戦闘服を燃やさないで①
「我を散々虚仮にして、ただで済むと思ったか!!」
魔王が言っている事は、創作の悪役のセリフそのものである。
しかし、そのセリフがただの悪役の物で無いのを、今この場面の全員が感じている。
「ひ……ひぃぃ……」
協会のお兄さんが、ヨロヨロと後ろに倒れ込み、尻もちを搗く。
「…………」
お姉さんも、その横で腰を抜かし、ペタンと座り込む。
「今一度、我が名は”シュー”!! 我が炎は全てを焼き尽くし、見るものすべてを”朱”に染める”ロード・オブ・ヴァーミリオン”!! 我こそが灰燼の王、シューである!!」
「これはやってしまいましたねぇ。……はい」
「きゃぁああああああああああ!!!!」
いつもの黄色の金切り声。
冷静なのは、天満さんとローレルくらい……。
兄も、魔王のその姿を見て呆然自失としている。
目の前で名乗りを上げた魔王は、シルエットこそ先ほどとあまり変わらないが、目は赤くギラギラと輝き、体には血管のように真っ赤な亀裂が無尽に走っている。
そしてそこから感じる圧力は相当なもので、それは直視するのも難しいほどだった。
「立てますかアヤメさん?」
ローレルが私にそう、声をかける。
「む……無理」
かくいう私も、あの二人と同様に腰を抜かして、この体たらくだ。
「ああ全く、また一から魔力を溜め直しではないか……」
「ローレル……あれは何とか出来ないのか?」
「思った以上に、魔力を回収できているようですね」
「ようするにそれは……かなりマズい?」
「…………」
そこで黙られると、私の質問は正しいと言う事になってしまうだろう。
だが、思い返せば魔法少女を始めてから今まで、ヤバくなかった状況など無い。
今回もその延長だと思えば、このぐらいの事……。
「フハハハ! 今まで貴様等、下等な猿共に我が気を使って大人しくしておった事に感謝するがよい!」
いや無理無理無理っ!
言ってる事は何か三下っぽいのに、肌に伝わってくる危機感が今までの比では無い。
「余計な事はせず、我の言う事を聞いて置けば良かったものを。貴様等は我を怒らせたのだ!」
「謝って済む事では無い事は理解しています。ただ、ただもう一度だけ我々にチャンスを頂けませんか?」
「僕からもお願いします。先ほどはあなたを魔王とは知らず、不遜な態度を取ってしまいました。この通りです!」
いやぁあああ!!
お兄ちゃんやめてぇえええ!!
そんな情けなく敵に謝る姿を私に見せないでぇえええ!!!!
「なるほど……まあ、我も悪魔では無い。条件しだいでは、このまま貴様らを生かしておくことも考えてやろう」
「ほ、本当ですか!?」
だからっ!
そんな戦いに負けて命乞いをする悪役みたいなセリフは止めてぇえええ!!
「だが只とはいかんぞ? 代わりに、その女の命をもらおう」
そして、魔王が指差した先にいるのは、何を隠そう、この私である。
「はい、どうぞ!」
「貴様ローレルぅううううう!!!!」
お前に人の心は無いのかぁああああ!!!!
「そ、そんな条件……飲めるわけないだろっ!!」
かなり必死の様子の兄と私だが、しかし当の魔王は……。
「い、いや。我もそんな簡単に……まさか本気で応じるとは……」
ほらっ!
魔王も困惑してるじゃんか!
「本当に、猫猫さんの命を捧げれば元の世界にお帰り頂けるんですか?」
「えあ……うん。……いや、ちょっと待て……うーん……まあ、まあ別に帰ってやっても……いい……のか?」
あ、これ本気で応じるとは思ってなかったときの反応だ!
「いや待てっ! 貴様らを生かしてやるのと、元の世界に帰るのは別の問題である!」
「そんなぁ……」
「おい! まさか、本当に彩芽を魔王の生贄にするつもりじゃないだろうな!」
「それでおさまるなら、それもアリな気がして来たガウ」
「まあ、この世界のためにはその方がいいのかもしれないにゃ……」
「ぎゃははははははは!! 市ねクソバカ性悪ブス女っ!!」
他人事だと思いやがってコイツらぁ……。
「…………仕方ない、そこまで言うのであれば、そっちのガキも追加で貰えば、帰ってやることもやぶさかではないぞ!」
魔王が再び指さした先にいたのは、もちろん黄色だ。
「はい! どうぞっ!」
「はぁああああああ!?!?!?!?」
「ぎゃはははははっ! お前も道連れだゲロガキっ!!」
「ほらっ! 正体現したガウッ!」
いけないいけない。
心の声が思いっきり漏れ出てしまった。
「困りましたねぇ。……はい」
「何でそんな冷静なんすか課長……?」
「使い魔が自分の主の命を差し出そうとするのは、主を守るメリットよりもデメリットの方が相当大きい時なんですよ」
天満さんはお姉さんの質問には答えず、代わりのこんな事を言った。
「はぁっ!? テルミンお前っ!」
「いやいやいや! 本当に見捨てようとしたわけじゃないにゃ! いくら面倒くさい奴だとは思ってても、そこまで薄情じゃないにゃ!」
「オイラは本気ガウ! そもそもこの女は最初から胡散臭かったガウ」
お前は本当に、私に何をされたらそんなに私の事を嫌いになれるんだ……?
「ちょっと待って! ひまわりもしかして殺されちゃうのっ!?」
「そんなことはさせないガウ! そうだっ! あっちの女だったらどうガウ?」
「……え?」
急に指を指された何とか教会のお姉さんが、驚いて黄色の使い魔の方を見る。
「おいおい、やめろよ……。モモちゃん漏らしちゃうだろ?」
「も、漏らして無いわよ! ちょっと、ちょっと多めに、ちびっちゃっただけ!!」
「……えっ?」
「え?」
言わなきゃ全然分からないのに、何で言ったし。
「ギャハハハハハハ!! 本当に人間は面白いな!!」
「ぎゃはははは! お漏らしお漏らしぃい!!」
「……オマエにだけは言われたくないと思うガウ?」
本当にもう、みんなこんな中でよく笑うなぁ……。
「何とか、猫猫さんだけで許していただけませんか?」
そう言ってローレルは、私の方に歩み寄って来る。
「だから何でそうなるっ!」
そもそも、何で黄色じゃなく私なんだよ!
「サンだけじゃ、魔力が全然足りないにゃ」
そんな現実的な理由が……って、やっぱコイツ、私の思考を読んで!?
「ひまわり負けてないもんっ!!」
「貴様、そこで張り合うのは完全に墓穴だがいいのか?」
「サンは……魔力と言うより、色々と他に足りないものがあるガウ」
「その言い方はちょっと酷いんじゃないかにゃ? まあ、足りないのは事実にゃけど」
「はぁあ!? 何それ悪口!? ひまわりの悪口言ってる!?」
この期に及んで、またコントやってるよコイツ等……。
「まあまあ、テルミンさん。ここは世界のためだと思って」
「ボクに障らないでほしいにゃ!」
触れようとしたローレルの手を、テルミンがペシっとはたく。
結構ちゃんと拒絶していて、私は少し驚いた。
「おいっ! 勝手に動くな”初代勇者”!!」
初代勇者?
またファンタジーワードが出て来たと思った瞬間だった。
ゴッ!!
「っ!?」
急に視界に白い影が伸び、横をすごい勢いで何かが通り過ぎた。
バァアンッ!!
それがローレルだと気づくのに、少しだけ時間がかかった。
慌てて振り向くと、ローレルが私のすぐ真後ろで、壁にめり込まんばかりに貼り付けの様になっていた。
「ちょっ!」
「貴様らも、我に逆らうとこうなると思えよ?」
急に牙をむいて来た魔王に、その場の全員が口を閉じる。
ローレルはというと、相当強い力で押さえつけられているのか、何か口をパクパクさせているが声が出せないようだった。
……てか。
「……てか、初代勇者って何?」
その私の発言に、急に全員の目がこちらに集まる。
「え……何?」
何か私、マズい事言っちゃいました?
「オマエ、なかなか肝が据わってるガウ」
「ただ空気が読めないだけにゃ」
はぁ?
「私、そんな変な事言ったか?」
「今の場面で気になったのがそれなのアヤメちゃん?」
いや、気になるだろそれは……。
ってか、お兄ちゃん以外の男の人が馴れ馴れしく名前で呼ばないで欲しいな。
「初代勇者? 何をやったんですかあなたは?」
ほらっ!
お兄ちゃんだって気になってるじゃん!
「兄弟そろって、気になるのはそこかにゃ?」
「ふむ。兄弟か……。そういえばお兄ちゃんとか何とか喚いていたな」
魔王の目線が、私から兄に移る。
「兄弟の片方だけを残すのは、それはそれで残酷だろう。よかろう、その二人の兄弟の命で、勘弁してやろうでは無いか」
えっ!?
「待て! それなら僕だけにしてくれ!」
「だめだよお兄ちゃん!!」
私たち兄弟の言葉を聞いて、魔王はニヤリとほくそ笑む。
そして、ゆっくりとこちら側に歩き始めた。
「貴様がねぇ?」
じっとりとした目線を兄に向ける。
兄は少したじろぐような仕草を見せるが、そのままの姿勢を崩さない。
「…………ふぅん?」
そして兄の目の前まで歩いて来た魔王は、その顔に不敵な笑みを浮かべたまま兄の顔を覗くように見上げる。
「やはりな」
?
……!?
魔王はそっと、兄の腿の内側に手を振れる。
そして、そのてをゆっくりと這い上がらせていく。
「…………」
「………あはっ!」
そこに触れた時、魔王は今まで出した事の無い笑い声をあげた。
私は、怒りのボルテージを、ぐーんと上げた。




