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「こんな所で何をしているんです」
涼し気な、けれど男性特有の低い声に顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。
春の森の木々を思わせる黄緑色の髪は肩口まで伸び、気怠げに木へ背を預けている。細身で筋肉も少なく、力仕事が多いこの村では少し珍しい体格だった。思わず隣のグレンさんと見比べてしまう。
そんな失礼な視線に気付いたのか、それとも泥だらけになった私達が不快だったのか、ルークスさんは眉間に皺を寄せた。
「おう! どこか抜け穴がないか探してたんだよ!」
「馬鹿ですか。阿呆ですか。そんなもの、アレが見逃すはずないでしょう」
「分かんねーじゃん! 前の村長のじーさんだってスゲー人だったけど、しょっちゅう物忘れしてたし!」
「それとこれとは話が別です」
儚げな外見と見合わず火力強めの口調の青年――ルークスさんと、それを気にせず言い返すグレンさん。暫くわあわあと言い合う二人を眺めていれば、不意にルークスさんがこちらを向いた。
「しかもこんな子供まで付き合わせて」
「俺が付き合わせたわけじゃ――」
「いくらあなたの精神年齢が子供だからといって、今の状況で人気のない場所へ連れ出すのは感心しませんね」
「同じ精神年齢?!」
抗議するグレンさんを完全に無視しながら、ルークスさんは身をかがめて私を覗き込む。。
「確か……メアリスでしたか。こいつに連れ回されたのかもしれませんが、今はあまり一人で行動しない方がいい。あなたにはまだ難しいかもしれませんが、軽率な行動は自分や家族の命に繋がるんですよ」
彼は毒舌で村では有名な人だったので少し身構えていたが、どうやら子供相手にまで辛辣になるタイプではないらしい。少しだけ肩の力が抜ける。
「わ、私がグレンさんを誘ったんです」
「そうだそうだ!」
ここぞとばかりにグレンさんが割り込んだ。
「俺から進んで付いていっただけで、別に悪いことじゃねえだろ!」
「それはそうですが、今は悪いです」
「はー?」
どちらかと言えば迷惑を掛けているのは私の方だ。慌てて弁解したのだが、ルークスさんは呆れたようにため息を吐く。
「この状況を打破しようとする姿勢自体は立派ですよ。ですがタイミングが悪い。今朝も一人死に、昨日は処刑が行われた。皆、疑心暗鬼と恐怖でまともな判断が出来なくなり始めています。……なにせ昨日の処刑は、自分たちの意思で初めて選んだ人狼候補ですからね。初日に現場状況だけで決めつけた方とは違う」
確かにそうだ。最初の処刑は現場状況から半ば決め打ちだった。だが昨日は違う。
「しかも大した証拠も情報もないまま、多数決だけで決まりました。……正直、人気投票に近かったと俺は思いますよ」
「…………」
「ですが投票をやめれば人狼は倒せない。我々は滅亡する道しかない。だから今更後に後に引くわけにもいかないのです」
そう言い切ったあと、ルークスさんの長い三つ編みが風に揺れた。なぜかそれが鮮明に私の視界に映る。
「確かな情報もない、証拠もない。そんな中、普段と違う行動をしている人がいたらどうなると思いますか」
「!」
そこでようやく私は理解した。慌ててグレンさんへ振り返る。
「当然怪しまれます。本来なら解決策を探す姿勢は評価されるべきですけどね。しかし今の異常な状況下では、自身に疑惑を集めるだけですよ」
「……ん? これ褒められてるのか? ならもっと頑張るか」
「違います。どうしてそういう結論にいつもなるんですか。相変わらず前向きすぎる素晴らしい単細胞ですね」
どうやら言葉はきついが、本気でグレンさんを心配しているらしい。そういえば二人が一緒にいるところを見たことがあった気がする。年齢も近いし、案外仲が良いのかもしれない。
「でもさ」
グレンさんが珍しく真面目な声を出した。
「今のまま投票を続けても解決しなくねーか?」
「……まあ、そうですね」
「なら多少のリスクは仕方なくね?」
「そのリスクが一発アウトだから注意しに来たんですよ」
言い返したものの、ルークスさんの勢いが少しだけ鈍る。
「一昨日も昨日も占い師と霊媒師がいるか聞いた。でも誰も手を上げなかった。つまりもう死んでいる可能性がある」
「……黙っているだけかもしれません。役職持ちは人狼にとって脅威ですから。優先的に排除したいでしょう」
「そうかもしれない。でももう何人死んだ?」
グレンさんは真っ直ぐルークスさんを見る。
「三十人いた村が、今は十九人だぞ」
「…………」
「その中に役職持ちがいてもなんら不思議じゃないね」
私は思わず息を呑んだ。
「もし占い師も霊媒師もいないなら、吊った相手が本当に人狼かなんて分からない。何人倒したのかも、あと何人いるのかさえ分からない」
そして静かに続ける。
「疑心暗鬼のまま日が過ぎていく。終わりの見えない投票という名の殺し合いに意味なんてあるのか?」
あのカラッと笑うグレンさんから想像できない言葉に、私はぽかんと口を開いた。それは友人であるルークスさんも同じだったようで、少し驚いた表情をしている。
「……あなた、本当にグレンですか?」
「どういう意味だこら!」
ぷんすか怒るグレンさんに、ルークスさんは小さくため息を吐く。けれどどこか安心したようにも見えた。
「いいえ、褒めてるんですよ。グレンにも人並みの脳みそがあったのだなと思いまして」
「だからそれ褒めてねえだろ。貶めてるだろ」
そんな二人のやり取りに少しだけ笑ってしまう。けれどルークスさんはすぐ真顔に戻った。
「ですが納得とは別の話です。あなたがいくら正論を述べようが、それで他人を常に納得させられるとは限らない。少しでも怪しいと思われれば、この極限状態では全員がその疑いに飛びつきあなたに投票するでしょう。その方が、自分で考えなくて済みますからね」
ルークスさんは一拍置いて静かに告げる。
「それが一番罪の意識が軽いからです」
私はその言葉に背筋が寒くなった。それはきっと、今の村人たちの精神状態を示すのに的確だ。
しかし同時に言葉は相変わらず直球だが、ルークスさんがグレンさんを本気で心配しているのも伝わる。それを見て私も閉じていた口を開いた。
「グレンさん」
「ん?」
「私も、あなたに票が集まるのは嫌です」
グレンさんが目を丸くした。
「どうかこれからは皆と同じように行動してください。……処刑されないために」
「……メア」
「私は子供だから投票先には選ばれません。でもグレンさんは違います。どうかルークスさんの言葉に従ってください」
「…………」
私の言葉にグレンさんは耳を傾け、葛藤しているようだ。ルークスさんの言葉を聞く気はないが、子供のお願いには弱いのだろう。
「…………」
そんな私達のやり取りを、ルークスさんが口を挟まずにじっと静かに見つめている。
「でもお前、力無いから穴掘れねえだろ」
「地面の調査はグレンさんのおかげで昨日と今日でほとんど終わったので、もうしません。違う方法を考えてみます。なのでもうグレンさんは手伝わなくても大丈夫です」
「ひっでえ」
そう言いながらもグレンさんはケラケラと笑っている。ちゃんと意図は伝わっているようだ。
「だがなぁ……」
「私、グレンさんのこと好きです」
「!」
「今まであまり話したこと無かったですが、今回のことでグレンさんが優しい人だと知りました」
言葉を重ねる。
「だから生き残って欲しいです」
するとグレンさんは目をぎゅっと閉じて唸り始めた。だが口元だけは妙に緩んでいる。
「………………う、うーん……!」
「グレンさん……」
「あー! 分かった! 分かったから泣くな!!」
よし、と心の中で拳を握る。
やりました! とルークスさんへ振り返った瞬間――。
「!!」
ぞくり、と背筋が震えた。
そこにあったのは、先ほどまでグレンさんに向けていたような呆れた視線ではない。
まるで氷のように冷たい目で、ルークスさんは私を見据えていた。




