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「何してるんだ?」
「穴を掘っています」
朝の村長の話が終わると、何とも言えない空気のまま一旦解散となった。それぞれ思うところがあるだろうから、と村長が提案したのだ。会議は夕刻の少し前に始まり、その後投票が行われるらしい。それまでは自由に過ごせと言われ、村人たちは聞き込みをしたり、この状況を打破する方法を探したりと様々だ。
ちなみに私は後者であり、スコップを片手に一生懸命地面を掘っている。
村を囲う透明な壁は地上から空まで続いているが、それが地中にも及んでいるかは実際に確かめてみなければ分からない。
もしどこかに隙間があれば、このふざけたゲームから逃げられるかもしれないと考えたからだ。
そんな僅かな可能性に縋り私は穴を掘り続けていていると、後ろから青年に声を掛けられた。
「泥遊び? ここじゃ掘りにくいだろ。砂場なら広場にあるぞ」
「違う。この壁のせいで外に出れないけど、地面の中まであるか分からないじゃないですか」
「あ、なるほど! お前、小さい癖に頭良いなあ!」
「わわ!」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられ、体がぐらぐらと揺れる。彼はグレンといい、村でも有名な力自慢の青年だ。よく山へ入って獣を狩り、その肉を村人たちへ分けてくれる。裏表のない性格も相まって、誰からも好かれていた。
「子供じゃそんな硬い地面大して掘れないだろ。俺がやってやるよ!」
「じゃあお願いします」
「おう!」
ニカッと白い歯を見せて笑うグレンさんにスコップを渡し、一歩下がる。すると彼は驚くほどの勢いで穴を掘り始めた。さすが普段から山を駆け回り、獣を狩っているだけある。私とは比べ物にならない速度で土が掘り返されていった。
「……駄目ですねえ」
「……だな」
私も土を運ぶなど手伝いながら数時間作業を続けたが、結果は変わらなかった。どこまで掘っても、あの紋様の浮かぶ壁は地中へと続いていたのである。おそらく形から円形に村が囲まれていると見て間違いないだろう。
「脱出は無理かあ」
「……付き合わせてしまってごめんなさい」
せっかく汗を流して掘ってもらったというのに、結果は何も得られなかった。こんな子供の思いつきに付き合い、ここまで頑張ってくれたのに。
申し訳なさで胸がいっぱいになり、自然と目頭が熱くなる。
「うわ、泣くなよ! 別にお前のせいじゃねえだろ?」
「うう~……だって」
「あー、もう!」
グレンさんが慌てたように声を上げ、頭を抱えながらポケットを探る。
「俺は独身なんだから子供の機嫌の取り方なんか分かんねえぞ!? あ、あった!」
そう言って差し出されたのは一粒の飴だった。
「ほら! これやるから泣き止め!」
反射的に受け取って、思わず彼の顔を見上げる。するとグレンさんは少し照れ臭そうに笑った。
「みんなには秘密だぞ?」
「いいんですか?」
「いいからさっさと食って泣き止め!!」
「……ありがとうございます」
砂糖はこの村で貴重品だ。特に私の家は裕福ではないため、こうして甘い物を口にする機会は滅多にない。
戸惑って何度かグレンさんの顔と飴を見比べた後、促されるまま口へ放り込む。じんわりと広がる甘さに、萎えていた心まで少し温かくなった気がした。
「おいしい」
「ははは、やっぱ子供は笑ってた方がいいな」
「わっ」
力加減を分かっていない強さで再び頭を撫でられ、危うく転びそうになる。頬を膨らませると指でつつかれ、その拍子に泥まで付けられた。
「…っぷ」
それがおかしくて。こんな状況なのに、二人で笑ってしまった。
「違う!! 俺じゃない!!」
あれから会議が始まる直前まで、私たちは壁のどこかに隙間がないか探し続けた。けれど結局、それらしい場所はどこにも見つからない。
一応グレンさんは投票があるので私と行動するのではなく、聞き込みをした方がいいのではないかと提案したのだが『そういう頭を使うのは得意じゃねえし、疑うのも性に合わねえ』と言って最後まで付き合ってくれていた。
そしてそのまま会議が始まり、投票となった。
……正直、議論に決め手らしい決め手はなかった。
ただ、一票差。それだけで命が決まってしまったのだ。
「嫌だ!! 死にたくないっ!!」
「……っ」
「だめだ」
「!」
両脇を抱えられ、外へ引きずられていく男。誰もが目を背ける中、男は藁にも縋るように手を伸ばす。その先にいたのは、少し離れた場所に集められていた私たち子供だった。
届くはずがない。それでも何かを掴みたかったのだろう。
私は思わず手を伸ばしかけた。……だが、その前に腕を掴まれる。
「グレンさん……」
「投票は終わった。結果はもう覆らない。……昨日見ただろ」
「……!」
――バタン!!
昨日の光の柱を思い出し、私は顔を伏せる。
あれは人にはどうすることも出来ない力だ。だからといって納得できるかと言われれば、そんなはずもない。
けれどあんな理不尽な力の前で、ちっぽけな自分には何も出来なくて……ただ唇を噛み締めることしか出来なかった。
「――ぁぁあぁあぁあああああ"あ"あ"!!!!」
「……っ」
窓の外が雷のような光に照らされる。
見なくても誰のものか分かる断末魔は、深く私の心に傷を残した。
「……今日も行くのか?」
「……うん」
翌朝、壁沿いを歩いていると、グレンさんが声を掛けてきた。どうやら私が来ることを予想していたらしく、最初から待っていたようだ。
「無理に付き合わなくてもいいんですよ。……多分、可能性は低いから」
「子供が大人に遠慮なんかするんじゃねえよ」
グレンさんは鼻を鳴らした。
「……それでも諦めてねえんだろ?」
「……はい」
「可能性がゼロじゃないなら探したいです。もう、あんな人を増やしたくない」
「ならなおさら俺が必要だろ?」
そう言ってムキッと力こぶを作る。
「穴掘りが得意な俺が!」
グレンさんの本業は狩りだ。穴掘りではない。わざとらしい仕草に、思わず小さく笑った。きっと落ち込んでいる私を元気づけようとしてくれているのだろう。不器用ながらもその優しい気遣いにそっと感謝して、私は子供らしく笑う。
「そうですね。なら、お願いします」
「おうよ!」
そうして再び二人で穴を掘り進める。
そして数時間後――私たちは一人の青年と遭遇した。




