謙虚で現実的 3
千香良の予想に反して、木、金と仕事に徹して終わった。
考えてみれば『三上整形外科』は龍太の生活圏外だ。
行ったと思ったのは考えすぎだったのだろう。
そして、久しぶりに予定のない休日。
千香良はデパートに来ている。
お洒落もしてきた。
杢グレーのクロップドTに白のハイウエストスラックス。
そして、足元は華奢な白のサンダル。
気張りすぎると返ってダサいのでシンプルに決めた。
そして、1人で来るには敷居が高いので母と一緒だ。
母も珍しくお洒落をしている。
バルーンスリーブの黒いニットに同じく黒のロングフレアー。
靴も黒のバレーシューズと黒ずくめだが似合っている。
目的は梓の務めるメーカーの化粧品。
千香良は今まで、肌のトラブルを抱えたことがなく、基礎化粧品を揃えていない。
けれども、現場の仕事はホコリに塗れることも多く、最近になって肌が荒れてきた。
ドラッグストアで十分だとも思ったが、肌に付ける物は、やはり知っている人からアドバイスを貰いたい。
「もう、すっかり秋ね」
久しぶりにデパートに来た母はキョロキョロとお上りさん丸出しだ。
千香良は少し恥ずかしい。
そして、エスカレーターで2階へ。
左手に赤を基調とした広いスペースが見える。
「あそこだね。梓さん、私って分かるかな……土、日は休まないって高城さんが言っていたから、居る筈なんだ」
千香良は足を進めながら、少し不安だ。
梓とは1度会っただけだ。
「別に分からなかったら、言えばいいじゃない。ほら……」
母が千香良の腕を引く。
「いらっしゃいませ」
すると、テスターの陳列棚付近から声が掛けられる。
シンプルなグレーのワンピースにウエストの赤いリボン。
美容部員の制服は梓に違いない。
「梓さん、私……分かります?」
「千香良さんでしょう。今日はお母様とお買い物?」
「こんにちは、相葉です。娘が村岡さんにお世話になっています。今日はこの子が化粧品を揃えるって言っているので、選んでやって下さい」
母は年頃の女性を見ると直ぐにお近づきになりたがる。
それでも母に付いてきて貰って正解だった。
千香良1人だったら、洗練された雰囲気に回れ右して帰っていただろう。
そして、椅子を薦められて母と共に、カウンセリング。
肌の状態を専用機器で測定してくれた。
「凄く綺麗な肌……毛穴もない。でも、職業的に日焼け対策とシミ対策が必要かな……」
梓は小声で何やら呟きながら、千香良のデータをパソコンに打ち込んでいる。
母は興味津々で覗き込んでいるが、千香良は緊張してそれどころではない。
毎日、現場で埃と汗に塗れた肌は凄くダメージを受けている。
(修復不可能でシミだらけになったらどうしょう……)
「肌は今の所は問題無いです。けど、何もしなければシミになるかな」
梓は千香良に微笑みかけると、シンプルな容器を3本カウンターに並べた。
「お話を聞かせて頂くと、千香良さんは刺激に弱いみたいですね。肌が薄い方には多いです。基礎化粧品はノンケミカルの敏感肌用をお勧めします。洗顔と化粧水と乳液。今の所は朝、晩、これだけでいいと思います。それと、仕事中は、このBBクリームを塗って下さい。透明感のある肌に仕上がり、紫外線とホコリから肌を守ります」
千香良も母も梓の巧みな接客に頷くだけだ。
先程のフレンドリーな雰囲気を残したままで、尚且つ千香良達を敬っている。
「それで、おいくらになるかしら?」
それでも、先ずは価格を知りたい。
流石に母だ。
梓が綺麗な笑みを見せて電卓で数字を示す。
思っていたより安価だ。
母も納得しているようで頷いている。
千香良は一揃えの購入を決めた。
「今日はこれから他にもお買い物ですか?」
そして、梓は後輩らしき美容部員に会計を任せると、母に尋ねた。
同伴者にも話し掛けるのは接客のセオリーのようだ。
「えぇ、久しぶりに来たから、見て廻ろうかと……」
「もう、秋物も出ていますから、ゆっくりお買い物して下さい。後……ここだけの話、化粧落としはドラッグストアの安いのでも構わないと思いますよ」
少し砕けた口調で裏アドバイスもしてくれる。
梓は所謂プロなのだ。
「それと……もし、お時間がありましたら、AM11からのメイキャップレクチャーがキャンセルになったので千香良さん、どうですか?」
それどころか、思いがけない提案をしてくれた。




