呆然で寂々 2
龍太は行き場のない感情を必死で押さえ込んでいるのだろう。
ピリ、ピリと気を張り詰めている。
「タイル下地だ、行くぞ」
強い口調だ。
高城は、龍太のぶっきらぼうな態度に肩を竦めた。
千香良は思わず高城の背後に身を隠す。
龍太の険しい顔を見て、事の重大さを思い知る。
すると、龍太は高城越しに千香良を一瞥。
無言で踵を返した。
千香良は、その威圧に怖ず、怖ずと前に出る。
「平常心でいられないのは理解する。でも、千香ちゃんに当たるな」
それでも高城は泰然自若。
龍太の背中に諭す言葉を投げる。
千香良は戦々恐々。
龍太の機嫌が更に悪くなったら困る。
しかし、心配には及ばなかった。
強ばっていた龍太の肩が少し下がった。
冷静さを取り戻したのだろう。
歩調が遅くなる。
高城は千香良の腕を引いて、龍太に駆け寄って行く。
「1時間だけ手伝ってやるから、早く終われ。飲みに付き合っやる」
龍太は自分を窘めるように頭を振ると振り向いた。
顔を歪めて自嘲的に笑っている。
「悪かったな……」
そして千香良に頭を下げた。
千香良は龍太の心情を推し量ると返って、いたたまれない。
「龍兄……」
「気にするな……」
千香良のか細い声に龍太が頭にポンと掌を置く。
いつもの龍太だ。
「俺が千香ちゃんの立場だったら、笑い話にでもして言い触らすけどな……」
「黙れ」
さっきまでとは打って変わって和気洋々と軽口を叩き合う。
大人の思考回路は千香良には理解不能。
高城と龍太は仲が良いのか悪いのか千香良は判断に迷う。
けれども、千香良と兄も似たような感じだ。
身内の情は他人の物差しではでは測れない。
そして3階トイレ。
龍太も早く終わらせる算段だったようだ。
墨出しも、材料の準備も終わらせていた。
千香良は道具箱から鏝と、鏝板を出す。
「千香ちゃん鏝と鏝板を貸してくれるかな」
すると、高城から思いがけない、お願い。
千香良は小首を傾げる。
「千香良は手元だ」
龍太にも指示を出される。
千香良は益々困惑してしまう。
壁を塗るのは久しぶりで、楽しみにしていたのに……
納得出来ない。
「俺は鰻のタレではシャツを汚したけど、モルタルでは汚さないから……見とけ」
高城はやる気満々、意気揚々としている。
千香良は渋々、道具を高城に渡して手元に付いた。
(うそ!えっ?早い……一発仕上げ?)
千香良は目を白黒させている。
龍太は馬に乗って天井を塗り出すと、高城もアルミの作業台に乗った。
そして、龍太に背を向け壁を塗りだした。
展開に付いていけない。
質問をしたいが高城も龍太も塗るのが早すぎる。
手元を間に合わすので精一杯だ。
そして、きっかり1時間。
高城が鏝を置いた。
「隣、コンビニがあったな。Tシャツ、買って着替えて行くか……」
確かに現場を後にする高城に背中はシャツが汗で張り付いている。
けれども、宣言道理に汚していなかった……
千香良は釈然としない。
唇を尖らせている。
「何で?って顔だな」
龍太は千香良の反応に愉快そうだ。
「ほら、木鏝……まだ、終わってないぞ」
千香良は渡された木鏝を握る。
タイル下地の仕上げには木ゴテを使う。
ざらざらとした表面に仕上がり、タイルが圧着し易い。
けれども、謎は深まるばかり。
次から次と、怒濤の1日だ。
高城はタイルを貼らない上部の壁を塗っていた。
見事過ぎる。
陶磁器みたいに綺麗だ。
千香良は手を止めては眺めてしまう。
「あの人は、門前の小僧だから……気にするな」
「門前の小僧?何それ?」
お馬鹿な千香良は言葉を知らない。
龍太は呵々と笑う。
けれども、千香良にだって想像できる。
龍太の心の内は今でも、嵐。
晴れてはいない……




