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まちびとこぞりて③

 眼前に現れたブッチャーさんは、物凄い剣幕だった。


 それは、そのまま握ったローレルの首をへし折ってしまっても違和感がないほどだ。


「邪魔をしないでいただけますか?」


 そしてローレルの返した言葉も、いつものふざけた口調では無くかなり冷たいものだった。


「ああもうっ! 何だ何だ……今度は何が入って来たのだ……?」


 魔王は半ば呆れながらも、少し警戒の籠った様子で言った。


「危ないところだったな彩芽」


 そして、私はブッチャーさんになぜだか本名を呼ばれている事に気づく。


「えっと、何で私の名前を知ってるんですか?」


「それは、これがあなたのお兄さんだからですよ」


 ……は?


「それは、どういう意味で……」


 何で兄の話がこんな所で出る?


 そう言った瞬間、パッと視界が白くなる。


「うっ!?」


 それは、魔法少女が返信するときの光のようにも思えた。


「おいっ!!」


 魔王の咎める声が聞こえたと思うと、すっと視界が戻る。


「変身を解いただけだ」


 私の眼前に、信じられない物が飛び込んで来た。


「お……お兄ちゃん??」


「すまない彩芽」


 ただそう言って謝罪する兄。


 今度こそ、全く思考が追い付かない。


「それはいいんですが、とりあえず手を放して下さいませんか?」


 首根っこを掴まれて、よくそんな冷静な口調でしゃべれるものだ。


 しかし、兄はその手を放す気はない様子で、明らかに人知を超える力でローレルを吊り上げている。


「説明してもらおうか、神様?」


 そう言う兄の口調も、私の知る優しい兄の物では無かった。


 それを聞いた私は、かなりソワソワして、嫌な気持ちになる。


「説明? 何であなたに説明することがあるんですか?」


「今、”彩芽にやろうとした”事をだ」


「魔王様にお帰り頂くために少し魔力を拝借していただけですが?」


「違うだろ」


「違いませんが?」


 私の知る二人の会話とは思えず、頭がおかしくなりそうだ。


 ……てか、もしかしてローレルとキスしてる所、お兄ちゃんに見られてた?


「あなた、彩芽を魔族と一緒に異世界に送ろうとしてましたよね?」


 ……え?


「はぁ?」


 え?


「あなた達、何か誤解をしているようですね?」


 そう言うローレルの声色は、半ばこちらを馬鹿にしているように聞こえた。


「誤解? 何が誤解ですか?」


「ふっ。どうせ私が、どさくさに紛れて、アヤメさんを転生させようとしたと言いたいんでしょう?」


「その通りだ」


 え、マジで?


「一応伺いますが、私が何だかご存じですよね?」


「久遠をつかさどる神」


 神なのは知っていたが、久遠だというのは初出し情報である。


 だがそれだけだと、それがどうしたと言う話だ。


「おい、そでだと話が違ってるくのだが?」


 魔王も魔王で、今の発言でローレルに不信感を抱いた様子だ。


「大丈夫です。この方が勝手に勘違いしているだけです。あなた一人を送るくらい、私にしてみれば朝飯前ですので」


「朝飯前にしては、彩芽や彼女の魔力に頼るのですね?」


 彼女と言うのは多分、黄色の事だろう。


「それとこれとは別の話です」


「そりゃそうですよね。ただ彩芽から力を借りるより、魔力の塊として利用する方が効率がいいですし」


「今のを見ていてそう思うのであれば、あなたの目は節穴どころか虫に食われて腐っているのでしょうね。そもそも、一体どこでそんな間違った知識を得たのですか?」


「おい貴様等。本当に大丈夫なのだろうな?」


「はい、もちろんです」


「悪いがそうはならない」


 パキーン!


「うっ!」


 耳の中で何かが弾けるような感覚があった。


「え? 何ココ?」


「ちょっ! どういうことっすか課長!」


 声の方に目を向けると、そこにはまた、見知った顔が追加されていた。


「お久しぶりですねアヤメさん。 ……はい」


「天満さん?」


「おっす!」


 と、なんちゃら協会のお兄さんとお姉さん。


「やはり、計ったな猿共!!」


 そう憤る魔王の周りには、四角い光の檻のような物が配置されていた。


「ああもう……」


 そして、呆れ気味に目をつむるローレル。


「魔族をこのまま、返す訳にはいかない」


「”太田”さん、ダメじゃないですか。こちらに入り込んだ魔族は、何があろうとも”処理”するルールですよ。……はい」


 太田とは、ローレルの現世での別名だったはずだ。


「えっ! 魔族!?」


 しかし、お姉さんはどうやら知らなかったようで、魔族と聞いた瞬間、魔王から反射的に距離を取る。


「魔族ってマジっすか……ってクッサ!!」


 そして、それはお兄さんも同様だった。


 同時に、この部屋に起きている黄色事変にも気づく。


「魔人が出たと聞いてまさかとは思ったが、本当に魔族が紛れ込んでいるとはな」


「一体、どうやって入り込んだんでしょうねぇ」


「こちらだって、来たくて来たわけでは無いわ!」


 魔王を見下ろしている天満さんを、その魔王が睨みつける。


「サンちゃんは大丈夫なんですか? ……なんかえらいことになってるけど」


「それは心配ないガウ」


 ようやく思考がはっきりして来た。


 しかしそれは、この状況を受け入れられるかとは別物だ。


「何で、お兄ちゃんが?」


「ゴメン。後でちゃんと説明するから」


 その説明を、果たして私の頭が受け入れる事が出来るだろうか。


 何だか、今までで一番知りたくない事のような気がする。


「おい貴様等。我にこんな事をしてタダで帰れると思っているのか?」


「黙れ魔族」


 兄の強い言葉に、私は不安を覚える。


「解放した方が良いと思いますよ?」


「……ああ、ようやく正体を現したか」


 ここに来て初めて、兄の険しい顔が和らぐ。


「いや、そこに関しては神さまの言う通りにゃ」


「? ……何を言っている?」


 そして、今度は困惑した表情になる。


「魔王を開放した方がいいって事だガウ」


「何故だ? こうやって捉えていないと……待て、今何て言った?」


「やっぱり気づいていなかったんですね」


 ローレルが冷たい目で、兄を見下ろす。


「魔王を開放しなさい。さもないと、どうなるかわかりませんよ?」


「……魔王?」


 あ。


 そう言う事か。


「今、魔王とおっしゃいましたか? ……はい」


「え、嘘……」


「マ? だったら、やっべぇじゃん?」


 ようやく事態を察した様で、他の三人も魔王から遠ざかるようにあとずさる。


「……マジか」


 兄も、信じられないと言う目で魔王の方を見る。


「分かったら早く手を放しで頂けます?」


「何で早く言わなかったんだ?」


「分かったうえでやってるんだと思っていましたが、まさかここまで愚かだったとは」


 兄はゆっくりと、ローレルを地面に降ろす。


 ローレルは掴まれていた首元を少し気にして、それから魔王の方に顔を向ける。


「失礼しました。少し手違いがあったようですが、今度こそ元の世界にお送りします」


 ようするに、どうやら兄の側は魔族が入り込んでいる事には気づいていたが、それが魔王だとは思っていなかったということだろう。


 どこからこの空間での出来事を見ていたのか、そもそも見ていたのかすら分からないが、私の憶測ではローレルの事を最初から敵だと決めつけてかかっていたように見えた。


「待つにゃ。まだ猫猫を異世界送りにしようとしてた嫌疑までは晴れていないにゃ」


「そうだ。その点の説明をまだ受けて——」


「今更、それを説明しないといけませんか? 今の私は転生者システムの見直しを計る立場にいるのですよ?」


「しかし、あなたは転生者の処遇に関する全権限を有していますよね?」


「はぁ……。もう本当にイライラしますねえ! だったとして、あなた達はどうする気なんですか? まさかこのまま、魔王と戦うおつもりですか?」


「そんな事は言ってない。だが、魔王と言えども魔族。魔族をそのまま異世界に返す訳にはいかないでしょう?」


「素人は黙っててください! 魔王がこの世界に存在していることがどれだけ緊急を要する事態なのか、全く分かっていないようですね!」


「…………」


 ついに、兄は黙ってしまう、。


「すみませんね本当に。では、猫猫さん。もう一度失礼しま……あ」


 私を見た瞬間、ローレルが一瞬戸惑ったような表情をする。


「……すみません。少し調子に乗りました」


「あ、いや……その……」


 それは、私が泣いていたからだろう。


 てか、調子に乗っていたのはどういう事だ?


「でも、キスが一番効率よく魔力のやり取りが出来るんですよ! それは本当です!」


 ああ、別にキスじゃなくても魔力を吸い出せるのに、調子に乗ってちゅーしてしまったと言う意味か。


 その辺を理解できる程度には、私の頭は回っているようだ。


「いや、私が泣いてるのはそう言う事では……」


 私が泣いているのは、兄の情けない姿を見てしまったからである。


 兄だって人間なのだから間違う事があるのは分かる。


 だが、昔から完璧だった兄が、あろうことか少女の姿をしている者に言い負かされたのが予想外にショックだったのだ。


 だからと言ってそれを口に出せるはずが無く、何と言っていいか、言うべき言葉が出てこない。


「ちょっと時間はかかりますが、他の方法でやりますね。魔王様、もう少しだけお時間を——」


「もう……もう遅いわ!!」


 ドッ!!


「うわっ!?」


 パリーン!!


 また、耳の奥で何かが弾けたような音が聞こえた。

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