複雑で難儀 2
ピンクのヘルメットは千香良のトレードマークとなっている。
けれども、ヘルメットの中は汗で湿っぽい。
千香良は心底、シュートヘアーで良かったと思う。
そして、直ぐさま小休憩の時間。
「行くぞ」
鏝を置いた龍太が、千香良に声を掛けた。
けれども、遅刻してきた手前、千香良は少し心苦しい。
しゃがんだ姿勢で顔を上げると、龍太を申し訳なさそうに見た。
「いいから、行くぞ」
千香良は立ち上がると、大きな背中を小走りで追い掛ける。
やはり龍太が好きだ。
込み上げる涙に唇を強く噛む。
しかし、千香良は現場の喧噪に思い直す。
龍太は、この先も千香良の兄弟子。
絆は代わらない。
そして現場事務所に着くと千香良は自動販売機に直行。
センチメンタルな気持ちを見透かされそうで、今は、龍太の側から離れたい。
「千香良」
すると、椅子に座った龍也が小銭入れ投げて寄越した。
高く放り投げすぎて、距離が足りない。
千香良は放物線を描く小銭入れを前傾姿勢でキャッチ。
「龍太、金は投げるな」
千香良は自動販売機の前で聞き覚えのある声に振り向いた。
やはり亜紀だ。
「亜紀さん、会いたかったです……」
千香良は久しぶりに会う亜紀に気持ちを向ける。
「お盆に実家に帰ったらトウモロコシを沢山もらったから、お裾分けに立ち寄った。トウモロコシって直ぐに食べないと干せるだろ」
すると龍太のスマホから着信音が響く。
仕事中は引っ切り無しだ。
「悪い、亜紀さん。千香良とアイスティーでも飲んで」
龍太はスマホを耳に当てながら、現場事務所を出て行った。
「相変わらず忙しい男だね」
亜紀は椅子に座ると、頬杖を付いて龍太の出て行ってドアを眺めている。
「龍兄じゃないと駄目な監督が多いから……」
「それも、相変わらずか……」
そして千香良に向き直ると、ペットボトルのキャツプを明けるとゴクゴクと喉を鳴らす。
相当、喉が渇いていたようだ。
「弟に聞いたよ」
「え?」
千香良のペットボトルのキャツプを捻る手が止まる。
「例の……龍太の……」
思いだした千香良は大きく頷く。
けれども、今となっては千香良の方がよく知っている。
「弟が言うには、龍太はその娘と再会出来たら結婚するんだって……馬鹿か彼奴は……相手は年齢を偽っていたんだよ。龍太は酷い目食らったんだ……どんだけ、惚れていたんだ。ねぇ、若者の千香ちゃんは、どう思う?」
亜紀は納得いかないようで、千香良に意見を聞いてきた。
「家庭の事情が複雑と言うか……問題と言うか……」
千香良は返答に困って三上家の事情を話してしまう。
「そうね~複雑な家庭の子供か……親に反発したい年頃だよね。なるほどな~少し前まで高校生だった千香ちゃんには理解出来るか。それに、相手が龍太だ、もんな……」
何をどう読み取ったのか亜紀は納得していた。
「相手が龍兄だと、何が違うんですか?」
「何でって……女だったら誰だって、龍太と寝てみたいでしょう……」
千香良は亜紀の言葉に赤くなる。
心を見透かされたようで恥ずかしくてしょうがない。
「悪い、悪い、千香ちゃんには早いか」
亜紀はそう言いながらも小首を傾げる。
「でも……相手は15歳だったよね……」
亜紀は腕組みをして考え出した。
「純愛って可能性は……?」
千香良は希望的観測を口にする。
亜紀は何も答えずに席を立つと千香良にウインクを寄越した。
千香良は、初めて会った日から、亜紀に興味深々だった。
ガテン系の女を地で行っている。
けれども……
未だに主体不明のお姉さんの儘だった。
「トウモロコシ、凄く美味しいから、早く食べて」
千香良にはさっぱり分からない……




