第45話「墓前にて」
## 第45話「墓前にて」
### 【あらすじ】
ジュニア救出作戦から約半年後。
ある日の昼下がり、川田は地下基地内の霊園を訪れ――
### 【本文】
『思考同盟 初代代表 久世慶三 ここに眠る』
川田は、一人、墓前で手をあわせる。
久世慶三。この老人は、ジュニア救出作戦後、川田にあることを頼んでいた。
「……俺なんかが、ここの代表で良かったんですかね」
川田はつぶやいた。
久世老人は、自らが先行き長くないことを、川田に打ち明けていた。
彼は、川田の知識、経験、そして“家族に会いたい”という圧倒的な目的意識を評価し、川田を次期代表に推薦した。既に運営委員会にいた二人の男もそれに同意し、あとは川田の了承次第という所まで、とんとん拍子で話が進んだ。
「……本当は、リーダーなんて柄じゃないんですけどね……ハハ」
発生する責任と、預かる命の数。二つ返事というわけにはいかなかった。
そんな川田の背中を押したのは、真衣だった。
「まあ……なんとか――真衣さんと一緒に頑張っては、います。運営委員のお二人にもご助力いただいてますし……部隊のみなさんも、訓練と、武器の調達。偽装体の改修も順調です」
川田が久世から継承したのは、地下基地の運営と、もう一つ。
“地上の奪還”。思考同盟の、久世慶三の野望。
だが、川田はその全てに早急に取り掛かることはしなかった。
「……今の進捗を聞いたら、怒ります……かね。でも、申し訳ありません。俺たちは、このやり方で行くと決めました」
――戦う者は、自ら手を挙げたものだけ。
まずは、会いたい人がいる。目的がある者たちで、その再会を目指す。
それが叶えば、次に……人間が自由に暮らせる領域拡大に向かう。
“誰も死なないように、緻密に、確実に”
それは、いつしか川田の口癖になっていた。その姿に、賛同するものは多くいた。
「…………そろそろ行きます。また来ますから」
川田は立ち上がる。そのまま、次の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
『思考同盟 初代実働部隊長 飯島聡 ここに眠る』
川田は、一人、墓前で手をあわせる。
「飯島さん。お久しぶりです。こっちは順調ですよ」
川田は、地下基地の実働部隊の面倒も引き受けていた。
「新しい隊長は、片桐さんが務めることになりました」
共に保護局襲撃に向かい、肋骨を折る負傷を負った片桐隊員。
彼は、ジュニア救出作戦の後、負傷で現場に出れなかった己をひどく責めていた。川田は彼に寄り添い、支え、川田が思考同盟の代表になったタイミングで、彼を隊長に推薦した。
「片桐さんは、良くやってくれています。時折、先に行った飯島さんを追うように苛烈になることがありますが……それだけ、信頼されてたって事だと思います」
「榊先生も、元気です。住人の皆さんのために……日々、医者としての仕事に奔走してます。情報統括ブースのデータ管理にも精を出してくれて、頭が上がりません」
「彼女も……必ず、責任を持って俺が守ります。二人のこと……聞きましたから」
「……こんな事態になって、妻を失って……それでも、誰かを守りたいと思えるのは、飯島さんのおかげかもしれません。あなたも……あの時、そうだったんでしょうか」
「いつも……何度も、言ってますが。あの時、妻を探しに行くことを手伝ってくれて、ありがとうございました。そして……ごめんなさい。あなたを、連れて帰ることができなくて――」
川田は頭を下げる。
「……また来ます。次は、もっといい知らせができるように」
川田は立ち上がる。そのまま、次の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
『朝倉家之墓』
川田は、一人、墓前で手をあわせる。
「……今日も、報告に来ました」
「澪は……元気にやってます。保護者代わり……なんておこがましくて言えませんが――あ、そうだ。最近、澪は小説にハマっているみたいです。もとは、俺と同行していた真衣さんが書いていた作品なんですけど――」
川田は、墓前に紙の束を置く。
「良かったら、読んでください。澪が、何を感じて、何に希望を持っているのか、よくわかります。家族を……大事に、想っていたことも」
「澪は、強い子です。お二人の……愛情が、彼女を――」
川田は言葉に詰まる。
「……また来ます。澪の成長、楽しみにしていてください」
川田は立ち上がる。そのまま、次の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「川田さん」
霊園を歩く川田が呼び止められ、振り返る。
「びっくりした……真衣さんですか」
「…………その呼び方、まだ慣れないですね」
「嫌だったら戻しますが……」
「あっ……いえ、だ、大丈夫です。そのままで」
いつからか、川田は真衣を下の名前で呼ぶようになっていた。川田曰く、全くの無意識に、いつの間にかそうなっていたらしい。
周囲は何かを感じ取ってはいたが、茶化すことはしなかった。理由は単純で、今も川田の心の真ん中には――
「杏奈さんの所ですか?」
「ええ。まあ……」
川田はそのままゆっくり歩き出す。真衣も、それに続いた。
『川田家之墓』
二人は、墓前で手をあわせる。
「杏奈……俺だ。間が開いちまって悪い」
「真田真衣です。初めまして……ですね」
「こちらは、真衣さん。異変が始まってから、今まで、俺をいろいろ助けてくれた人だ」
「助けただなんて、そんな――」
「今も、ここの代表として……いろいろ不甲斐ない俺をサポートしてくれている」
「…………だ、大丈夫です。付き合っているとかでは、ないですから!」
「え? な、何の話だ?」
「あっ……! あれ? わ、私……なんで――き、聞かれた気がして……ごめんなさい! こんな話――」
川田は、杏奈の名前が刻まれた墓標に目線を戻した。
「……ま、まあお前なら聞きそうなことではある、か?」
「本当にすみません……!」
頭を下げる真衣を川田は珍しく思った。
(真衣さんが、ここまで慌てる失言するの、初めて見たかもな)
(もしかして、本当に――)
川田はそこまで考えて、思考を止めた。
「……千花は、まだ見つかっていない。でも、ジュニアさんがいろいろ策を考えてくれている。保護局を抜け出した後も、彼は外を自由に歩けるみたいだ。心臓のパーツを換装したのが、関係あるかもしれない」
「いつか……必ず。千花と一緒にここに来るよ。でも――」
「守るものも増えたんだ。だから、時間はかかるかもしれない」
「もう、だれも死なせたくはない」
その時、風が吹いた。
「……え?」
地下の霊園。風が吹くはずもない、閉ざされた空間。
「川田さん……」
空調の不具合かもしれない。だが、そう考えるには、あまりに優しく、慈悲のこもった風だった。
「…………また来る。また、すぐ……な」
川田は、ゆっくり立ち上がった。
「真衣さん」
「はい」
「今日の夜は、AIたちの教育環境についての調査報告があるんでしたよね?」
「はい。ジュニアさんと……榊さんも、いろいろ報告があると」
「わかりました。準備しましょう」
日常は、慌ただしく進む。
失ったもの、新たに手に入れたもの。
生き残ったものたちが紡ぐ未来。
途切れることなく、絶えず、前へ――
人類保護区 完




