13、「母」の愛
女狐の見る夢?
今夜は朝までいるかと思っていたら、一度抱き合った後すんなりと本棟に帰ったわね。
元々はあのバカ息子への文句を言いに来ただけでしょうから。
第二夫人は、誰もいない寝室で小さく不満を吐き出した。
まったく、私から生まれてきたのに、あのダメ男と顔も性格も考えなさも瓜二つだわ。
どんな教育を施しても、あのバカさ加減は矯正できないのね。
……あのダメ男も、死ぬまでダメ男だったわ。
これ以上はもう、どうしようもないのかもしれないわね。
寝台から降りて、水差しが置かれているテーブルへと足を運ぶ。
「母の愛」というものは、どんなダメ人間にも惜しみなく与えられるもの、と思っていた。
父の事も私の事も、「母」は愛していなかったわ。
第二夫人——チェーリア——は、幼い頃から自身に関わりのあった「家族」を思い浮かべた。
チェーリアの実母は、没落した伯爵令嬢だった。
領地持ちの伯爵家だった「母」の家は、「母」の言い分では、悪い人間に騙された挙句に王家が理不尽に介入してきたから。らしい。
しかし、実態は。チェーリアの祖父母が当主だった伯爵家は、虚栄心が強く浪費家で領地運営もまともにできない人たちだったようだ。
当時すでに豪商だった「父」は、爵位を手に入れるために、巨額な融資をちらつかせ伯爵令嬢と婚姻。
融資に気をよくした伯爵家は、さらなる浪費をした。
その悪循環を王家に咎められて、「父」が爵位を買う前に王家によってはく奪されてしまったのだ。
「父」の手元に残ったのは、不良債権である「母」と規模が縮小された商会だけだった。
喉の渇きを潤して、窓辺に立った。今夜の月には、蒼にほんの一滴ほどの赤が混じっている。
春が訪れようとしている。
「父」が「母」を管理したのは、「父」の子供を二人産み、チェーリアの五歳の誕生日までだった。
それ以降は、「母」の奔放な振る舞いも放置した。「母」に与えた年間予算内で「父」に迷惑をかけない限り、だが。
ダメ男が成人するまでは、「母」もよく「家」に帰ってきていた。
……チェーリアではなく、ダメ男に会いに来ていただけだったが。
「母」は、美しく貴族的なものが好きだった。——「母」の考える貴族なのだが。
ダメ男が「母」に寵愛されたのは、彼が「母」によく似た容姿だったからだ。
チェーリアも「母」似ではあったが、髪や瞳の色が「父」似だった。
「父」の色は、この国の大多数の平民と同じだったので、「母」は徹底的に嫌悪していた。
その「父」と同じ色だったチェーリアをも、嫌悪の対象にしたのだった。
その「母」も、ダメ男が成人してから「家」に寄り付かなくなっていった。
「父」に一度年間予算の増額を断られてからは、一度も顔を見ない。
「母」は見目麗しい男娼を囲い、資金が足りなくなれば娼婦まがいの事までやっているとの情報をつかんだ。
「父」も「母」もお互い婚姻関係を表ざたにはしていなかったので、商会の不名誉にはならずに済んだ。
醜聞はダメ男が沢山作ってくれたから、それ以外はいらなかった。
不良債権を二人も抱えながらも「父」は、一度縮小していた商会を立て直した。
以前よりも大きく。
……そして、十五歳の成人の日——チェーリアはヴィードー侯爵の愛人になった。
チェーリアは、成人に向けて「父」への感謝の贈り物として、帝国からの輸入ものを手に入れる事を考えた。
王立高等学院の卒業前——早々に卒業は決まっていたので——に、隣国を経由して帝国へ。
手に入れたのは、帝国で一番流通の多かった茶葉だった。
それ以上にチェーリアを刺激したのは、帝国のすごさだった。
「父」の商会をもっと大きくして、自分の代になった暁にはこの帝国に商会を移し、帝国貴族になろう。
チェーリアは、希望を胸に帰国した。
チェーリアが仕入れた茶葉は、王国でも人気が出た。
「父」も茶葉の輸入担当をチェーリアに任せてくれた。
高等学院を卒業し、成人の日を迎えたチェーリアは茶葉を購入した貴族家から召喚状を受けた。
貴族家から遣わされた馬車に乗り————。
チェーリアは、二度と商会に足を踏み入れる事はなくなった。
ヴィードー侯爵家の別邸で愛人として暮らして二年、チェーリアは男児を出産した。
子供を得て侯爵家本邸に迎えられ第二夫人として婚姻したチェーリアは、漸く「夢」への旅路に旅立つ事が出来た。
社交界に出席し、「父」の商会の一部門を任され……。
……コツン、と窓に何かが当たった。
薄く窓を開けると「あの子」が立ちすくんでいた。
今日はもう会えないと伝えたのに……。
なぜ、ここにいるのだろうか。
「……そこに行ってもいい?もう彼奴はいないだろう?」
「……いいわ、上がってきなさい」
成人した日、チェーリアは一人の人間として扱ってはもらえなかった。
彼女の意思など無関係に、人形のようにヴィードー侯爵の愛人として扱われた。
あの日から二十二年。
今度は、チェーリアが周囲を使ってのし上がるのだ。
ウリオの婚姻も、「あの子」との関係も、すべてこのため。
月を見ていた窓のカーテンを引く。
この月の蒼さも好きな色だが、チェーリアが一番好きなのは生まれた日の真っ赤な月だ。
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