冷たい尿①
あれほどの業火を受けたのに、体は全く無傷のように見えた。
しかし、もう一度それを見て確認する気にはならない。
私は慌てて、その場にしゃがみ込むしか出来なかった。
「見ないでお兄ちゃんっ!!」
「大丈夫です。すぐに元通りですから!」
ローレルが触れると、私の全身が光って、体のほてりが引いて行くのを感じる。
そして、すぐに魔法少女の衣装が私を包み込むのを感じた。
「おい! 彩芽は大丈夫なのか?」
「ご心配なく。見ての通りです」
最悪だ……。
「ひまわりはっ!? ひまわりもそれやって!!」
兄に……見られた。
「サンちゃんもこっちに。ついでにキレイキレイしましょう?」
ピチャピチャと、黄色がこちらに駆け寄ってくる音が耳に入る。
「これ……本当におしっこなんですか?」
「モモちゃんが舐めて見れば?」
少し向こうでは、協会のお姉さんとお兄さんがちちくりあっている。
そして私はというと、ローレルの体液で濡れた床を、うずくまって眺めていた。
「えらく進んだ”魔導機構”を持っているようだな。魔法少女とかいったか?」
「レベルだけで言うなら、あちらの文明は古典魔法を抜けたばかりの、かなり原初に近いですからね」
「ハッ! 貴様らが来るまでは……。だろう?」
「一体、なにをやったんすかあなたは?」
「私はちゃんとやってたんですよ? でも、後任に引き継いだ後が問題だったんです」
「ちゃんと? 突然、侵略して来ておいて、なかなか面白い冗談を言う」
「先に侵略したのはあなた達の方でしょう? そのせいで我々が介入しなければならないといけない事態になったんですよ」
「何かよくわかんないんすけど、その介入って何なんですか? 魔族の方が先に居たのは確かなんす?」
「然り」
「そこだけ切り抜くとおかしくなるんですよ。まず、魔族が来る前に先住民がいたという前提があって、それを異界の魔族が侵略したんです。そういった時空の乱れを正すのが”久遠を司る神”たる私のお仕事ですから」
「その先住民も、元はと言えば侵略者ではないか! それに、何が神だ。そうやって勘違いして己の理屈を押し付け、災厄の種をまき散らす。貴様らの存在自体が害悪だ。猿ごときが思い上がりも甚だしい」
「魔族という物は、何事も負ける方が悪いって言う理屈で動いているんですよ。侵略行為は呼吸のような物で、それ自体を悪い事だとは思っていないんです」
「良く分かって居るでは無いか。ならば、我等が相当に譲歩してやっている事も理解しているんだろう?」
…………。
「あなた達がそんなだから”本当の神様”に見放されたんでしょう?」
「見放されたのではない。我等から縁を切ったのだ」
「……本当の神様って何の事ですか?」
「おそらく、神話の時代の神様の事ですよ。……はい」
「あれって宇宙創造とかいうやつっすよね? どこまで事実なんですかあれ?」
「貴様ら猿共は永遠に理解することはないだろうな」
「あなただって、分からないくせに」
…………また、私の知らない話してる。
「俺、宇宙の真理とか興味あるんすよね。ビッグバン理論とか」
「あなた急に元気ね? というかここ、ちょっと冷えるんだけど……」
まるで黄色みたいだ。
とか言ったら、どんな反応が返って来るんだろう。
「びっぐばん理論?? なんだそれは?」
「宇宙の始まりは、高温の物理エネルギーの大爆発から始まったって考え方ですね」
「……ああ、やはり猿共は宇宙という概念の捉え方そのものが——」
「はい駄目ですよー? それ以上は禁則事項です」
そこまで言っといて。
「聞いちゃダメなんかーい! それっ!」
「「え?」」
ん?
あ、しまった!
つい、反射的にツッコんでしまった!
「何だかんだ、猫猫も立ち直るのが早いにゃ」
「つか、何でっすか! もうちょっとで宇宙の心理が——」
「駄目に決まってるでしょう? それを知るのは、この世界の人類にはかなり早すぎます」
「フハハ! 先ほどから宇宙や世界といった単語の翻訳が混沌としている所を見ると、やはり貴様らは猿と呼ばれるに相応しい文明レベルに生きているようだな!」
そういえば、こいつらの言う異世界って宇宙規模で言うと地続きなんだろうか?
そんで、魔族とか人間とかの種族や異世界人って、どんなつながりがあるんだろう。
……今なら、少しは教えてくれたりしないかな?
「ねえ、魔王と人間が〇ックスしたらどうなんの?」
「「えっ?」」
そんな事を思っていたら、黄色が急にとんでもない事を言い出した。
「魔族と人間の間に子どもが出来るかと言う話なら、幸いにも子どもはできませんよ?」
「そもそも、種を増やすのを生殖行為のみに頼ってること自体が猿——」
「え! じゃあ〇出しし放題じゃん!」
その黄色の発言に、ついにその場が凍り付く。
「フハハッ! よく知っているな餓鬼!」
「……なるほど」
「何がなるほどよこの変態!」
お姉さんとお兄さんは依然としてイチャイチャしているが、その他は何とも言えない表情で誰もいない空間にそわそわと目をやっている。
「ねえ! てか魔王と〇ックスするんだろ! はよしろや!」
おい、誰かあいつを止めろ。
「そうであったな。では、早くこちらに来い」
お兄ちゃん!
絶対にダメっ!!
「冗談じゃないっ!!」
そうだっ!
「じゃあ、ひまわりとする?」
「「はあっ!?」」
「「え゛っ!?」」
これはいけません。
完全にライン越えです。
「ダメですよサンさん?」
「クハハハハハッ! 貴様、なかなか面白いじゃないか!」
面白いのは認めるが……。
「ねえやろうよぉ!! ひまわりのこ——」
いや全然面白くないっ!!
「あああああああ!! 駄目だそれ以上は消されるぅううう!!」
「うわっ!? なんだこいつ急にキレたぞ!」
私は猛スピードで黄色につかみかかり、その汚い口を塞ぐ。
もちろん手《・》でな!
「彩芽! 落ち着いて!」
「フハハハハ! いいぞ! 脱がせ脱がせ!」
「いやぁああああ!! 犯されるぅううううう!!」
毎度思うが、私が本気でコイツにいたずら《・》したらどうなるんだろうか。
「ああもう……めちゃくちゃよ」
いやいや待て待て!
何考えてるんだ私は!
「そろそろ、オイラも話してもいいガウ?」
そして、このカオスに終止符を打ったのは、黄色の使い魔の言葉だった。
「魔王は結局、帰りたいのか帰りたくないのかどちらなんだガウ?」
「? 我は最初から、帰るつもりだと伝えたはずだが?」
「その割には生贄を要求したり、性……そういった行為をしようとしたりしていたみたいだけど?」
「……? だから、貴様らは何を言っている?」
「もう魔王は戦う力もそんなに残ってないはずにゃ? このまま素直に帰った方が、お互いの為になるとおもうにゃ」
「…………」
魔王はじっと何かを悩むような……いや、悩むと言うより、かなり訝しむような表情をテルミンに向けていた。
「そうよ。その方がお互いに建設的よ」
「だから、我は最初からそう……いや、正確には途中まではそのつもりでいたのだが?」
「今からでも遅くないんじゃないガウか?」
「貴様らなあ……我の事を阿呆だと思っておるのか? こうなったのはそもそも、誰の仕業か忘れたとは言わせんぞ?」
「誰の仕業って……」
「……あ」
そう言って口元を押さえたのは、私の兄。
お兄ちゃんだった。
「貴様はまだ許せる。一応、自分の非を認める素振りだけはしていたからな。それに、なかなかの色男だ」
イケメン無罪!
流石お兄ちゃん!!
「ちょっとぉ! まってくれよ! 俺達だって魔王って知らなかっただけで——」
「貴様らも、無知と言う罪はあるが、取るに足らん虫けらと言う点において我が気に掛けるべくもない」
「えっ!? マジで!!」
いや、その割に拘束された事でブチギレた感じじゃなかったですっけあなた?
……ん?
って事は?
「そう、貴様だ貴様! よくも我を罠に嵌めるような企てを起こしてくれたな?」
「えー、私ですかー?」
そう言ってとぼけるような仕草をするのは、件の神様、ローレルである。
良かった。
私じゃなかった!
「我が気づかんとでも思ったか? そうやって小便を垂れ流して自分のテリトリーを広げて居るのだろう?」
まあ、私に対して魔王を追い込めと言ったと言う事は、つまりそう言う事なのだろう。
「確かに、そう言う意図もありましたが、それは最終手段ですし、この聖水の下にはあなたを異世界に帰すための準備があります」
「ふざけるな! じゃあその猫猫とか言うガキが”凶化”したのは、どう説明説明するのだ?」
「猫猫を”オーバードライブ”したのは、あのまま魔王のペースに持っていかれるとマズいと思ったからにゃ」
「ですので使い魔さんに、もしもの時は猫猫を聖水の中に誘導するように頼んでいました」
え、そんなやりとりいつの間に……まさか最初の接触の時か?
あの一瞬でそんな事を……。
「やはり、最初からそのつもりでおったのだな?」
「まあまあ、最後まで聞いて下さい。それはあくまで話し合いによる全員生存が難しくなった場合の最終手段です。でも、今は違います」
「結果論とは言え、こうやってお互い冷静になったにゃ?」
「だからと言って貴様が我に働いた狼藉が帳消しになるわけでは無いぞ? まだ我には、貴様らを消し炭にしてやるくらいの魔力は残っておる」
「そういきり立たないで下さい。その言葉の真偽は置いて置いて、平和に帰れるならそうしませんか?」
「次はこちらも本気を出さざる負え無くなるにゃ。そうなると、そちらにもデメリットが大きいと思うにゃ」
まさか、その本気を出すのは私だとか言うんじゃないだろうな?
「…………」
魔王は再び黙る。
今度は鋭い目線で真っ直ぐローレルの事を見つめたままだ。
「……一理ある」
「!! 一理アルミもごぉおっ!?」
何か言おうとした黄色を、その使い魔が口を塞ぐ。
「……はあ、興が削がれた」
そう言って魔王は、わざとらしく大きなため息をつく。
「分かった。貴様の提案にのってやろう」
その魔王の言葉に、その場の空気が一気に緩むのを感じた。
「だったら、早くこの場から出ましょうよ!」
お姉さんは、急かすようにそう持ちかける。
「勘違いするな? 我は貴様らを屠ろうと思ったら何時でもそうすることが出来る。ただこのまま、貴様らで言う所の”異世界”に帰るのが遅れるのは本意では無いだけだ」
そんなツンデレを発揮した魔王だが、ここで異を唱えるような野暮な奴は——。
「やだぁあ!! 裸は!? ひまわり裸見たいぃいいいい!!!!」
居たわ。
「結局そこかよ! 何でお兄ちゃんがお前のために脱がなきゃいけないんだよ!」
「そうだそうだー! な、モモちゃんもそう思うよな?」
「えはっ!? い、いや……本当に私は早くここから出たくて……」
あいつ、要注意人物だな。
お姉さんは私にやさしくはしてくれていたが、お兄ちゃんに色目を使う者は全員敵だ。
「貴様ら……しかし、確かにその雄猿に何もしないのは惜しいな」
ああもうっ!
せっかく話がまとまりそうだったのに、黄色が要らん事言うから!!
「あ、でも裸にはなってもらいますよ?」
「「えっ!?」」
「何を言い出すんだ太田さん?」
「ローレルお前もか!!」
「よかったなモモちゃん?」
「はぁっ!?」
そこにローレルが絡んで来るのは、流石の私も予想外だ。
「いや、あなたたち全員ですよ?」
「「はぁあっ!?!?」」




