呆然で寂々
鰻重を食べ終わった千香良は、掌を合わせた。
「ご馳走様でした」
高城を千香良に習って手を合せている。
そして千香良は冷たい麦茶で喉を潤すと、テーブルに置いてあったスマホを確認。
「既読になっている」
腹がくちくなると気持ちは寛ぐ。
すっかり胸のつかえも取れている。
千香良はもう、高城を問い質すつもりはない。
「だろうね。龍太は仕事中のラインは絶対、確認するから」
千香良も、それは知っている。
現場では何が起こるか分からない。
連絡が付かない、では職務怠慢。
龍太のプライドが許さないのだろう。
「でも、返信は来ていないよ」
いつものことだ。
しかし、取り合えず告げる。
「……様子を見に行くか」
高城が伝票を片手に立ち上がると、千香良も続いて席を立つ。
すると、高城のシャツにタレの染み。
高級そうな綿ローンが台無しだ。
「高城さん、鰻のタレが付いてる」
高城は顎を引いて見ようとするが、無理がある。
「チョッと待ってて……」
千香良は咄嗟に洗手洗いに走り、ハンカチを濡らして戻る。
そして、高城にシャツを摘まんでシミをハンカチに移し取った。
後はティッシュで水分を取れば、応急処置は完了。
「これで、大丈夫。もう、世話が掛かるな~」
千香良に得意顔が高城には微笑ましい。
「サンキュー」
高城はポン、ポンと軽く頭に触れながら礼を言うと、千香良の腰に一瞬だけ手を添える。
千香良は、ナチュラルなエスコートに、はにかみながら玄関に進んだ。
それにしても、冷房の効いた店内から一歩外に出ると、焼失しそうなほど暑い。
「暑いな……今日はトイレのタイル下地だろ、建物の中は一層蒸しそうだね……」
並んで歩く高城が現場の話を口にする。
「タイル……上手に貼れるかな……」
「初めからは無理だね……」
何気ない会話……
そして駐車場に着くと、車の後ろで示し合わせたように左右に分かれる。
千香良は当たり前のように助手席に乗り込んだ。
運転中の高城は言葉数が少なくなる。
BGMも流れていない。
感じるのは高城の体温と呼吸。
窓の外も目に入らない。
千香良は心地良い安心感に包まれていた。
時間が緩やかに感じられる。
けれども、それも束の間。
現場に到着。
ヘルメット姿の職人達が千香良を現実に戻す。
龍太にどの様な態度で接するべきか……
千香良は不安だ。
下車した高城は腕時計に視線を落としている。
「現場事務所に寄って水分補給してから、3階のトイレに行こう」
千香良は頷く。
けれども、急に足が竦んで動かない。
龍太の思いや、考えを知るのが恐ろしい。
「大丈夫。龍太は薄情な奴じゃないから……」
高城が千香良の気持ちを察したか、優しく肩を抱き寄せる。
「離れろ、スケコマシ野郎」
振り向くと龍太が仁王立ちをしていた。




