力を消費するガウ」
「待てっ! そのせいで魔力が足りんなどほざいているのではあるまいな!」
「暴れられたら元も子もないでしょう? そう言う事情もあって、自然回復を止められるとマズいんですよ」
「早くしてぇ……! うぅうっ……」
「……ハナちゃんだけでもなんとかならん?」
「!? 駄目っ! それはダメっ!!」
「?? いや、どっちにしろ無理だと思うガウ」
「瀬野君。大丈夫ですか? 少し様子がおかしいようですが?」
「あと八分くらいだろ? 気合で耐えろよ」
「……ゴメン。正直に言うっ! すごく……トイレに行きたい……っ!」
何か妙に必死だと思ったら、そう言う事か。
「本当に貴様らは、何でどいつもこいつも……」
「漏らせばいいじゃん」
「駄目ですそれ! 絶対に耐えて下さいね!」
「駄目なのかよ」
「何でっすか?」
「今、この状態の”聖水”をポータルに見立てて、ポータルを開こうとしていますから、部分的に薄まったり形が変わるのは危険です」
「よくわからんけど、お前のおしっこそんなに重要なのかよ……」
「ちょっと出すくらいならいけるんじゃね?」
「どれくらい許容できるにゃ?」
「それを言って瀬野さんの気が緩んだらどうするんです?」
「それってちょっとならいけるって事っすよね? モモちゃんちょっとだけ出して止めてみ?」
「ああもうっ! うるさいうるさい! そんなの出来るか分からないっ!」
「テルミン。尿だけピンポイントに転送したり出来ないの?」
「猫猫のならワンチャンあるにゃ」
「使い魔は自分の主人以外への干渉はかなり制限があるガウ」
「お姉さんがめっちゃ頻尿で、全部出ても大丈夫って可能性は?」
「猫猫じゃあるまいしにゃ」
「そういやモモちゃんがトイレに行ってるの見たこと無いな」
「言われてみると、そうですね。……はい」
「たまには行くわよっ! てか、何でそんな事覚え……うっ!」
「アヤメくらいでギリいけるかどうかです!」
「おい、あんまり私が頻尿なのをそうやって大声で喋らんでもらえるか?」
「うぅ……うっ!? あっ……あっあっあぁあっ!!」
「え……?」
「おいおいモモちゃん!?」
「ダメダメっ! 嫌っ!! いやぁあ……あぁ……」
あっ。
ちょろろろっ……。
「おい。やったのか貴様?」
「…………」
――しょっしょわわぁぁぁ!!
静かになると、響きますね。
……音が。
しょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!!
「ワンチャン。お姉さんが頻尿なのにかけるか」
「駄目だわ。隣の俺の右手が既に温かい」
「……最悪」
「で、どうなるんだ初代勇者?」
「…………」
「……ローレル?」
「…………」
これはもう本当にダメっぽいですね。
「うぅ……こんなの無いよぉ……」
「よく出るなぁ。もうケツの方まで温かいわ」
あまりにデリカシーのない発言に、私は思わずドン引きである。
「さて、交渉決裂という訳だが、どうしてやろうか?」
「おいマジかっ! てか、もう起き上がっていいのローレル!?」
「…………!! いや、ちょっとお待ちくださいっ!!」
「もうその手には乗らんぞ! 悪いが一瞬で決める!」
体を起こすと、魔王がこちらに距離を詰めて来るのが見える。
「消し炭になれ初代勇者っ!!」
そして尿溜まりの前で留まると、後ろに右手を引いて何かを繰り出す姿勢を取る。
「尿に始まり、尿に終わる……か」
「お兄ちゃん何言ってるの!?」
「待って下さいっ! マジのガチでワンチャンありますっ!! ありまぁあすっ!!」
「諄いっ!!」
もう終わりだよ猫の子。
「アヤメっ!」
……??
「アヤメっ! 返事して下さい!!」
「えっ?! 私っ??」
「スイさんですっ! スイさんを呼んでください!!」
何でこの土壇場でスイクンの名前が出て……って。
「うわっ!?」
よく見るとお姉さんの出した物がこちらにっ!
「ご、ごめんなさい!」
「うわっぷ!? モモちゃん急にこっち向――!?」
「きゃぁああああ!! 見るなぁあああ!!」
「ペッペッ!! めっちゃ口に入った……」
あの二人、本当に仲がいいなぁ……。
…………あれ?
「ああもう気が散るなぁ! 何なんだ貴様ら!!」
あれ、今一瞬、スイクンの姿が波紋の下に見えた気がする?
「奇跡ですアヤメ! 瀬野さんのおしっこが、私の聖水に穴をあけた場所が、丁度スイさんのいる場所に引っかかりました!!」
えぇ……そんな事あるかぁ?
「もう何か知らんが、今度こそ終わりだっ!!」
「早くアヤメ! これは、あなたにしか出来ない事です!」
「いや、そんな事言われても、どうすればいいのかチンプンカンプンなんだが……」
「気合です! 気合と根性です!!」
「だーかーらっ!!」
「願えば思いは通じます!!」
「具体的に言えって言ってんのっ!!」
「死ねぇええええ!!!!」
今度こそ、終わりかっ!?
「スイク……じゃないスイさん!! お前どこにいるんだよ!」
「その調子ですアヤメ!」
「はぁ? てか本当にスイさんもここに……あっ!!」
「!? 何だ? そこに何があるっ!?」
私がお姉さんの方を向いて声を上げたからか、魔王は動きを止めてそちらを見た。
「やっぱり! そうだったのか!!」
私が大げさにそう言うと、魔王は目を丸くしてそこを観察する。
「だから何だ!? そこに何かいるのか!?」
「あんまりみんなでこっちを見ないでぇ!」
魔王はお姉さんを見ながらも、ソワソワと落ち着きなく周囲を気にしている。
「いや……そっちか!?」
「何ッ!?」
「あ、やっぱそっちか!!」
「どこだっ!?」
私がその方向に向くたび、魔王もつられるように同じ方向を見る。
……コイツ、実は割と余裕ないな。
「ああっ! スイさん!!」
ローレルも悪乗りなのか本気なのか分からないが、私の行動に乗って来る。
「だからそのスイサンと言うのは何だっ!! 魚か!?」
水産ってことかぁああ!!
なんつって!
「あっ! マズいですアヤメっ! 遊んでいる暇はありません! みなさんが動いてしまったので、吸い取った魔力が徐々に蒸発してしまっています!」
「えっ!? マジでっ!? てかお前っ――」
「何ぃいい!? 遊んでいるとは我に対してかぁああ!!??」
しまったっ……!
魔王にバレたっ!!
「もういいっ! この空間ごと貴様らを潰してやる!!」
「そんなことしたら、貴方もただじゃすまないですよ?」
「知らんっ!! もう考えるのも面倒だ!!」
魔王の威厳はどこへやら。
投げやりになった魔王が、両手を高々と突き上げる。
「アヤメはやくっ!!」
「だからさっきから言ってるだろ! 分かんないんだって!!」
私がそう言った瞬間、窓から差し込んでいた赤い光が、どんどんと紫色に変色して行く。
それは、私の魂に魔王が自身のカラーで上塗りしようとしているように。
「真面目に探そうとしていますか!? ちゃんとスイさんを感じて下さい!」
「さっきから言うことが全部スピリチュアルすぎるんだよ!! 何だよ気合とか感じるとか!!」
そして、元々違和感のあった空間が、どんどん縮小して行くような妙な感覚を覚える。
「これヤっばくね?」
「参りましたねぇ……」
「何してるガウ!! 早くスイを見つけろガウ!!」
「帰りのポータルは機能していないみたいですし、ここは猫猫さん任せですね。……はい」
「もうだめよ……おしまいよぉ……」
クッソぉお……みんな好き勝手言いやがって。
「あんまり難しく考えなくていいにゃ。神様の言葉通り、探そうとすればいいにゃ」
コイツはコイツで、何でそんなに落ち着いているのか。
それとも、既に諦めてしまっているのかもしれない。
「はいはい分かりました! 探そうとすればいいんですね! 探そうとすれば!」
そう言って私は、尻もちをついているお姉さんの方に向き直る。
「貴様! 妙な動きをするなよ!!」
「スイクン! 今行くからなっ!!」
私はそう言うと、床をを蹴って飛び上がる。
足元のおしっこが跳ねる。
「……え?」
宙に浮いた私は、お姉さんの下半身に向けて飛び掛かるような形になった。
お姉さんの股間が迫るっ!
「彩芽っ!?」
「血迷ったか小娘!!」
「アヤメ! そう言うことじゃないです!!」
「はぁあっ!?」
私は、顔面からお姉さんのすぐそばの床に突っ込んだ。




