不足で面倒 4
千香良が厨房に入ると、父はシンクで鍋を磨いていた。
父は普段から道具の手入れに五月蠅い。
職種は違うが千香良も薫染を受けている。
「パパ、仕込みは終わった?」
千香良は父の背中に声を掛けると俯いた。
化粧した顔を父に見られるのが照れ臭い。
「……あぁ、今日はそんなに忙しくなかったからな」
振り向いた父は一瞬、目を見張ったが感想までは口にはしない。
そしてコックコートのボタンを外して、帰り支度。
千香良を連れて家に帰った。
そして、自宅に戻ると父はシヤワーを浴びてから自室に。
仮眠をするのだろう。
千香良も首から下だけシヤワーを浴びる。
どうしても、化粧を落とすのが勿体ない。
そしてリビングのソファに寝転ぶ、いつものパターン。
帰宅して直ぐにクーラー点けておいので、リビングは快適に冷えている。
自宅に帰る途次、父が成り行きを話してくれた。
千香良は天井を見上げながら、少しずつ、父の話を思いだす。
無口な父としては詳細な話しだったと思う。
パートが言っていた通り、乙葵はPM2時前に裏口から入店して、皆に土産を渡していたみたいだ。
相葉家にはパートと同じ物+ワインを3本。
父個人にはベジマイトなる瓶詰めを……
ベジマイトの正体は発酵食品と表示されていたが、父にも不明。
オーストラリア在住の日本人で食べる人は少ないと、乙葵は笑っていたらしい。
この時点で、客は0人。
早めに客が引いた時にはオーダーストップ時間、PM2時に電気も落とす。
そして、兄は乙葵から事前にラインを貰っていたらしく、乙葵が皆に土産を渡し終わると2人でソファに座って話し出したそうだ。
(だから、お兄ちゃん、わざわざラインで龍兄のこと聞いてきたのか……)
言って良いこと悪いこと……
冗談で済むこと済まないこと……
対処の仕方だって代わってくる。
(そして、乙葵さんが厨房まで来て、お父さんにも聞いてきたんだ……『三上整形外科』に龍乙の父親を名乗る男が来たけど、心当たりはないですか……って)
千香良の釈然としないときの癖。
唇を尖らかす。
乙葵は『赤煉瓦』の客による質の悪い冗談だと思っていたようだ。
しかし、父は店の常連さんに限って……と乙葵の考えを否定したらしい。
確かに乙葵の考えも無きにしも非。
『でも……一見さんからも口説かれていたから……でも、子持ちだって断わっていたと思うぞ。最近はストーカーとか怖いからね』
父が後から言っていた。
心配はしていたようだ。
そして、母からの電話。
後は千香良も聞いていた。
スマホ越しに『龍太』の名前を聞いたと途端に震えだしたらしい。
(だけど……真君のお父さんも乙葵さんに何て説明したんだろ……)
「それよりも、龍兄だよ」
千香良は腹筋だけで、いともたやすく起き上がると、ソファに座り直す。
寝転がっていては乙葵に失礼だ。
すると、リビングの扉が開き、父が入ってきた。
しかも、隣に腰掛けるなんて……
千香良は身構えてしまう。
「千香良……お父さんは龍太さんの心情も、乙葵さんのお父さんの心情も分る気がする。龍太さんにしたら居ても立ってもいられない心持ちだと思うぞ。行動に移すにも相手の気持ちが分らないでは、筋を通すことも出来ない。顔を腫らして整形外科に用事が出来て、運命の掲示だと思ったんじゃないか。乙葵さんのお父さんはDNAのサンプルを採ったらしい。確かな判断が下るまで会わせないだろう。龍太さんは覚悟を決めているんだから千香良は心配しなくていい」
父は千香良の憂いに気が付いていたようだ。
わざわざ、様子を見に来てくれた。
そして、龍太に同情している。
千香良は乙葵に会うよりも先に親と会うのは可笑しいと思っていた。
しかも診療の序で……
けれども、父の説明で腑に落ちた。
元より結構な大事件だ。
一朝一夕で解決しない。
それなのに、三上はオーストラリアでバカンスを満喫。
けれども、不足で面倒な千香良よりは、賢い判断に思えた。




