呆然で寂々 4
昨日に続き、豪勢な昼食を頂いた千香良は今晩も素麺にしてもらった。
ショウガにミョウガ、ネギに紫蘇。
爽やかな風味に食も進む。
しかし、物足りない。
すると以心伝心。
母が冷蔵庫から桃を出す。
「三上さんの家から送られてきたの。食べる?」
「へ~凄い……食べる、食べる。や、やっぱり、お医者さん家は違うね」
三上の名前に、声が上擦る。
母に話すのが得策なのに、言えないのは何故だろう。
「それで、乙葵さんのお休みはいつまでなの?」
さり気なく聞いてみる。
不自然な問い掛でもないのに、隠し事をしている千香良は後ろめたい。
桃を剥く母が後ろ向きでよかったと思う。
「今月末までよ、お盆を過ぎると暇になるから返って有り難いわ」
千香良は三上に聞くまで乙葵の子供の存在を知らなかった。
相葉家で龍乙が話題に出たのは写真が送られて来たときが初めて。
センセーショナルと捉えていないのだろうか……
否、だからこそ騒がない。
大人だからこそ出来る判断だ。
「でも、乙葵さんも16歳で未婚の母なんて、勇気あるね」
「そうね。でも……16歳だからこそ、何じゃないかしら。好きな人の子供を授かったら、後先なんか考えないで生めたのよ。でも、千香良は結婚してからにして欲しいわ。未婚の母なんて勘弁してね」
振り向いた母の顔は慈愛に満ちている。
確かに授かった命は無下に出来ない。
けれども千香良は乙葵が恨めしい。
1人で育てると決めて、相談もせずに産んだのは本当に凄いと思う。
けれども、今となって、龍太は悩みを抱える羽目になっている。
「当たり前だよ」
「はい、召し上がれ」
本当に立派な桃だ。
つるりと剥かれた桃は幼児の頬を思わせる。
「子供には罪はない、もんな……」
千香良は頬杖を付いて急に物憂げだ。
けれども桃はペロリと平らげる。
早く帰れたお陰で、風呂にもゆっくり浸かった。
入浴剤の清々しい竹林の香りが、まだ少し、肌から香る。
後は寝るだけだ。
高城と龍太は今頃、飲んでいる。
三級左官技能試験の勉強も、今日は手に付かないだろう。
千香良はリビングのソファーに寝転ぶと、テレビを付ける。
そしてザッピング。
最近はお目当ての番組もない。
千香良はグルメ情報番組で手を止めると、ぼんやりと天井を見上げていた。
龍乙の存在を知った時から、千香良は膨れ続ける風船を抱いている。
空気は混合気体。
窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素……
千香良も気持ちも同じだ。
様々な感情が混合している。
好奇心、懸念、羨望、苛立ち、そして嫉妬。
(乙葵さんは龍兄とはセックスをしたんだ……)
脳裏に裸体で抱き合う男女の姿が浮かぶ。
そして、絡み合う……
千香良は生唾を飲み込むんだ。
映像は龍太の逞しい胸板に抱かれる自分……
すると、下着が湿り気を帯びる。
明らかに、欲情していた。
千香良はあらぬ現象に飛び起きると、慌てて階段を上がった。
そして、部屋には入るとベッドの鎮座。
下着に中に潜り込みたがる右手を理性で押さえ込む。
罪悪感で死にそうだ。
高城の濃厚なキスを思いだしても生理現象。
性欲だなんて考えなかった。
必死で否定し続けた、潜在意識が浮上してくる。
もう、無理だ。
千香良の風船の割れる音を聞く。
押えていた欲望が溢れ出して、
(龍兄が好き……)
千香良は座ったままで枕に顔を埋めて嗚咽する。
頭の中はグチャグチャだ。
5分、10分、15分。
一旦は落ち着いても、また直ぐに涙が溢れ出す。
すると「チコン」
若者の性なのか。
千香良は泣いている最中でもスマホには手を伸ばす。
三上からのラインだ。
無視をするにも、時刻はPM9時前。
まだ、早い。
【長距離バスで一人旅。ワーキングホリデーの人と意気投合、スキー場に来ています】
添付された写真は確かにスキー場。
オーストラリアを実感させる。
千香良は長距離バスに至るまでの三上を推測してみる。
折角のオーストラリア。
いくら実姉の乙葵が一緒でも、初対面の人の家に居候して、子供のお守り。
それに乙葵とも幼少期から8年も離れて暮らしている。
三上の行動力なら当然と思われる。
結局は千香良に泣き止む切掛けをくれたのは、三上からのライン。
意味はあるのだろうか?
けれども、考えるのは止めた。
千香良は何もかもリセットしたい。
そして言い知れぬ背徳感。
『龍兄がお父さんかも……』
黙っていては駄目だと思う。
それでも、メッセージを入力してから暫しの逡巡。
100パーセント確定を待つべきだろうか……
(真君はどう思うだろう……)
でも、もう疲れた。
そして千香良は紙飛行機のアイコンをタップした。
(終わった……)
呆然で寂々とした気持ちだった。




