戦闘服を燃やさないで②
「ぶっ殺してやるっ!」
怒りのままに振り上げた私のこぶし。
それに兄は、魔王から目を離す事は無く掌をこちらに向けて私を制止するようなそぶりをする。
「お兄ちゃんやめて! そいつ殺せないっ!」
「ははっ! 貴様も磔にしてやろうか!」
「待てっ! 妹には手を出さないでくれ!」
「その汚い手をお兄ちゃんから放せっ!!」
ジロリと魔王がこちらを見る。
私は吹っ飛ばされることを覚悟したが、魔王はその顔に憎たらしい笑みを讃えたまま鼻で笑う。
「フッ。なかなか美しい兄弟愛じゃないか」
明らかに、そうは思っていない様な口ぶりで魔王は言う。
「彩芽。僕は大丈夫だ」
「何も大丈夫じゃないよっ!」
魔王はこちらに目線をやり、明らかに私を意識しながら兄のズボンのベルトに手をかける。
「良かったな、貴様等が我の好みの整った容姿をしていて」
それは魔法か、魔王が触れたベルトはひとりでに解ける。
こうなったら魔王がしようとしていることは、私の想像している物に間違いないだろう。
「本当はこの空間に来てから、ずうっと欲求不満でな。ここに連れ込んだ人間は魔力は探知できても姿までは認識できなかったからな」
何で今まで気づかなかったのか、魔王は女だ。
こんなイケメンが目の前に居て、下卑た欲望を我慢できるはずが無い。
私は背中にゾワゾワとしたものを感じた。
しかし、それは先ほどから感じている恐怖とは違う種類のものだ。
「さて、ではそちらも」
……ん?
何故だか、魔王はこちらに手招きをして来る。
「何をやっている。早くこちらに来い」
魔王の意図していることが分からず、私は困惑する。
同時に魔力を吸い出すつもりかと思ったが、それなら兄にやっているそれは何だと言うんだ。
「呆けているな。貴様の兄がどうなってもいいのか?」
私はハッとなり、ほぼ反射で魔王の方に足が出る。
背後にローレルと使い魔の気配を感じるが、特に何も言われなかった。
「止まれ」
兄と横並びになった所で、魔王から制止される。
隣の兄は、私では無く魔王に視線をやったままだ。
その魔王は、私の方を向いている。
「脱げ」
?
「え?」
それは、一体誰に向かって言っている?
「だから呆けているなと言っている。脱げ」
「え……それって……」
私は周囲をキョロキョロと確認するが、どう考えても魔王は私に向かって脱げと言っている。
「な、何でですか?」
「その衣装は魔法で作っているのだろう? どうしてもと言うのなら我が脱がしてやってもいいが、かなり痛いぞ?」
いや、そうではなく……。
隣の兄も、困惑した表情をしている。
「すみません、僕にはあなたの意図していることが計りかねるのですが……」
「? ……ああ、なるほど。我が何故貴様らを脱がせるかと言う事を尋ねておるのか」
私も兄も、無言でそれを肯定する。
それは魔王にも伝わった様である。
「貴様ら二人、今から我の前で馬鍬って見せろ」
「「はぁっ!?」」
兄と私、同時に声が出た。
「どうした早くしろ。それだけ愛し合っていれば、そんなもの朝飯前だろう?」
い……いやそれは。
「ふざけるなっ!!」
兄が、魔王に向かって怒声を上げる。
どれだけ愛し合っていてもって、それは愛し合っているという意味が違う。
「兄弟でそんな事が出来るわけ無いだろ! 本気で言っているのなら、悪趣味すぎるぞ!」
そう言って、兄が強く否定するのは分かる。
……分かるのだが。
「ほら、早く脱いで見せろ。貴様の兄が準備できなくて困って居るぞ」
「彩芽、聞く事無いぞ。魔族の事は知らないが、どんなに愛していても普通は兄弟にそんな感情を抱くはずが無いだろう? ……気持ちが悪い!」
分かるのだが、なんだか兄が否定する度に、心にトゲが刺さっていく感触がある。
ただ、愛してくれていると言うのは、とても嬉しい。
「はぁ……仕方ない。我が少し手伝ってやるとしよう」
そう言って魔王は、再び兄の元へと近づく。
「……何をする気だ?」
「準備を手伝ってやると言って居る」
魔王は中腰になると、目の前の物にゆっくりと手を伸ばす。
その目の前の物とは……。
「汚い手で触れるなっ!」
そう言って兄は一歩、拒否するように後ろに下がる。
「ん? いいのかそんな事を言って」
魔王はニヤリと笑い、上目遣いに兄を見上げる。
「そんな事をしても、僕はどうにもならないぞ?」
「はっ! たとえ貴様はそうでも、そっちは違うようだが?」
そっちと言われて別の事を想像していた。
しかし、魔王の目線はこちらに向く。
「……え?」
そして自分が、兄のそこを凝視していた事に気づいた。
「っ!! いやっ! 違うっ!! ちがっ!!」
無意識に兄の顔を見るが、そこで見た兄は「……マジか」という表情に見えた。
「違う違うよお兄ちゃん! 魔王がお兄ちゃんに何をしようと……いや、気になったとか、いやいや気になったって言うのはそう言う事じゃな無くて!! 違うの本当にっ!!」
「ハハハハハハハ!! 妹の方はやる気満々のようだぞ? 貴様も男なら、その気持ちに答えてやらねばなるまい?」
「だから違うって!!」
「彩芽は年頃の中学生だ。異性に興味があるのかもしれないが、お前の言うそう言うのとは違う」
私は顔が熱くなりすぎて失神しそうな気持だった。
涙でじわじわと視界が波打つ。
「まあ任せて置け。短命の人間共では到底たどり着けない様な妙技で、すぐに貴様もその気にさせてやるから」
そう言う魔王の表情は、くやしいが非常に妖美なもので、その言葉を裏付けるものに見えた。
「それとも、貴様は乳房が大きい方が好みか? だったら……おい貴様」
「……はひっ!?」
急に声を掛けられた協会のお姉さんが、驚いて少し間抜けな声を上げる。
「脱げ」
「えっ!?」
今度はハッキリと、お姉さんは驚きの声を上げた。
「い、いや……私はその……」
「いいから脱げ。そしてこちらに来い」
お姉さんはキョロキョロと顔と目を泳がせる。
「……だってよモモちゃん」
「っ!?」
そして、そう言った同僚の男をキッと睨みつける。
「いいじゃん。どうせ見せる相手がいなくて欲求不満なんだろ?」
「あ、あんたっ!!」
「ハハハハ!! それなら好都合だろう? 我が言うのも何だが、こんな稀男を相手に出来る機会なんて、そうそうある事ではあるまい? それとも何だ? 貴様は自分の体系や技術に自信がないのか?」
「…………」
そう言われたお姉さんは、黙ってしまう。
そして、兄の方を横目で一瞬だけ確認する。
「…………ハッ!」
お姉さんは一歩踏み出すと、着ている黒く長いローブに手をかける。
そしてそれを脱ぎ去ると、内から白いワイシャツと濃紺のスラックスが現れる。
「え、マジで?」
さっきまで煽っていた男が驚く。
「残念……思ったほどでは無かったなぁ?」
魔王はちらりと兄の表情を確認し、追加で煽るような笑みをお姉さんにかける。
煽られたお姉さんは、こちらに歩きながら無言で自分のシャツのボタンに手をかける。
「瀬野君。冷静に」
たまらず、今まで静観していた天満さんが制止するような言葉をかける。
「いえ、魔王の要望ですので」
いや、違うだろ絶対!
お姉さんの胸元がはだけ、下着が露出する。
色気のない、ベージュの安物の下着。
そこから覗く谷間を見るに、サイズは大きくも小さくもない感じである。
「やめてっ!」
私は口ではそう叫ぶが、悔しいがお姉さんの胸元から目が離せなかった。
そして、ふと魔王がこちらを見ているのに気づく。
「ほぅ……貴様、そっちか」
「ほえっ!?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまう。
「そうか。なら少し趣向を変えよう。貴様はそっちのアヤメとやらと致せ」
「「えっ!?」」
驚いた私と、お姉さんの声が被る。
「おいふざけんなや!!」
そして、何故か憤る黄色。
まさか私を庇う……わけないよな。
「兄の相手は、やはり我がする」
「よし! やれ!!」
「やっぱりお前はお兄ちゃんの裸が見たいだけかよっ!!」
「…………」
そして、非常に不満そうに私と兄を見比べるお姉さん。
いやお前もかっ!
「ちょっと、女性の……しかも未成年には……」
「未成年? それは子供と言う意味か? だったら、その未成年の前で異性と馬鍬うのは良いのか?」
お姉さんは、とても苦い顔をして横目でこちらの様子を確認する。
「……猫猫ちゃんは、どうしたい?」
「えっ!? いや、ちょっ……そ、それは……」
突然私に決定権を委ねられ、取り乱してしまう。
「えっと……魔王はああいってますが……」
「…………」
お姉さんは明らかに嫌そうな表情で、また私と兄を見比べる。
ってか、あなたさっき魔王の要望とか何とかほざいてませんでしたっけ?
「脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!」
黄色は黄色で、兄に向けてそんなコールを浴びせている。
「脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!」
それに合わせて、教会のお兄さんも同僚のお姉さんに同じことを言っている。
…………。
あれ?
私達は一体、何をやっているんだ??
ンョ゛ハー゛ァアアアアアアアアアアア!!!!
「!?!?!?!?」
突如聞こえてきた轟音に、私達は我に返ってその方向に同時に顔を向ける!




