11
その日から、私は三日間家に引きこもった。
「メア……」
「…………」
祖母が心配そうに私を呼びかけるが、大丈夫だと返事をすることが出来なかった。
だって、全然大丈夫なんかじゃない。
「メアー!!」
その時、外から幼馴染の声が聞こえた。驚いて窓から見下ろせば、そこには三人の幼馴染たち。私の名前を呼んだカイがぶんぶんと両手を振り、こちらを太陽のような明るい笑顔で見上げている。
「まあまあ、いらっしゃい」
「おじゃましまーす!」
「お邪魔します」
「ます」
孫に会いに来てくれた友達を祖母がにこにこと家へ招き入れる。流石の私も子供たちに気を遣わせてしまったのだと理解し、重い足取りだがリビングへ向かった。
「メア!」
「カイ」
部屋へ入るなり、カイが走り寄ってきて私の周りをぐるぐると回る。
「な、なに……?」
顔色や体調を確かめるように全身をふんふんと観察する姿は子供でなければ少しアレだが、カイの場合は雰囲気も相まってどちらかというと子犬のようだった。
「よし! これやる!」
「これは……?」
差し出されたのは、どう見てもただの石ころ。
「俺の宝物! だから元気出せよ!」
「…………」
にかっと笑うカイに何とも言えない気持ちになりながら、手の平に乗せられた石を見つめる。当然、宝石でもなければ天然石でもない。本当にただの灰色の、その辺に落ちていそうな石である。
「まあ、メア。これはカイの宝物なんだよ。蝉の抜け殻を持ってこようとしていたのは流石に止めたから、貰ってあげて」
「蝉……」
突然石を渡され困惑している私に、セイルがこそっと教えてくれる。カイを見れば腰に手を当てて満足そうな顔をしていた。きっと自分の宝物に自信があるのだろう。
なるほど。元気づけようとしてくれているのか。思い返せば私にも、前の世界で泥団子を大事に持っていた時期があったし、このくらいの年齢の男の子が石を誇らしげにしているのも納得である。
それより落ち込んでいる幼馴染のために自分の大切な物を譲れるなんて、かなり将来有望なのではないだろうか。そんなことを思いながら、私は少しだけ考えを改めた。
「ありがとう」
「ふ、ふん……! 俺は優しいからなっ! これくらい当たり前だ!」
すっとカイに近付いてお礼を言えば、顔を真っ赤にして飛び退かれてしまう。普段は腕を引っ張って強引に森の探検へ連れ回すというのに、感謝の言葉には弱いらしい。
「はい、僕からはこれ」
「ユナもー」
「二人もありがとう」
やれやれと首を振っていると、今度はセイルとユナの兄妹からお見舞いに野花の花束を貰った。引きこもっていた孫を心配して訪ねてきてくれた友達に喜んだ祖母は、皆をテーブルへ座らせ、お菓子を出してもてなす。
貴重な砂糖を使ったフルーツのコンポートが並べられると、子供たちは目を輝かせながら頬張った。
そして取り留めもない話をして、途中で座っていることに飽きたカイとユナに付き合って少し外で遊んだりしているうちに、私の気持ちは少しずつ立ち直っていく。
この子たちだって、大人たちの会話の内容までは理解していないかもしれない。
それでも、この村に漂う異様な空気くらいは感じ取っているはずだ。それなのに友達を気遣って宝物を渡し、花を贈り、普段と変わらないように接してくれる。
……そんな中、私だけがいつまでも落ち込んではいられない。
「またねー」
「ちゃんと明日は外出ろよ!」
「お邪魔しました」
「今日はありがとう」
夕方前になり、子供たちは帰っていく。私はまだ体調が悪いと言って、その日も投票の場には行かなかった。祖母は私のそばに付いていたそうだったが、大人は投票を拒否出来ない。一度外へ出て行き、夕食前には戻ってきた。
夕食を食べ終えた後、リビングのテーブルで何となく指先で転がしていたのは、カイから貰った石だった。
その石で手遊びをしながら思い出すのは、グレンさんの笑顔。このゲームが始まるまで、大して仲が良かった訳じゃない。だけど、村の為に一緒に泥だらけになって頑張ってくれた。落ち込んでいる私に貴重な飴までくれた。
祖母から、あの後の話も聞いている。意外にも、あのアマンダと呼ばれた女性は小さいながらも商家を営んでいたためか、弁が立つタイプだったらしい。最初はアマンダが劣勢だったのだが、これまでの行動や日々の些細な出来事を挙げながら、グレンさんの怪しい部分を指摘していったという。
すると疑念が彼女からグレンさんへ傾く者も現れ、最後にはグレンさんへ票が集まったそうだ。
……だが、私の心を蝕んでいるのはそれだけが理由ではない。
「――まさか、あのグレンが“人狼”とはねえ」
あの日からこの手の話題を避けていた祖母が、私の様子を見てぽつりと口を開いた。
「…………」
――そう、グレンさんは多分、”人狼”だった。
処刑した後、その人が人間だったのか人狼だったのかを見分ける術はない。
ではなぜ今回、グレンさんが人狼だと言われているのか。それには理由があった。
それは――役職騙り。
グレンさんは自分の方が不利だと悟り、議論の終盤になって、自分が【呪術師】――つまり村人側の役職持ちであることを明かしたのだった。
役職持ちは普通の村人と比べ、特殊能力がある分だけ村側に有利な立場だ。占い師や霊媒師なら人か人狼かを判別出来るし、狩人なら夜の襲撃から誰か一人を守ることが出来る。
だからそれを明かすことでグレンさんは、自らの生存に賭けたのだろう。だが……その役職が良くなかった。
グレンさんが宣言したのは【呪術師】。
未だ広場に浮かぶボードの説明によれば、呪術師とは自分が死んだ場合、自分以外の誰か一人を道連れにする役職だ。昼夜で細かな条件は違うようだが、いずれにしても呪術師が死ねばもう一人誰かが死ぬというもの。
だがグレンさんは投票された。
理由は二つ。一つは、役の開示が遅すぎたこと。投票直前では既に皆の気持ちは固まっており、その場で処刑対象を別の人物へ変更するのは難しかった。
そしてもう一つの理由は推測だが……きっと打算。呪術師は占い師や霊媒師のように人狼を見つける役職ではない。また、狩人のように仲間を守る能力でもない。だが夜に襲撃されれば確実に人狼を一人殺せる、強力な役職でもある。
しかし、それは夜に襲われてこそ村人側にメリットがある。
正体を明かした時点で、人狼が自ら呪い殺される危険を承知で呪術師を襲うはずがない。そうなってしまい人狼を見つけることも守ることも出来ない以上、最多で疑われている状況と優先して残すべき役職ではないと判断されたのだろう。
これが机上の遊戯なら確実な村人か狼かで目立つ位置なので残す選択肢もあったのかもしれない。
だがこれは命を懸けた本物の死のゲームだ。
――村人たちは連日続く死の恐怖と、見えない盤面への不安に追い詰められていた。
そして勝つための戦術を優先することよりも、不可解な行動をしていたグレンさんを黒――人狼だと信じて、彼を切り捨てる選択をしたのだ。
用語補足
・黒……人狼のこと。
・白……村人のこと。
・吊る……処刑のこと。




