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外伝、 天つ印

 夜空を横切る光帯ミルキーウェイから、ほのかに輝く蛍のようなものが落ちてきた。夜空の星に擬態する虫は捕まえられて、夏の夜の灯となる。私は手で包み込んで優しい性格の虫を捕まえて、和紙と竹細工で作られた籠に入れた。籠の中から光を出して、和紙を通して辺りを輝かしてくれた。

「朝露に濡れる夏草を欠かさなければ、光を絶やすことは無いよ」

 私は灯を手に、お母さんとお父さんを先導した。

「お母さんがここにいた頃も、こういう夏祭りはあったの?」

 お母さんは手で口元を押さえた。

「もっと野蛮な祭りだったよ」お母さんはお父さんを見て、「ねっ?」

「そうだね」


 私は朝露の夏草を採りに、外を出歩いた。石畳の街並みは美しくて、私の心は夏草を採ると、そちらへ移ってしまった。部屋に戻って虫に草を与えてから、私は一人で外へ出てしまった。お母さんとお父さんはこのゲームの職員の人と話し込んでいた。と言っても、叔母さんではなくて、私の知らない人だ。私は一緒に話し込んでも面白くなかったので、お母さんとお父さんを閉じ込めていた世界を一人で散歩した。


 チリンチリン、扉を開くと鈴の音が鳴った。

 街中にある服飾店には、猫耳の女の人が開店の準備をしていた。

「あら? まだまだ開店はしていないよ」

 トラ猫の女の人はそう言ったけど、私に椅子を貸してくれて、鮮やかな服を並べているところを見せてくれた。

「ここら辺だと見ない子ね」

 と言って、私の顔をジッと見て、少し唸った。

「ちょっと聞いていいかな。お母さんの名前は?」

「うーんとね。美雪」

「違ったか。ごめんね。知り合いに似ていたからさ」

 店の中には服だけではなくて靴もあった。

「それはクワイエットシューズよ。使用人が足音を立てないようにする靴よ」

「へー、可愛い」

 私は履いてみたけど、靴は大きくてサイズは合わなかった。

「既製品として服は作っているけど、子供服は無いのよねぇ」

 人差し指を唇の前に合わせて、トラ猫さんは手を合わせた。

「服を作ってあげようか?」

 トラ猫さんは私の体を計って、紙に数値を書いて、サラサラとデザイン画を描いてくれた。私が来年学校へ入ると言うと、綺麗なドレスを約束してくれた。スカートの部分が膨らむようになっているけど、鯨の髭で形を作るみたいで、歴史系の映画で見るような服装だった。

「でも、お金ないよ」

「良いのよ。あなた、私の恩人に似ているの」

 しばらくするとデザイン画は完成して、私に持たせてくれた。袖にレース三重、背中の上にプリーツなど細かい言葉が書かれていた。

「今日は忙しいけど、明後日は休みだからその時に持って来て」

「うん、ありがとー」

 私がお礼を言っていると、三毛猫の女の人が奥の扉から入ってきた。

「あら、可愛いお客さんだ」

 ナデナデと頭を撫でてくれた。

「……なんかお嬢様に似ているね」

「やっぱりそう思った? でもお母さんの名前はミユキだって」

「ふーん、そう言うこともあるのかな」

 扉の奥から褐色肌の男の人が寝惚け眼で出てきた。

「オーリ君、おはよう」

 トラ猫さんが挨拶をして、三毛猫さんは嬉しそうに嫌味を言った。

「起きるのが遅いわよ。アナタ」

「三毛だって、さっき起きたくせに」

 三毛猫さんはシィーとジェスチャーをした。

「さっきまで一緒の部屋にいたから知っているよ」

 この二人は夫婦なんだ。

 仲良さそうだね。

「……ミレディ様?」

 褐色の男の人も私の顔を見て、誰かと勘違いしたみたいだ。

「違うよ。私の名前は、ユキナだもん」

 私はデザイン画をホクホク顔で見ていると、店の扉が開かれた。


「ユキナ! 探したよ……」

 店の中の空気が静まりかえった。

 この状況の理由を、あとあとお母さんに聞いてみた。

 お母さんは私がいなくなったのを気付いて、フレンド登録している私の位置を辿って来たはいいけど、その場所が街中で自分が開店させた支店なのを忘れていたそうだ。

 お母さんは叔母さんから言われていたみたいだけど、「昔知り合いだった人たちと会っちゃ駄目だよ」と口酸っぱく言われていた。

 お母さんがゲーム内にいた期間は長かったので、ゲーム内でお母さんと知り合いだったNPCの人工知能は飛躍的に成長してしまった。そのため下手に接触してしまうと、ゲーム内の住人がこの世界がゲームの世界だと知ってしまう。

 それはとても危険なことだったので、接触禁止を言われていた。

 なんだけど……。

「お母さん、話は終わったの?」

「あっ、やばい……」

 お母さんは後退りしたけど、素早く近づいてきたトラ猫さんに抱きつかれた。

「お嬢様っ!」

 絶対に離さない……トラ猫さんは腰を落として振りほどかれないようにして、お母さんを店の中に引きずり込もうとした。

「酷いですよ! 何も言わずに失踪するなんて」

「他人の空似でーす!」

「おーい、ユキナはみつかっ……」

 お父さんも来ました。

「あれ、ヴィクターさん」

 三人は気付いてしまったようです。

「二人の子どもですか」

 いやいや、失踪前にそんな気配は無かったよね。などと、三毛猫さん夫婦は耳打ちし合っていたけど、トラ猫さんと力を合わせてお母さんを店の中へ引きずり込もうとした。

「いやー! これには事情が」

 お父さんは頭をかいて、困ったように笑っていた。

「ユキナ! そこで待っていなさいね」

 という言葉を最後に、お母さんとお父さんは店の中へ引きずり込まれてしまった。私は店の外で、石畳を走る馬車を見つめていた。


 突風が私の手から紙を奪い取った。

 私のデザイン画が風に盗まれた。

 私は紙を取ろうと思わず石畳に飛び出してしまった。ゲーム世界なのだから怪我をしても大丈夫だけど、飛び出した途端に馬車が走ってきた。

「あっ」

 何の言葉も出ないまま、轢かれそうになったけど、いつの間にか抱っこされて横っ飛びして助けてくれた。

「危ないなぁ」

 赤髪の男の人が膝をついて、私を降ろしてくれて、風に盗まれたデザイン画を手渡してくれた。

「ありがとうございます」

「馬車には気をつけたほうがいいよ」

 カッコいい赤髪の人は辺りを見渡していた。

「どうしたんですか?」

「追われているんだよ」

 赤髪の人は顔の前に手をかざした、すると体は徐々に透明になり、空に光となって消えてしまった。


 しばらくすると、アルスが石畳を走って来た。

「あっ、アルスだ」

「ユキナ様……どうしてココに?」

 アルスは叔母さんの作ったゲームの管理をしている、元々がゲームの住人なこともあるので、服飾の仕事の片手間にしているようだ。

 私が後ろの店を指差して、「お母さんとお父さんが」というと、溜息をついた。

「ねえねえ、アルス。あの赤髪の人って?」

「アラミス様のことですね。あの方は……私と同じだったんですが、道を外してしまったお人でして……何度か捕まえようとしているんですが」

「悪い人なの?」

「いいえ、今は大丈夫です。ただ……色々なゲームを行き来していて色々なことをしているので。プレイヤーの方のバグ報告でアラミス様の姿を見たというのが多くて、たまにラスボスを倒されたとか苦情が来て困っているんですよ」

 えー、それは嫌だなぁ。

「ゲームマスターの仕事を手伝ってくれたら良いなと思って何度も捕まえようとしているんですがなかなか難しいですね」

 アルスは私が握っているデザイン画を見た。

「これは誰が描いたんですか?」

「トラ猫さんだよ」

「腕をあげたな……」

 アルスが感心して頷いていた。


 お母さんは何とか三毛猫さん夫婦とトラ猫さんを誤魔化したそうだけど、叔母さんからは怒られたそうだ。ただお母さんは今まで会いたくても会えなかったから、その戒めが解かれて本当に嬉しそうだった。

 お母さんがこの世界に来るたびに、私も一緒にこの世界に来た。

 ログイン、ログアウト、その度に私たちは空に光点をつくって、二つの世界を行き来した。

 そうだ。

 行き来したのは、私たちだけでは無かった。

 トラ猫さんが作ったドレスは、アルスが実際に作ってくれて、私は学校の入学式で着ることができた。

 その美しいドレスを着て撮った記念写真は、セピア色になっても机の上で飾られていた。

 色は褪せても、思い出は常に美しい。

 それはどこの世界でも変わらないものだった。

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