12.可愛い息子には、愛と希望と絶望を
侯爵家はいつも昼メロです。
「あの小娘が、すでに王都にはいないと聞いたが…………」
晩餐の時間にはまだ余裕がある、蒼天に朱が混じり始めた頃。
この時間いつもなら、侯爵は執務室に籠っているのでは?と第二夫人は思った。
どうやら漸く、侯爵にも子爵家の令嬢が領地入りしていた事がばれたらしい。
私よりも一週間ほど情報が遅いわね。
自身も先日、息子の嫁になった学院を卒業したての小娘に、してやられた事には触れずに侯爵の手際の遅さを脳内で指摘した。
「……ええ、そうなのです。少し行き違いがあったようで……」
「わざわざ王命を出させた意味を解っていないようだな、あれは。下位貴族と見下しておったのだろう」
「其方、あれに自身の役割を教え込め。これ以上の勝手は許さぬぞ」
「……申し訳ございません、ウリオにはよく言って聞かせます」
第二夫人は深々と頭を下げた。
「令嬢へ、早々に王都に上るようにとウリオに手紙を書かせましょう。それとも領地へ迎えに行かせましょうか?」
「……まずは、手紙を書かせて機嫌をとらせろ。テュスクルーム子爵家を掌握しなければお前はただの平民だと、あれが理解するまで叩き込め。失敗しても侯爵家が養うとは思うな。……そして、領地には影を送る」
「承りました」
「それと、あのバカげた茶会を取りやめさせろ。あんなものに侯爵家の名を使いおって……今あれと一緒にいるネズミも始末しろ」
「……ジーナ・プージョ男爵令嬢でしょうか」
「ああ、あの場末の娼婦のような小娘のことだ」
西棟で顔を合わせた早々に、侯爵から頭ごなしに叱責を受けたので、立ったままなのを思い出した。
ただ単に、ウリオの失態を叱責するだけに西棟へ来たようではなさそうだ。と、第二夫人は客間にお茶の用意をさせた。
「旦那様、お茶の用意が整いました。あちらで詳しく承りますわ」
今日の予定は変更ね。と、第二夫人は思った。
先日、大きな案件を処理したと「あの子」から連絡が入ったのだ。
ご褒美を上げなくてはね。と約束した。
しかし……。
「旦那様、実は先日帝国から、アイシュアルを手に入れましたの。今夜はこちらでこのままお過ごしになられますか?」
第二夫人は、殊勝にも媚びているようにも見える笑みを浮かべた。
「おお、アイシュアルか。久しぶりではないか……そうだな、今日はこのままこちらで過ごすとするか」
「では、旦那様の夕食の手配をいたしますわ」
第二夫人が実家から連れてきた西棟の執事が客間の扉を開けた。
「少し席を外します」と、第二夫人は客間には入らなかった。
「これをあの子に渡して」
実家から連れてきた年嵩の専属侍女に手紙を手渡した。
「埋め合わせは、後日にすると伝えてね」
「はい、お嬢様」
物心ついた頃にはすでにそばにいた、年若い母とも年の離れた姉とも思える女性だ。
第二夫人が一番信頼している人物だった。
渡した手紙からは「幸せな夢」と名付けられた香水が、かすかに薫っていた。
「……お嬢様、先日帝国へ買い付けに行っていた者が帰ってまいりました。ネックレスなども購入してきたようですが、明日にでもご覧になりますか」
「ええ、アクセサリー類はこちらに運んで頂戴」
「かしこまりました」
「お願いしていた蒼い石のアクセサリーはあったのかしら」
「はい、入手してきたようです。お嬢様がお似合いになる、最高級の赤い石のネックレスも購入できたと聞いておりますよ」
それを聞いた第二夫人は、一つポンと手を打ち華やいだ声を上げた。
「まあ、そうなの?……来月の夜会につけて行けるかしら」
「後でご一緒にドレスの確認をいたしましょう」
「とても楽しみだわ」
「では、手配をよろしくね」と言い置き、第二夫人は客間に入っていった。
大切なお嬢様の背中を見送った年嵩の専属侍女タマラは、ため息を一つつき小さく怒りを吐き出した。
「……まったく私のお嬢様はあれほど優秀だというのに……お嬢様の血を受け継ぎながら、あのどうしようもないダメ男と瓜二つなんて。これ以上お嬢様の足を引っ張るなら、消し去ることも考えなくてはね」
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