after 34
リリーの陣痛は夜通し続いていた。
助産師と医師のジャックは、何度も顔を付き合わせ、小声で相談を重ねる。
その様子だけで、難産であることは誰の目にも明らかだった。
屋敷中が張り詰めた空気に包まれている。
この時代、出産で命を落とすことは決して珍しくない。
それは貴族だったとしても同様だ。
当然、リリーは覚悟を決めて、この出産に挑んでいる。
まだ陣痛が始まる前、リリーは遺書を書いた。
もし生きて戻れなかった時に備え、産まれてくる子へのことばと、家族や友人への感謝を書き残した。
それをリリーが一番大切にしている詩集に挟んだ。
ダレンであれば、絶対に気付くとわかっていたからだ。
リリーはチラリと傍らのダレンを見やった。
ダレンは険しい表情で、リリーを見つめていた。
いつもなら、そんな顔をしないでと微笑むところだが、今のリリーにその余裕はない。
本来であれば、夫は出産が終わるまで別室で控えているのが通例であったが、ダレンは付き添うと言って譲らなかった。
何もできなくとも近くにいたい、それがダレンの願いだった。
ダレンは何もできない己の無力さを嘆いていたが、リリーはそれでも十分ありがたいと感じていた。
ーーこの果てしない苦しみの中、手を握ってくれているだけで、どれほど救われることか。
感謝を伝えたくとも、痛みでそこまで頭が回らない。
リリーの陣痛はもう二十時間以上も続いていた。
「胎児が産道を下りてきました」
それから、どのくらいの時間が経過したのか、リリーには全くわからなかったけれど、医師のジャックがそう告げた時には、リリーの疲労はピークに達していた。
「さ、産道……?」
「もうすぐ産まれるということです。さあ、いきんで」
言われるがままお腹に力を入れる。
疲れ果てていたが、それでも懸命に力を込める。
「いいですよ、胎児の頭が見えてきました」
「リリー、頑張れ。もう少しだ」
ダレンの手にも力が入っている。
それに勇気付けられ、リリーは最後の力を振り絞るように、いきみ続けた。
「よし、肩まで通りました。最後の踏ん張りです」
寝室にリリーの叫び声が響き渡った。
その瞬間ーー。
「う、産まれました!」
ジャックが言ったのと同時に、産声が上がる。
それを見届けた助産師が、手際良くへその緒を結んで切った。
「子爵、おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
ダレンは感極まったように、子どもを見つめながら「ありがとう」と呟いた。
が、次の瞬間、ダレンの表情は一気に青ざめた。
「リリー?」
先ほどまで握り返してくれていた手から力が抜けている。
ダレンは何度もリリーの名を呼んだ。
が、その瞳が開けられることはない。
ジャックの表情は一変した。
慌てて赤子を助産師に預け、リリーの身体を確認した。
「いけない、大量出血している!」
「ど、どういうことだ。リリーは……」
「今は説明している暇がありません!皆さん、ここから出て行ってください!」
ダレンは最初こそ拒む様子を見せたが、すぐに我に返り、大人しく寝室を後にした。
「旦那様」
呼ばれ、振り向くと、メイドのレイチェルが立っていた。
ダレン同様、酷く青ざめているが、表情は冷静だった。
「私、奥様の元に戻ります。何か、ジャック様のお手伝いができるかもしれませんので。お子様のことも任せてください。旦那様の代わりに、しっかり付き添います」
「すまない……よろしく頼む」
レイチェルは大きく頷くと、寝室へと入って行った。
それを見届けることしかダレンにはできない。
その、なんと歯痒いことか。
ダレンは祈ることしかできない。
リリーと我が子の無事を。
ジャックと助産師を信じ、ただ待ち続けるしかなかった。




