謙虚で現実的 4
テレビの変身企画が大好き母は、折角だからと言って、靴を見に行ってしまった。
千香良は1人、俎板の鯉。
半個室に案内されて、前髪をヘアークリップで留められている。
「先ずは、メイクを落とすね」
梓は母が去ると接客モードを解いて、敬語を止めてきた。
千香良も、その方が楽だ。
「千香ちゃん、先週の日曜日に幼稚園の先生みたいな女と、焼き肉やの女将に会ったでしょう」
そして千香良の顔を浸したコットンで拭きながら、世間話をし始める。
千香良は一瞬、何の話か分からない。
「幼稚園の先生は私の友達で、焼き肉屋の娘は幼馴染み。2人とも、龍太と一緒にいた美女にドブついていたけど……千香ちゃんだよね」
顔を弄られている千香良は答えようにも口を開くタイミングが計れない。
「これが化粧水ね。顔の中心から、徐々に外側へ浸透させて顔全体になじませてね。ここではコットンに含ませているけど、ハンドプレスの方がいいから……」
「思い出しました。2人とも私よりも綺麗でしたよ」
正直、千香良は顔までは覚えていない。
けれども、自分以外を褒めるのは女同士の礼儀とされている。
「確かに、2人とも化粧は上手いわ。プロ、顔負け……乳液も同じ塗り方だけど、口元や目の周りは、重ねづけして。じゃ、メイクしていくね」
梓は口も手もよく動く。
そして、テキパキと千香良の顔を代えていく。
「でもね、龍太もさ、私が何人、刺客を送っても相手にしないんだよね。高校時代の彼女が未だに好きって……そう、そう、千香ちゃんの彼氏にお姉さんだって…子供までいたなんて、全く龍太も洒落にもならないよね~でも、今度『赤煉瓦』』に行くから、見るのが楽しみ」
梓はアレもコレもと忙しい。
千香良は高城が語った梓の性分をぼんやりと思いだしていた。
『ゴシップ収拾に長けていて、噂話が大好き』
確かに噂話が好きみたいだ。
話が尽きない。
半個室ならでは、なのだろう。
けれども、千香良は梓の話を余所に、鏡に映る自分の顔から目が離せない。
ベースメイクを終えて、眉を書き足しただけで、見る、見ると顔が垢抜けていく。
そして、梓は一旦手を止めると、アイシャドーパレットを千香良に見せていた。
「秋の新色だけど、どれにする?」
ショコラカプチーノ、グランベリー、トワイライト……
どれも、秋を思わせる落ち着いた色味で好きな色ばかり。
千香良は決められない。
「お任せします」
「じゃあ、グランベリーで可愛いく、色っぽい感じでいくか……チークもリップもお任せでいいのね」
「はい、お願いします」
そして、千香良はアイメイクに取り掛かると必然的に目を瞑る。
「でも、龍太が一途に拘るのって、お兄ちゃんの影響なんだよね」
視覚がないせいで梓の話が鮮明に聞こえてくる。
「お兄ちゃんが、俺は15歳で運命の少女に出会った……なんて口癖みたいに言っていたから、絶対に龍太も感化されたのよ」
「15歳で、少女って……御免なさい、チョッとストップ……」
声真似で語られた高城の発想が笑壺に填まったようだ。
千香良は笑いが堪えられない。
「笑えるでしょう。お兄ちゃんにしてみれば女の子からのアプローチを断るネタなのにね。龍太は初心だったわ」
「え~ネタなんて残念……あの、高城さんが純愛っていうのが面白いのに……」
高城に話題に心が弾む。
千香良は無意識だろうが側で見ていれば歴然だ。
「千香ちゃん睫上げるから目、瞑って」
目を瞑っていてもビューラーで睫が上がる感触が伝わってくる。
けれども、梓が悪戯な顔をしているのは分からない。
(でも、最近、お兄ちゃんは、その運命の少女に再会したんだよね……)
梓は声には出さなかった……




