6,鉱山に恋の花咲くこともある
当分領地の話が続きます。
この地に領主——ヴィヴィアーナ・デ・テュスクルーム女子爵——が戻って二カ月。
前当主夫妻の急逝の騒動が、漸く落ち着きを見せた。
——表面上は、だが。
しかし、その表面上の落ち着きも、たった二カ月で終わりを告げた。
「……もう少しバレないと思ってたんだけど。侯爵家の密偵?それとも、あの第二夫人の情報網?どちらが優秀なのかしらね」
ここ数日、見慣れない男たちが鉱山の町に入ったと、今日報告を受けた。
「お嬢は、その男たちの事。あの侯爵家が送ってきたと思ってんすか?」
「……まあ、そうね。侯爵家か商家の方かは、まだわからないけど」
……漸く落ち着いてきたから両親の事故についての調査を再開できると思っていたのに。
「マルコ、貴方そろそろ見回り交代の時間でしょ。ついでに総隊長を呼んできて」
執務机の端に置いてある時計を見ると、そろそろ見回り交代の時間だった。
「了解っす」
マルコが執務室から退出した後、私は執事長に声をかけた。
「カットゥーロ、ヨルンを王都に送れる?」
「第二夫人のご実家、グラッソ商会へでしょうか?」
「ええ…………難しい?」
「グラッソ商会は、奉公人を商業ギルドを通さずに雇用しているようです」
……柔和な笑顔で言われてもね。難しいんだか、そうでもないのか、さっぱりわからないわ。
貴族令嬢としてはお行儀が悪いが、私は机に両肘を置き頬杖をついた。
「貴方のことだから当てはあるんでしょう?」
カットゥーロは、母方の祖父の従者だったと聞いた。
母の輿入れに付き従い、我が家の先代執事長に手ほどきを受けた。
そして、今や我が家の執事長である。
「グラッソ商会は、帝国への足掛かりを探しております」
「あの商会、帝国に進出しようとしているのね」
「さようでございます。ですので、奥様のご実家の助力を得てヨルンを紹介する形ですと上手くいくかと」
カットゥーロは、今まで一度として私の言葉に「できない」と答えたことはない。
いつも、柔和な笑顔と声で道筋を示してくれるのだ。
「では早速、お祖母様にお手紙を書くわ」
「かしこまりました」
カットゥーロは、壁際に備え付けられた収納の引き出しから、我が家の家紋の透かし入りレターセットを取り出した。
カットゥーロからレターセットを受け取った、その時。
執務室の扉が三度叩かれた。
「エラルドです、お呼びと伺いました」
「入って」
「失礼いたします」
執務室に入ってきたのは、この国では珍しくはない濃い栗色の髪をした長身で細身の美丈夫だ。
傭兵上がりの荒くれ者たちを束ねる男とは思えぬほど、貴族かと見紛う品のある物腰をしている。
「お疲れ様、総隊長。昼の報告で上がった見慣れない者たちはあの後どう?」
「四人組の冒険者はギルドで確認が取れました。帝国から来たという行商人や、王国の南辺境の穀倉地帯から来た商会も商業ギルドで身元の確認はできています。つけている密偵からも特筆すべき報告は上がっていません」
あれ、そうなの?侯爵家か第二夫人の密偵がそろそろ領内に入った頃だと思っていたけど……。
うーん、今のところは動きがないようにみえるわね。それとも、あちらでも何か不測の事態でもあったのかしら。
そうなら時間を稼げるわ。
私の事は、後ろ盾のないただの小娘としか思っていないようだ。
私を侮ってくれているうちは、こちらへの警戒心は薄いだろう。
それならば、……うん、好都合。
このまま、取るに足らない小娘と思ったままでいて欲しいな。
……多分無理、だろうけど。
はあ……とため息が出た。
「「大丈夫ですか?」」
カットゥーロと総隊長の二人から、同時に声がかかった。
王都の権力闘争から距離を置きたい小娘としては、色々考えているのがもう、面倒。
関係がない——ええ、ええ、私には関係ありませんとも——面倒事に、これ以上思い患うのは無駄。
今は、そんな事に時間も労力も割いている暇はない。
「もう、余計な事は考えない。鉱山に行こう」
「は?」
「かしこまりました、準備をいたします」
先ほどは、以心伝心かと思うほど息が合っていたのに。
私が鉱山に行くことになると、意見が割れるのね。
もう二か月にもなるんだから、総隊長も私が鉱山に行くことに慣れてほしいわね。
「総隊長、いつも通り護衛は最小限でお願いね」
本当は、我が家の従者だけでもいいのだけど。
私の戦いにも慣れていて、邪魔をしないからね。
「……今日は、子爵家の従者と私が御供いたします。お嬢様のお邪魔はしません」
……これは、受けるしかないわ。
総隊長では、撒くこともできないじゃない。
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