謙虚で現実的
龍太の左眼に眼帯が……
そして、左頬骨辺りが紫色に腫れている。
千香良は『プラスター工房ムラオカ』の土場で朝から震えた。
見るからに痛そうだ。
「悪い、千香良。流石に片目で運転は怖いから、Kバスの運転を頼んでいいか……」
良いも悪いも千香良だって龍太の運転では怖い。
鍵も昨日から預かっている。
千香良は軽く頷くと迷うことなく運転席に乗り込んだ。
そして、前のめりでハンドルにしがみつくと発進。
Kバスの運転はまだ慣れない。
龍太の顔が気になって気が散ってしまいそうで緊張する。
すると龍太が吹き出して、笑う。
「笑わせるな……痛っ……そんなポジションじゃあ、近すぎる。危ないだろう」
いつもと変わりなく運転には口うるさい。
確かに、可笑しなポジションになっている。
千香良はもう一度、肩の力を抜いて加速した。
『龍太は親父さんに呼ばれて……』
千香良は昨日、確かに高城から聞いた。
現場に着くまでは運転に集中することだけを考えていた。
けれども駐車場に着いたら、浮かぶ雑念は、もう止めどない。
龍太の後ろを歩きながらグル、グルと勝手に頭が働き始める。
事の経緯は何となく千香良にも想像がつく。
多分、この手の話は先に母親に打明ける。
そして、母親から父親。
怒髪天。
それにしても、あの親方が手を挙げるなんて……
考えられない。
しかし仮に兄が龍太と同じ事態を引き起こしていたら……
父親はタコ殴りしかねない。
現場に向かう朝はラジオをかけている。
龍太は最少に笑っただけで、後は腕を組んでラジオに耳を傾けていた。
パーソナリティがアシスタントを相手にたわいのない話をしていたけれど……
何を思って聞いていたのだろう。
「昨日はどこまで終わっている?」
「1階、2階と工程道理に終わっています。高城さんが手伝ってくれました」
千香良は慌てて仕事モードに切り替える。
「そうか……じゃ、タイルは届いているか?」
「はい、それなら昨日の夕方に納入されています。建材屋さんが1階に置いていきました」
「それなら、先ずは梱包を解いて……」
千香良は通常運転に戻った気がした。
ただ、一つ……
龍太の顔を覗いて……
そして千香良は初めてのタイル貼りに悪戦苦闘。
龍太と同じように真っ直ぐ張っているのに垢抜けない。
それでも合格点は貰えたようで、やり直しはされなかった。
「後は目地を込んで……終わりだな」
何事もなく時間が過ぎていく。
千香良は龍太になにも聞かない。
龍太も敢えて話さないでいる。
それでも、流石に龍太の顔は現場事務所で話題になった。
『親父と喧嘩した』
龍太は本当のことを言っていた。
千香良は知った人がいない現場で良かった、と思う。
誰もが挨拶程度に聞くだけで深くは聞いてこない。
比較的、平和な1日だった。
そして、帰り際にスマホを確認。
漸く三上からの返信が届いていた。




