ねえ、今何してるの?
「・・・・・・・美味しい」
莉乃がほぼ約束通りの時間に蒼也の家へ来て。
もうご飯は食べた?と問うた蒼也にまだと答えた莉乃の為、食事を用意した。
夕食の為に蒼也が作っておいたビーフシチュー、ポテトサラダにご飯。
残り物でゴメンね、と謝りながらテーブルの上に並べられたそれを、莉乃は恐る恐る口に持っていった。
別に、不味そうだなどとは一切思ってはいない。
温め直してあるからビーフシチューからはホクホクと湯気が立ち上がらせ、使う皿のチョイスもいいから見た目も凄くいい。
10歳から祖母に弟子入りして家事に心血を注いだ親孝行な彼が作る料理は、かなりのもの。
毎日作っているのだ、元々比較的器用である蒼也が上達しない訳がない。
「そっか・・・・・・良かったぁ・・・・」
味に自信はあったものの、家族以外では学校の調理実習くらいしか他人に食べて貰う機会などない。
それは当然、緊張する。
家庭科だけは、筆記・実技共に学年トップをキープしているのは祖母のお陰。
流石年の功といった感じの祖母の丁寧な基本的な和食講座から始まり、蒼也は洋食にも貪欲に知識・技術を求めた。
切羽詰った環境下では、自分がせざるを得なかったからなのだが。
好き嫌いをする蒼也に、母・咲良はきちんとバランスよく食べなさいと厳しくしつけた。
肉好きの父に任せておいたら、適当に店で肉中心のものを買ってくるのは幼いながらも容易に想像出来た。
それはキツイと、祖母の家に駆け込んで・・・・・今に至る。
だから別に才能があるという訳ではなくて、ただ努力の結果だ。
「これ・・・・・・蒼お兄ちゃんが?」
「ああ、うん。そうだよ。どうかした?」
「料理、・・・・・上手、なんだね」
「父さんがアレだから仕方なくだよ」
アレ、と言いながら示された先では、相変わらずソファでテレビを見る父親の姿。
莉乃も納得したようで、視線を戻し黙々と食べ続ける。
「あ、そうだ梨乃ちゃん」
「・・・・・・ん?」
「僕ちょっと今から出掛けてくるから、申し訳ないけどあと頼むね!」
お風呂沸いてるから、入って先に寝ちゃっててと言って蒼也は玄関を出ていく。
寝ちゃってて、とまで言うということは相当夜遅く帰ってくるのかもしれない。
背後にある時計を、戸惑いがちに箸を止めて振り返って見る。
「今から・・・・?もう8時来るのに・・・・・?」
「小杉、お前はどうしてそんなにも仕事見付けられるんだよ」
ストラップの付いていないシンプルな黒い携帯電話をパタンと閉じる。
蒼也が向かった先、そこは小杉の親戚が経営しているという小規模な会社のビルの最上階。
先に来ていた小杉は、その一室でヤケにくつろいでいた。
「やあ」
「やあ、じゃないよ。やるのは僕なんだけど。ちょっとは手加減してよ」
「お金貯めたい、って言ったのはお前だろぉ?人助けにもなるし、一石二鳥じゃん」
頑張ろうよオシゴト、と小杉は笑いながら言う。
「まぁそうなんだけど。これ、体力削るんだよ」
「でもいい稼ぎ口じゃん。大体、お金持ってるヤツが来るんだし。親戚に頼んで条件付きで一室借りてあげてるんだから、寧ろ感謝して欲しいね」
そうなんだけどね、と渋い顔をする蒼也を無視して、小杉はスケジュール帳を眺める。
今日は二件だけ、予約が入っていた。
これだったら早めに帰れるかもしれない。
「莉乃ちゃんには、力の事言わないのか?」
「ああ。言わない。この力を持つ僕は奴らにとっては害虫だ。深入りされると巻き込んでしまうこともある。だから、僕はただの従兄弟のお兄ちゃんでいないといけないんだ」
こんな時間に抜け出すこと自体不自然だ。
そうは思っても、蒼也には考えがあった。
その為にはどうしても働かなければならなかったのだ。
でもその仕事とは、ただのバイトではなく。
そんなことを考えていた蒼也の肩を小杉がトンと叩く。
すぐにドアを開ける音が聞こえて、カランカランという音が来客を知らせる。
「ほら、お客様来たぞ。今日も頼むな」
「ハイハイ、分かりましたよ小杉サン」
「おっまえ、ヤケに不機嫌だな。やっぱ家が気になる?」
「そんなんじゃないけど。ちょっと疲れただけだ。誰かさんが僕を酷使するんで」
「ん?そりゃ誰の事なんだろうな?ひっどいヤツもいるもんだ」
お前の事だよ、と半ば呆れながら睨み付けると、小杉は肩を竦めてみせた。
「すみません、ここの方ですか?予約をしていた三島ですが」
「あ、はい!存じております。では、こちらにどうぞ」
その部屋に小杉を残し、三島と名乗った女性を連れ、蒼也は奥の部屋へ入っていった。
「蒼お兄ちゃん、どこに行ったんだろ・・・・・・」
食事を終え食器を洗ってから、和人の寝転がっているソファとセットらしい小さめのソファに座って膝を抱える。
蒼也とは昔会っているから安心出来るが、どうも和人とは今日会ったばかりで何となく怖い。
だからまだ警戒心は薄れないでいた。
昔会っているからといって、蒼也も大分変わったように莉乃には思えて少し距離を感じる。
そもそも、真田家に行きたいと言い出したのは莉乃だった。
他に宛がないというのも事実だったが、母・佳奈は真田家のことを考えてもいなかったのだ。
その発言が決定打になった訳で。
まだ来て間もないけれど、家や和人や蒼也の雰囲気からここにして良かったとは思った。
でも6年の間、蒼也については空白の状態。
こんな時間に長時間出掛けるようなチャラチャラした人になってしまったのだろうか。
ただ友達と集まって遊んでいるとか?
そんな風には見えなかったが・・・・・・人は見かけによらないとも言うし。
「心配か?」
テレビに集中していた筈の人物の声に、莉乃は小さく驚いた。
「・・・・・・・・・はい。伯父様は、何をしてるのか知って・・・・・?」
うーん、とチャンネルを操作しながらの答えが返る。
「バイトだとか言ってたけどなあ。詳しくは知らないな」
「そう、ですか・・・・・」
「でもな、悪いことはしてないのは絶対だ。父親の俺よりよっぽどしっかりしてるよ、アイツは」
「・・・・・・・・。」
莉乃は、そっとカーテンを捲り、今か今かと窓の向こうに従兄の姿を探した。
ねえ・・・・・今、何してるの?




