見て見ぬ、フリをした。
「予約無しですが、お願い出来ませんか!?この子をどうしても助けたいんです!」
莉乃と同居生活三日目。
または、夏休み二日目の昼。
何かお昼は外で食べようかと切り出した小杉の案に乗り、レストランでランチを食べて小杉の親戚・万丈堅悟の経営するビル「KOUSEN」に戻って来た時。
ビルの入口で警備の男性と言い争う子連れの女性を発見した。
女性は切羽詰った様子で、蒼也と小杉は首を傾げた。
予約制といえば、間違いなくそれは彼らの依頼人の筈だ。
「すみません、ここの会社の関係の者です。何か御用ですか?」
蒼也が訊くと、警備の男性が目に見えて助かったという顔をする。
「後は僕達に任せて下さい、引き続き警備をお願い致します」と言えば、男性は指定された場所まで戻っていく。
「あ、あの・・・・ここの最上階にあるという、『夢工房』でこの子を診て貰いたくて・・・・」
「ご予約は無しと先程言われていましたが、本日は次の予約時間まではかなりあるので予約無しでも大丈夫ですよ」
ああ、ありがとうございますと女性が何度も頭を垂れる。
でも次の瞬間、冷静になって目の前の蒼也の顔を見て驚いた顔をした。
「で、では、もしかしてあなたが夢工房の・・・・・!」
「はい。夢工房の主で、真田と申します」
夢工房まで案内し、向かい合うようにして椅子に座る。
先程から件の女性は、若干訝しがるような視線を蒼也に送っている。
エレベーターの中でもずっと感じていたが、どうしようもなくて蒼也は困った顔をした。
「信じられないでしょう?」
「え」
「僕が夢工房の主というのが。ここに来られた方、皆驚かれます」
「ええ、まあ」
図星過ぎて声が小さくなる。
予約無しでも大丈夫だと安堵したら、次は詐欺ではないのかという不安に襲われる。
そういうものだ。
それは、蒼也にもわかっているし、今までの人もそうだった。
ちょっと納得いかないけれど。
それでも、皆分かっている。
夢が現実化する現象は実際に起こっており、死傷者がたくさん出ていることを。
そしてそれは、決して他人事でないと。
「こちらからの誠意としましては、報酬は後払い、尚且つ額を設定していないことが挙げられます。ただ、勿論、死に至るものはこちらとしてもかなりの負担がかかりますので、その点御考慮願います・・・・・」
「そういうことでしたら・・・・・・」
小杉の意見で決まったことだが、夢工房にはきちんとしたホームページがある。
それを見て来られる人も少なくなく、最初非常に激しく疑って報酬など支払わないと言い放った某会社の社長に無償で「現像」の方を行ったところ、口コミで広まった。
その方の以来は、その日夢で見た他の大会社との取引においてのこと。
相手会社の方が一声掛けて下さったことで取引が好転、両者共に損がなくこちらとしては得にまでなったというもの。
夢である以上、断片的なものであったが。
蒼也は笑顔で現像を行った。
結果がどうなったのかは、その翌日の夜に分かった。
現像は成功し、社長は会社の他の重役と共に夢工房を訪れ、当初支払わないと言っていた報酬を多く支払って帰っていった。
以来、少しずつ依頼が増えていくことになるのだが。
本来は蒼也の体に影響の少ない「現像能力」の方で商売をしていく予定だった。
だが今では。
現象が進み、ますます大変なことになってきていた。
政府には解決策がなく、犠牲者は増える一方になり。
そんな時、ある人物から匿名で工房の方へ電話での問い合わせがあった。
そちらでは、夢を現実化出来ると聞きますが、逆に現実化によって苦しむ人を助ける方法は持っていらっしゃいますか、と、
蒼也は黙り込んだ。
答えは「是」だ。
それは変わらないが、そちらの能力――――「昇華」には、かなり負担がかかる。
この世の中の状況から考えて、恐らく予約が殺到するかもしれない。
悩みに悩んで、ハイと答えたが、要予約で、尚且つ一日一件までとした。
「じゃあ、夢どんなの見たかお兄ちゃんに教えてくれるかな?」
母親の後ろに隠れるようにしているまだ小学生の低学年程度の男の子に、そっと尋ねた。
「えっと、ね、」
語り出す内容は、現実には有り得そうもないもの。
でもそんなものでも現実化することがあるのだ。
現実化する夢には、いくつか条件がある。
想像上の生物やシチュエーション(土地や魔法使用等)は反映されない。
夢を見る人が意識・無意識関係なく悪夢と認識すること。
目覚めた時、何度も連続してパンという破裂音が直接頭に響くような感覚があること。
といった感じだ。
大抵どの夢も有り得ない点が必ずあるから、現実化はその夢の一部分だけを。
ただ“死”及び“負傷”だけを切り取るかのように現実化させる。
それはあまりにも無作為で、理不尽な。
原因不明で、謎の現象。
「そっか・・・・・事故で。テレビで聞いたことあると思うけど、パンっていう音聞こえたりするかな?」
「うん・・・・・ずっと、頭の中で鳴ってる。最初はね、鳴ってから次に鳴るまで時間があったんだよ。でもだんだん、早く鳴り出して・・・・・」
「真田先生、この音の感覚が狭まるのは死期が迫っているという噂を聞いたんです。それは本当ですか?」
深く頷いた蒼也に、女性はまた目に見えて焦り始める。
「お願いです、息子を・・・・息子をお願いします!」
「はい。分かりました。・・・・・・じゃあ、手を出して貰ってもいい?」
「うん」
そっと差し出された手を、蒼也は包み込むように握った。
「同調・・・・・・」
意識を重ねれば、男の子が見た世界を垣間見る。
ありふれた風景。
その中で、今手を握っている男の子に迫る一台の車が見えた。
運転手がいないのは、夢だから。
スピードからして70キロは出ているだろうそれが男の子に届く前に。
目を閉じ、意識を集中させたまま、件の言葉を紡ぐ。
「―――――昇華」
すぐさま、世界は四散する。
収束し、またあの小瓶を形成する。
青い紐が付き、中には何もないように見える。
だがそこには、男の子の悪夢が封じ込まれているのだ。
目を開けば、手に握られた小瓶、そして少しすっきりした男の子の顔が映る。
途端、ずしりと重いものが蒼也に伸し掛った。
「昇華」の代償であるのは、明らかだった。
男の子の夢は死夢だったから、負担はやはりかなりのもの。でも、それを分かっていて力を使ったのだ。
「終わり・・・まし、た・・・・」
額に汗を浮かべ、テーブルに手をつく。
「大丈夫か、蒼也?」
「ああ、悪い」
蒼也の様子に気付いた小杉が慌てて駆け寄り、支える。
「あの・・・・本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。コイツ、終わったらいつもこうなるんですよー」
小松が言えば、蒼也はまあそうなんだけどお前に言われるのは腑に落ちないといった顔をする。
「まあそういうことなんです。・・・・・それより。パンっていう音、無くなったかな?」
「うん。お兄ちゃんが何か言った後音が消えちゃったよ?これで僕大丈夫なの?」
「大丈夫。お兄ちゃんが怖い夢採ったから」
ほらね、この中にあるんだよと小瓶を見せる。
「何も入ってないよー?」
「空気みたいなものなんだよ。この蓋開けたら、多分すぐに・・・・・いや、何でもないよ」
蒼也が何を言いたかったのかは、小松は勿論知っているが、女性も悟って小瓶に手を伸ばそうとする男の子の手を止めさせた。
お金を支払い、女性とその息子は帰っていった。
二人が見えなくなった途端、蒼也はついに膝をついた。
「やっぱり体にきてるな」
「ああ・・・・・本音、ちょっとキツい」
「予約・・・・・大丈夫か?」
「そっちは現像だから何とか。取り敢えず奥で少し休むよ」
「そうしろ。連れてってやる」
蒼也少しずつ、体力の消費が激しくなっていることを感じ始めていた。
このまま使い続けたらどうなるんだろうか。
今は、その疑問に蓋をして。
見て見ぬ、フリをした。




