まちびとこぞりて②
暗い空間い不自然に咲く一凛の白い花(笑)
「ローレルっ!」
ローレルはこちらの呼びかけにふり向く事無く、ただ後ろ手に私に手を振った。
「来るのが遅いにゃ!」
「何をしてたガウこの疫病神!!」
仮にも神様に対して、使い魔達は酷い言い草である。
「やはり……貴様が絡んでいたかっ!」
やはりと言うには、どうも魔王は彼女の事を知っているようで、尻もちをついた魔王は忌々しい物を見る表情で彼女を見上げる。
「申し訳ありません。一刻も早く駆け付けられるよう努めたのですが、これが精一杯でした」
またどうせ、こちらの様子をしばらくどこかから見ていたんだろう?
「貴様っ……本物か?」
「さあ、どうでしょう?」
「偽物だろうがその姿を取っている以上、言い訳は出来ないぞ!」
「はい、言い訳をするつもりはございません」
「げぼろろろろぉぉ」
魔王の関心は完全にローレルにあるようで、黄色が第二波を放とうが気がそれる事は無かった。
しかし、魔王が本物かと問うなら、ローレルの偽物も存在するということだろうか?
「今、ローレルとか呼ばれていたが、それがこの世界での貴様の呼び名であるか?」
「ええ、とりあえずは」
彼女は私に背を向けているので表情は伺えないが、おそらくいつもの満面の笑みで魔王を見下している事だろう。
「……まあいい」
いいのか……。
「しかし貴様が出て来たと言う事は、決まりでいいのだな?」
「? それはどういう事ですか?」
「とぼけるなっ! 我等の世界に忌々しき転生者共を送り込んで、世界をメチャクチャにした元凶が何を言うか!」
!?
「おいローレル! やっぱりお前が——」
「あー、その事でしたら今は担当者が別でして」
「た、担当者が別だと!? 貴様、よもや忘れたとは言わせんぞ!」
「ですから、それを説明しに、私はここにはせ参じたのですよ」
「はぁ?」
その魔王の反応と、今の私の心境は全く同じである。
ほんと、何言ってるんだこの女は?
「説明? 我に貴様が、何を説明することがあるの言うのだ?」
「そうですね、では説明する前に」
そう言って、ローレルは大股で一歩、後ろに下がる。
——そして。
「この度は、担当者が申し訳ありませんでした」
そして、彼女は深々と頭を下げて、謝罪の言葉を述べた。
「……はぁぁ?」
「ご存じの通り、あなたの住んでいた世界では、こちらが送り込んだ人間勢力によって、魔族と人間のパワーバランスが大きく崩れております」
私は全くご存じではないのだが、その言葉は魔王に対する物のようで、ローレルはそのまま謝罪の言葉を続ける。
「これは全て担当者の独断が招いた結果であり、こちらとしても意図しない物でした。そしてこの度、それが発覚したことを受けて彼女の上長である私が、こうして謝罪に赴いたので——」
「だから! 担当者とは何だ担当者とは! お前が担当者じゃないのか!」
「申し上げたとおり、私は担当者の上司です」
魔王は沢山頭の上に???を浮かべた後、ため息をついてスッと立ち上がる。
「とりあえずそれは置いて置いて、我が関心があるのは、どう落とし前を付けるかだけである。一体、貴様は責任をどのように取るつもりなのだ?」
その言葉を聞いて、ローレルは少し頭を傾ける。
おそらく、満面の笑みを浮かべているに違いない。
「はい。ではまず、あなたが元の世界に安全に帰れるように取り計らいます」
「ほう。……で?」
魔王は相槌を打って、その先を急かす。
「まだ協議中の段階なのですが、今後おおきな”バランス調整”を入ると代表の私がお約束します。その点はご安心ください」
「…………で?」
「以上です」
「以上!?」
魔王は目をひん剥いて、ローレルに食って掛かる。
「調整だと? 今更どう調整するというのだ? 貴様はあとどのくらい時間が残されておるか知らんわけでは無いだろう?」
「その点に関しても、私が直接そちらの代表とお話ししたいと思っております」
「……代表? まさか”大魔王”様の事を言っておるのか?」
「大魔王様……」
「大魔王ww」
不覚にも、黄色と同時に同じワードに反応してしまう。
「そうです」
「大魔王って緑色のアレじゃんww」
「大魔王様と貴様が話したところで、それがどうなるというのだ」
「ねえ! 大魔王ってどんなの? 大魔王ってやっぱり口から——」
「オマエはちょっと黙っとくガウ!」
本当に空気が読めない黄色だが、私も大魔王とかいう面白ワードには大いに興味がある。
……てか、もう笑ってんのなんなのコイツ?
「おい、それでどうする積りだと聞いているのだが?」
「ですから、これからその内容を精査して――」
「何故言えぬのだ! 貴様は我の事を舐めているのか? 我は灰燼の王、シューであるぞ? 貴様のような愚者が、我等と対等に話せるとでも思っているのか? ハッ! 勘違いも甚だしいな!」
「そうではなく、決まっていない事なので、まだ話す段階にはないと言う事です」
「まず我が、貴様らにどのような案があるのか聞いてやるから申してみよ」
「聞いてしまったら、あなたを元の世界に戻せなくなりますよ?」
「……え?」
何で?
「あなたを侮っているわけでは無いですが、あの世界はすでに何度か、人間と魔族のやり取りでこじれているでしょう? だったらもっと上の立場で話し合おうと言う提案なのです。ここまで言えば皆まで言わずとも分かっていただけますよね?」
ようするに、この魔王が持ち帰った話を勝手に広めて、後で言った言ってない問題になると困ると言う話だと思われる。
そして、気になる魔王の方は、とても難しそうな顔をしている。
「…………確かに。一理ある」
「一理アル〇ンww」
ついに、黄色の使い魔がベシッと黄色の頭を叩く。
「あぁああああ!! 殴ったぁあああああ!!!! 暴力反対ぃいいいいいいい!!!!」
「まあ、先ほど申し上げたように、まだはっきりと方針が決まっているわけではありませんが、最終的に双方が納得する形で終わらせるよう取り計らう事はだけは、この場でお約束いたします」
「そんな事を言って、そう簡単に進むとは思えんのだが?」
「まあまあ、ここで長々と話しても仕方ない事ですし、それにこの場所には、あなたも長居はしたくないでしょう?」
「こんな場所……」
魔王の目が、ジトっと黄色の方に向く。
私もいつの間にか慣れてしまっていたが、黄色がもたらした災厄は確実にこの空間に充満している。
「一理ある」
「また言ったww」
「おい。まさか我を早く追い返す為に、この餓鬼にこのような事をさせたのではあるまいな?」
「まさか! それに、私が申し上げたのはそちらの事ではなく、あなたも長い間この空間に留まっていると、色々不都合があるのではと」
「……たしかに」
「一理あるって言えやww」
「頼むから黙って置いてくれガウ……」
使い魔は、せっかく話がまとまりそうなのに、黄色の発言が魔王の癇に障らないかヒヤヒヤしているらしい。
魔王にネタが伝わっていなくて、本当に良かったと思う。
「まあいいだろう。我もいたずらにこの世界を荒らすのは不本意である。誠に不本意ではあるが、ここは貴様の提案にのって置こうでは無いか」
その言葉を聞いて、ローレルはまた顔を傾けるしぐさをして、すぐに数歩、後ろに下がる。
魔王もそれを見て、ニヤリと笑いながら、ずり下がってポロリしそうになっていた胸元の布を直した。
「では、さっそく帰りの手配をいたしましょう」
「いや待て、その前に我の安全を保障してもらおうか?」
「ご心配なさらずとも大丈夫です。既にあの世界とこの世界は繋がっているので、大掛かりな儀式は必要ありません」
「いや、それもあるが、あの餓鬼は何かの病を患っているのではないか?」
それは勿論、下痢と吐瀉物をまき散らした黄色の事である。
「ああ、その事なら大丈夫ですよ」
そう言って、黄色に近づいて行くローレル。
「……え」
そして顔を近づけられ、困惑する黄色。
「……ちゅっ」
!?!?!?!?
「……は?」
その行為に、思いっきり顔をしかめる黄色。
「貴様……よ、よくそんなことができるな……」
「うふふ……すっぱい」
「おえぇぇっ!」
思わず、私はえづいてしまう。
「うわっ! 貴様も吐くんじゃないだろうな!?」
「ちょっと食べ過ぎて調子が悪くなっただけですよね?」
「もう少し、やり方という物があるガウ」
まさか、今ので黄色の体調を測ったと言う事で良いのだろうか?
それは……それはっ。
「お前、本当にそれ気持ち悪いぞ?」
「同感にゃ」
「二度とするなガウ」
初めてこの場の全員の意見が一致した瞬間だった。
「てか、何でそんなに病原菌を気にするんです?」
「そんなもの、何の解析もせずにこの世界に放り込まれたのであるから当たり前であろう!」
「ようするに、この世界の病原菌による耐性がないんだにゃ」
ああなるほど、そう言う事か。
魔王がこんな空間に閉じこもっているのは、そう言う事情もあるのかもしれない。
てか、魔王も風邪とかひくってことか?
「まあ、人間程度がかかる病原菌など、我等にはどうということはないのだがな!」
それにしては行動が矛盾しているのではないかと問いたいが、魔王もはっきりと弱点だと言いたく無いのだろう。
「で、話はまとまったと言う事でいいんですよね?」
私としては解せない部分しかないのだが、それは後でローレルを問い詰めるとして、とりあえずこの空間から脱出したいのは同意だ。
「はい、その通りです」
「待て、我はまだ納得したわけでは無いぞ!?」
「まあまあ、いいじゃないですか」
そう言いながらローレルは、なぜだかこっちを振り返る。
「?」
そうして、なぜだかこちらに歩み寄って来た。
「……え、何?」
「サンさんのだけでは足りないので、猫猫さんのももらいますね?」
一体、何を言ってるんだこの——。
「ぶちゅっ!」
!?!?
それは物凄い早業だった。
「じゅるるるるっ!」
ローレルの顔が急に近付いたと思ったら、突然。
「うぐっ」
「ぶちゅちゅぶちゅっ!」
突然の事に、私は成すすべなく放心してしまう。
「……何をやっているんだ貴様等は」
「猫猫っ! 離れるにゃ!」
それは分かってる。
分かってるのだが、なんかすごい……すごくて、頭が回らない。
なんか、とろーんとして来た……。
……てか、コイツさっきゲロまみれの黄色と――。
「彩芽から離れろっ!!」
!?
不意に、口に感じる生暖かい感触が消える。
「……え?」
目を開けると、そこにはローレルの首根っこを掴む筋骨隆々の人物がいた。
「……ブッチャー……さん?」
ようやく、現実に引き戻された。




