不足で面倒 2
最寄りに駅から車で5分。
『赤煉瓦』は気候次第で歩ける距離だが、夏場は到底無理だろう。
それに、今日は自宅からのお出かけ。
どちらにしても、駅に車が駐めてある。
車は父と兼用で買った母の新車。
三つ目が付いていて安全性が頗る高い。
両親も年齢的に不安要素が多々。
思い切って買い替えたそうだ。
そしてBGMは大御所女性シンガーソングライターのベストアルバム。
母曰く、名曲揃いらしい……
けれども、振られ女の濃密な恋慕の歌ばかり。
千香良は聞いているだけで、胸焼けしそうだ。
「お兄ちゃんに龍兄が『三上整形外科』に行ったか、って聞かれたけど、私が龍兄から聞いたのは骨を見て貰うって、医者に行ったことだけなんだ……」
千香良は運転席に母に逡巡を打明ける。
「骨?」
「親方に殴られたみたいで、顔が腫れていたの……目の周りは眼帯をしていて見えなかったけど、頬骨の所が赤紫で見るからに酷そうだった」
「へぇ~」
「村岡さんでも手を挙げるのね……子供の件を打明けたのかしら……」
「だと思う。だって他の考えられないもん」
「それで、お兄ちゃんには?」
「【多分】、って送ったら【了解】って、それだけ……」
「お兄ちゃんは全く……千香良、ママのスマホはペアリングしてあるから、お兄ちゃんに電話して、ママが聞いてみるわ」
母は最先端技術の活用に得意げだ。
千香良は言われたとおりにアイコンをタップして電話を掛ける。
同時にスピーカーもオンになる。
「母さん、よかった。俺と父さんじゃあ無理。乙葵が……ほら……『三上整形外科』に行ったのが店の常連じゃないかって……」
そしてスピーカーから兄の声。
意外にも要領を得ない。
「そう、それで乙葵さんは怒っているの?」
それでも母は、理解出来るらしい。
母親常に偉大だ。
「否、笑っているから余計に困るんだ……何人かの名前を言っては聞いてくるんだ」
「龍太さんの名前は出していないわよね」
「勿論。乙葵が知らないんだ、乙葵のご両親が伏せているのに、言えないよ」
「ママでしょう……代わってよ……」
「もう、来るから……待てよ」
向こうで、スマホを取り合っているようだ。
小さいが乙葵の声が聞き取れた。
「分かった、今、店に着いたから……詳しいことは店で話を聞くわ」
母が通話を止めて溜息をつく。
後は車を駐めるだけ。
バックモニターを見ながらハンドルを切り返す母には余裕がないようだ。
「龍太さんはやっぱり『三上整形外科』に行ったみたいね」
それでも千香良に話し掛けてくる。
「だね……どうして内緒にしているのかな……乙葵さんは店の誰かだと思っているみたいだけど……」
「龍太さんって……ママ、どうして……その名前を知っているんですか!」
するとスピーカーから乙葵の声が被された。
どうやらスマホを兄から奪ったようだ
けれども、明らかに動揺している。
千香良と母は顔を見あわせて、絶句。
冷や汗が吹き出る思いだ。
通話は生きていようだ。
やはり、母では最先端技術は使いこなせなかった……




