さあ、同居しましょうか
いつから、だっけ・・・・・・。
僕が夢を見なくなったのは。
「は?何ソレお前、美味しいシチュエーションじゃん」
煌林学園高等部1年A組。
その教室の廊下側の一番後ろの席で、机に突っ伏して何やら暗いものを周囲に漂わせている少年がいた。
少年の名は真田蒼也、そして彼の親友で(自称。蒼也は一切認めていない)彼をここぞとばかりにからかって遊んでいるのは小杉大樹である。
「小杉、うるさい。なーにが美味しいシチュエーションだよ。下心見え見えなんだよオマエ」
「男たるもの、下心無くてどうする・・・・ってェ!」
前の授業で使ったまま机の上に置いていた数学の教科書を、蒼也は小杉の顔面に叩き付けた。
「不純極まりない」
「ゴメンって、冗談だって!小杉さんはですね、ただ身長と同じ感じに育ってない蒼也の男らしさをだな」
蒼也は小杉を見上げた。
今蒼也は席に座っていて、小杉は立っているから当然小杉の方が高い。
だが立ったところで、蒼也は小杉には敵わない。
その差、12cm。
身長が162cmの蒼也は、小学校のように背の順で並んだら恐らく一番前になるくらい小さい。
周りは成長期でぐいぐい伸びているというのに、だ。
隣のクラスにも同じくらいの奴がいたが、ここ二ヶ月で急に伸びたとか聞いた。
コンプレックスではあるけれど、もう慣れっこだし、相手にするのも面倒だが。だがしかしだ。
「ちっさいのを、小杉に言われるのだけはムカつく」
「あっはは。で?その子―――従妹ちゃんだっけか。どんな子?」
「ま、従妹ったって血は繋がってないんだよ。それに、母さんが死ぬ前に4,5回遊んだ程度だし。もうあんまり覚えてないよ」
「蒼也の母さん亡くなった頃ってーと、10歳の頃か。こないだ6年前がどーとか言ってたもんな」
「・・・・・・・何でそんなことには記憶力働くんだよ。それ勉強で活かせって。先生が教えることに対して自信喪失してたぞ。だから数学も英語も基礎コースなんだよ」
この学校では、習熟度別がかなり取り入れられている。
数学も英語も基礎コース、標準コース、発展コースの三つがある。
基本的にこの学校に入学出来るくらいの学力があれば標準コースで大丈夫だ。
だが、小杉はスポーツ推薦で入学した為に正直学力が残念な感じで、基礎コースを選択している。
打って変わって蒼也はというと、成績はメイン科目においてでは特に波も無く、だいたいいつも上の下辺り。
選択は、一応発展コースだ。
まあ体育においてもそんな感じだから、優等生とまではいかずとも教員からしたら真面目で扱いやすい生徒と言える。
「まーな。でもスポーツは誰にも負けないぜ!・・・・・ってそうじゃなくてさ。何かさっきから話変えようとしてないか?」
「この話題は即座に切り上げたい。それにもうすぐ次の授業なんだから席に戻れ」
「嫌だね。オレは気になるんだよ。名前くらい教えてくれてもいいだろ?」
「ったく・・・・・莉乃。久世莉乃だよ」
蒼也の従妹・莉乃が真田家へやってきたのは電話があった10日後。
ちょうど一学期最後の日の夕方のことだった。
電話があって以来、少しずつ空き部屋を彼女の為に掃除したりだとか、何か足りないものに気付けば買い足したりしてきたが、それでもあくまで男である自分からは分からないこだわりとかセンスだとかあるんじゃないのかと二度三度見直す。
その部屋は半分物置と化していたとはいえ普通の部屋だが、蒼也や彼の父親である和人の部屋と違って元々鍵付きだ。
理由は定かではないが、とにかく女の子ひとり泊めるにはちょうど良かった。
「ま、こんな感じかな。何かあれば言って貰えばこっちが用意するし。来てからで何とかなるか・・・・・」
「蒼、何だかヤケに張り切ってるな。何だかんだ言って意外と楽しみに待ってる、と」
「何を言ってるんだよ、父さん!父さんが何もしないでぐーたらしてるから僕がやってるんでしょ」
一般企業でサラリーマンとして働く蒼也の父・和人は、本当に情けないほど家では怠惰の限りを尽くしている。
本人曰く会社では真面目らしいが、どうにも息子の立場としては信じられないでいる。
へえ、そうなんだ。寝言は寝て言え。そう冷たく切り返すのが常だ。
10歳で母親を亡くした蒼也は、まず家庭の悪状況に突き当たった。
和人は、そんな状況になっても相変わらず家ではだらけ切っており、その様子から「自分が何とかしなければ」と思わざるを得なかった。
それから蒼也が家事を取り仕切るようになったのだが。
それなりに上達もするから、やりがいもあるし楽しさも感じるが、ソファでお笑い番組を見ながらラフな格好で腹をボリボリ掻いているオッサンにも手伝って貰いたい。ええ、もう是非。
「それより、その無精髭どうにかなんないの?汚らしい。あと服も」
「汚らしいって、酷いな。ちゃんと姿を見せる時には着替えて髭剃りますって。もう来る時間だけどな・・・・・・・ってか、何イライラしてるんだ?もしかして本当に引き受けたの嫌だったか、蒼?」
「いや、別にそういう訳じゃ・・・・・ただ突然だし、ぐーたらなオッサンと同年代の従兄と住むのって莉乃ちゃんとしてはいいのかなって」
まあ、母方で誰か頼める人って言ったら殆ど誰もいないんじゃないかとは思う。
蒼也の母・咲良と莉乃の母であり蒼也にとって叔母となる佳奈の両親は既に若くして亡くなっている。
母の実家・清原家は実に短命な家系で、先代達もそうだったようだ。
加えて莉乃の父方の方は3年前何かあったらしく、以後羅刹の家と化し、未だ完全に交流が途絶しているという。
で、預け先に選ばれたのがウチかって感じだ。
「お前聞いてなかったのか」と、和人は驚き彼にしては至極真面目に言う。
何を、そう訊こうとした時だった。
チャイムが鳴り、件の人物が来たことを知らせる。
蒼也はほら行くよ、と促して階段を下りてすぐのところにある玄関へ足を向けた。
「いらっしゃい。久しぶりだね、莉乃ちゃん」
玄関のドアを開ければ、ちょっと勢いが良かったのか、ドアの向こうに立っていた人物がびくりと肩を震わせるのが見えた。
その人は少し警戒するかのような目線で蒼也を見詰める。
蒼也と同じ―――と言ったら失礼だけれど、かなり小柄な少女。
恐らく、150cmも身長は無い筈だ。
髪は若干ウェーブの入ったかなりのロングヘアで、赤いリボンでポニーテールにしている。
年齢は蒼也の二つ下、といってもその容姿から小学生にも見えなくもない。
記憶の中の彼女とあまり変わらないその姿に、蒼也は少し安堵した。
確かに昔は髪はセミロングくらいだったし、その頃に比べたら当然背も伸びているけれど。
何となく、纏う雰囲気が変わらない。
怯えて震えるリスやコマネズミみたいな。
「僕を、覚えてるかな?」
もじもじして莉乃が答え倦ねていると、蒼也の後ろからひょいと和人が顔を覗かせる。
髭は消え、心なしか髪も整っていて、服も着替えてきたようだ。
そんな和人を見て驚いた莉乃はビクついて、反射的に蒼也の袖を掴んで駆け寄る。
「父さん!怖がらせちゃダメだよ」
目の前にある頭にぽん、と手を乗せれば、落ち着いたようだった。
昔から莉乃ちゃんはこう。
まあ、4,5回しか会ってない蒼也が言い切るのはどうかなという感じだが、生い立ちが生い立ちだけあってかなり人に警戒するのだ、この子は。
人間不信とまではいかないが、怖がる。
特に大人に対しては、その傾向は顕著で、カタカタと震えることもあったようだ。
それもこれも、彼女が5歳の頃まで母親から放置という虐待を受けた経験があるからで。
その母親は、蒼也の叔母の佳奈ではない。
つまり、だ。
莉乃は佳奈の旦那・瑛介の連れ子ということだ。
だから戸籍上一応主人公とは従兄妹ということにはなるが、血は一切繋がっていない。
不意に、蒼也は自分の服の袖を掴まれる力が強まったことに気が付いた。
「?どうしたの?まだ怖い?」
「ち、・・・・・がう。あの、ね・・・・・・私ね、蒼お兄ちゃんのこと、ちゃんと覚えてる・・・・よ」
声は震えていたが、どこか嬉しそうなものが混じっていて。
口元が自然に緩んだ。
「とにかく入ろっか」と、莉乃の傍らに置いてある多きな荷物を片手に持ち、もう一方の手で莉乃の手を引く。
「・・・・・・・うん」
・・・・・さあ。同居、始めましょうか?




