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戦闘服を燃やさないで③

 その全員の目線の先には、貼り付けにされたローレルがいる。


 そして彼女の股間からは、文字通り”滝”のように、透明の液体が激しく床にたたきつけられていた。


「…………」


 私と黄色以外の人物は、何が起きているのか把握するのに少しばかりの時間を要した。


 その間に、ローレルの放った体液はどんどん床に広がって行く。


「え、お漏らし??」


 教会のお兄さんが、言葉を漏らす。


「神様が?」


 信じられない物を見る目で、お姉さんも呟く。


「貴様等……この空間を便所か何かと勘違いして居るのか?」


「ふえぇぇ……漏らしてしまいましたぁ」


 魔王の締め付ける力が緩んだのか、ようやくローレルが情けない声で言葉を漏らす。


「神様って、小便するの?」


 私達には見なれた光景だったが、他の人物にはそうではないらしい。


「え、……汚っ」


 黄色はじりじりと、広がって行く尿から距離を取るように後ずさる。


 お前の足元の方が、よっぽど汚い。


「おいおい、どんだけ出るんだ! 早く止めろ!」


「無理ですぅ……」


 しょんぼりしたようで、妙に恍惚とした様子のローレル。


「いやいや……流石に多すぎじゃないか?」


 お兄ちゃんのその言葉の通り、それはついに私達の足元にまで流れてきている。


 明らかに……明らかに彼女の容積をオーバーしているように見える。


「太田川放水路かよ……」


「ちょっと辞めてよっ」


「……? おい、待て貴様。何かがおかしい」


 違和感に気づいたのか、魔王が誰にでも無く制止するような言葉を投げかける。


「猫猫ぉーー! 危ないにゃーー!!」


 ドンッ——。


「……は?」


 背中に衝撃を感じたと思ったら、私は一歩前に押し出されていた。


 痛くは無かったが、何をされたのかは気になった。


「貴様っ!! 何勝手に——」


 びしゃっ。


 よろめいた私の右足はローレルの体液を踏み、小さく水しぶきが跳ねる。


 ——ゾクッ。


 靴の裏がそれに触れた瞬間、背筋に寒気が走った。


 そしてその感覚は、急激な高揚感に変わって行く。


「え、何? これ……」


 それが頭に駆け抜けた瞬間、ボッと頭に火が灯ったような感覚が駆け抜ける。


 記憶には無い。


 記憶には無いが、何故だか私はこの感覚を知っている。


 パァアアアンッ!!


「うっ!?」


「ひゃぁっ!?」


「きゃぁああああああ!!!!」


 頭が真っ白になった。


 そしてそれは、すぐに治まった。


 燃え滾る体の温度とは反するように、私の頭はスッキリと冴えわたる。


 視界が一気に開けるような爽快感。


 耳に入る黄色の悲鳴も全く気にならなかった。


「お、オーバードライブ!?」


 オーバードライブ?


 聞いた事ある気がするが、思い出すことは出来ない。


「おいっ! 誰も動くな!!」


「一体、彩芽に何をしたんだ!?」


 心配する兄の声。


 おそらく、私が何かおかしくなっているのだろう。


 しかし当の私に危機感は全くなく、むしろこれは何でもできるような、物凄い全能感に満たされているような気がする。


「ッ!!」


 背中に再び衝撃を受ける。


 それは先ほどの物とは違い、壁にまで飛んで行きそうなほどの衝撃だった。


 しかし、そうはならなかった。


「何ッ!?」


 後ろから魔王の声が聞こえる。


 その声で、あたかも後ろに目がある様に、見てもいないのに魔王の立ち位置が手に取るように分かった。


 ——ボッ!


 考えるより体が先に動いた。


 ガインッ!


「うっ!?」


 背後から聞こえる、衝突音と呻き声。


「貴様っ! やりおったなっ!!」


 何のことだか分からないが、何の事だか分かる。


 私は今、背後の魔王に対して『”エンチャント・マテリアル”』で鉄球……いや、何かエネルギーのような物を放った。


 ガインッ!


 そして、それはもう一度。


「貴様がその気なら、もう許しては置かんぞ!!」


 グンッ!


 先ほど感じた圧力が、更に強くなって私の背後から襲い掛かる。


 私は、魔王の方を振り返る。


 ——バキャァアアンッ!!


「ガッ!!?」


 そして、一気に魔王に距離を詰めると、魔王の右頬に向かって鞭を叩きつける。


 良い音がして、魔王が左に向けて吹っ飛んで行く。


 ボッ!!


 そこに追撃。


 だが、目で追った魔王はそこにはいない。


 ゴリッ!!


 側頭部に衝撃があり、衝撃があった側と逆の頭が何かにぶつかる。


 視界の右側が白くなり、それが私が最初にこの部屋に来た時に魔王の背後に見た窓であることに気づく。


 そして、視界が赤くなっていく。


「彩芽っ!!」


 その兄の声を聴く前に、私は前に転がるようにそ(・)れ(・)を回避した。


 頭の上をすり抜けるような感覚があった後、転がった先で私は背後に振り返る。


「何が起こった……」


 魔王が、こちらを睨んでいた。


 私は自分の頭がどうかなっていないか、触って確認する。


 そして、赤くなったのは私の体内の事情では無く、外的要因である事を認識する。


 すぐ脇にある、窓のような物。


 そこから差し込む白い光が、どんどん赤変していく。


「アヤメっ! こちらに魔王を追い込んでください!」


 その声は、ローレルの物だった。


「彩芽駄目だ! その力はマズい!!」


「私は大丈夫。お兄ちゃん」


 兄の声に、私はハッキリとした口調で答える。


「その力……やはり、貴様もあの勇者。いや……”愚者”共の系譜かっ!」


 その勇者とか愚者とか言うのが何かは分からない。


 だが、魔王の口ぶりから、どうやら私は魔王の敵たりえる力を持っているようだ。


「アヤメ! こちらに魔王を追い込んでください! ちなみに、愚者って言うのは魔族側からの勇者の呼称で、勇者って言うのは魔王を討伐する人間の”ジョブ”の事です!」


「いや、そこは説明してくれるのかよっ!!」


 てか、まんまゲームの世界かよ!


 と、思わず突っ込んでしまったが、魔王がローレルを指して言っていた”初代勇者”が事実なら、やはりアイツは私がこんな事になっている元凶で違いないのではなかろうか。


「フン。なるほど、と言う事は、我はそちらに行かなければ良いのだな? 馬鹿め!」


 ローレルが叫んだそれは、私の耳に届くのと同時に魔王にも筒抜けであることを意味する。


「彩芽っ!」


「させるかっ!!」


 ゴッ!!


 私の目線の横で、兄が壁に向けて吹っ飛んで行く。


 ご丁寧に、ローレルがいる場所とは別の壁へ向かって。


「お兄ちゃん!」


「概ね、その尿に何か秘密があるのだろう? 貴様ら、誰一人としてその場から動くことを禁ずる」


 ガキィンッ!!


 わたしは再び、考えるよりも早く魔王に鞭を振り下ろしていた。


 しかし、今度は魔王と私を隔てる、おそらく結界のような物に阻まれてしまった。


「動くなと言っている小娘っ!!」


 バキャァアン!!


「そして、私が振り下ろした鞭に、その倍くらいの力の衝撃が伝わって来た。


 腕がグルンと、背中まで弾かれる。


「調子に乗るなっ! 貴様がその気なら、もう許しては置かんぞ!!」


「そのセリフはさっきも聞いた」


 私は右手に力を込める。


 しかし、それは私の思うようにはならなかった。


 右腕はぶらんと垂れ下がり、足元には取り落とした鞭の姿。


 どうやら私の右腕は、骨が外れるか折れるかしてしまっているようである。


「死ねっ! 『”熱線(ライザライ)”!!」


 ゴバァアアアアアアアア!!!!


 魔王の前方に、炎の柱のような物が放たれる。


「きゃぁああ!!」


「ぐわぁっ!!」


 狭い場所で放たれたその熱気で、皆が悲鳴を上げる。


 私が見た中で、初めての攻撃魔法らしい魔法だった。


 しかし、私は既にそこにはいない。


「ぬっ?」


 ガイインッ!!


 見てから余裕でした!


 しかし、完全に入ったと思った魔王の背後への攻撃は、またもや見えない壁に阻まれた。


「駆(はや)いな貴様」


「それはどうも」


 私はもう一度、動く方の腕を魔王に振り下ろす。


 何かスキルを使うか?


 いや、先ほどよりも更に大きな魔力を乗せてっ!


 パカーンッ!!


 ついに、その魔王と私を隔てる壁を割ることに成功した。


 そしてそのまま、私は魔王に向けて鞭を振り抜いた。


「その程度か?」


 ガッ!


 私の振り下ろした手を、魔王は素手で掴む。


「『”障壁破壊(ヴァリ・シルドラ)”』!!」


 魔王がその技名(?)を叫ぶと、全身に割けるんじゃないかと言うような衝撃が走る。


 私は危険を感じ、魔王から大きく距離を取ろうとする。


「無駄だっ! 『”地獄の業火《フィオル・ザイド・ゲフェダ》”』!!」


 私は咄嗟に”防御魔法(シェル)”を展開しようとする。


 しかし、それは不発だった。


 あ、まずい。


 そう思った時には遅かった。


 私の周囲を高温の炎が覆い、視界は一瞬で真っ白になった。


 遅れて、全身を耐えがたい痛みが襲う!


「ぐっ……」


 流石にこれは……。


 自分でも正気を保てているのが不思議なくらいの痛みだったが、不思議な事に思考は正常だ。


「あっつぅうううううういいいいいぃいいいい!!!!」


 !?


 これは私の物では無い。


 炎が燃え盛る轟音の中、飛び込んで来た悲鳴。


 視界が晴れ、私は思い切り息を吸い込む。


 無意識に呼吸を止めていたようだった。


 耐えきった……のか?


「きぃやあぁあああああああ!!!! いたあぃいいいいいいいいい!!!!」


 その悲鳴の元凶、黄色の方を向くと、なぜか何もないのに一人で悶え苦しんでいた。


 もしや、魔王が黄色にも何かやっているのか?


「む。やはり、まだこの程度の魔力では上級の魔法の行使は無理か……」


 その魔王は、どうやら私に使った魔法が完全では無かったような雰囲気を出している。


「し、死ぬかと思った……」


 他の面々は、魔王の攻撃から逃れるためか、全員壁の隅まで移動していた。


 しかし、やはりその中でも黄色の異常な熱がり方は謎である。


「何でサンの”この身を捧げる(ディボーション)”が有効になってるガウ!?」


 ”この身を捧げる(ディボーション)”?


「パーティーメンバーの受けたダメージを肩代わりするものですね」


 そういや、あったなそんなスキル!


 黄色があまりにも役に立たな過ぎて、完全に存在を忘れていた。


「おい神様! どうせオマエの仕業だろうガウ!!」


 ローレルは答える代わりにニッコリと微笑む。


「なるほど、魔法が完全では無かったにしろ、我のこれを受けて立っていられるのはそう言う理由であったか」


 どうやら、私は黄色に命を救われたらしい。


 何だか黄色に借りを作ったようで複雑な心境だが、何だかんだ今までもタンクとしては優秀な兆候があったので、そこは素直に飲み込んで感謝したいと思う所存。


「アヤメさんこちらに!」


 そのローレルの呼びかけを聞いて、私は即座に彼女の近くへ移動する。


 魔王の攻撃に身構えるが、存外にあっさりとローレルの元に辿り着いた。


「もしかして、さっきの魔法の反動があるのか?」


 私はそう呟くが、すぐに他の可能性に行き当たる。


「いや……魔力切れか?」


 魔王は否定も肯定もせず、ゆっくりとこちらに向き直る。


「どうした魔王? 図星か?」


 魔王はキョトンとした顔でこちらを見て、少し首をかしげる。


 私にはその行動の意図を、察する事が出来なかった。


「それは、貴様も同じなのではないか?」


 ……え?


「大丈夫ですよアヤメ! すぐに直しますから!」


「直す? 何を言って——」


 一瞬遅れて、私ははっとする。


「!?!?」


 そして、自分の体を見て愕然とする。


「彩芽!! 大丈夫か!?」


「きゃっ、きゃぁああああああ!!」


 完全に、全裸だった。

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