第六話 魔術師とは
ギルドに着いた途端、どよめきが起きた。
というか、街を歩いている時点で、変な目では見られていた。
そりゃそうだ。馬鹿でかい熊を抱えているわけだから。
イリアが扉を開けて声をかける。
「すみませーん! 魔物引き取ってくださーい」
そこからは一気に騒がしくなった。
目まぐるしくギルド職員が走り回るのを横目に、俺は他のハンターから次々と声をかけられる。
「イリアの仲間だけあるなー」
「デビュー戦であれを倒すとか、若えのにすげえよ」
ウィルも俺たちのもとへ来て、
「色々言ってすまんかった。実力は本物みてえだな」
さっきまでとは、周囲の視線がまるで違う。
ハンターってのはそういう世界らしい。
実力主義というやつだろう。
どうやら、ミスティとフォルシオンはいないらしく、イリアは、
「いないのかー。見せたかったのに」
と呟いた。
やっぱ見せびらかしたかったんだな。
俺にもその気持ちがなかったといえば少し嘘になるが。
討伐後の事務手続きは全てイリアがやってくれた。
どれくらいの報酬が出たかは分からなかったが、俺にはいらない。
住まわせてもらっている身だ。生活費として全額をイリアに渡した。
イリアは「少しぐらい受け取って!」と強情だったが、受け取っても使い道がないの一点張りで、結局押し戻した。
ギルド内に食事処はあったが、とても落ち着いて食べられる雰囲気ではなかった。
俺とイリアは全てを終えると、昼食を摂るべく街へ繰り出した。
「お気に入りの店があるんだ」
そう言ってイリアが案内してくれたのは、街の喫茶店だった。
メニュー表を流し見する。
分かっていたが読めない。
だが、俺はあるところで目が止まってしまう。
数字が読めるのだ。
頭が真っ白になる。ぐわんと脳が揺れる気がした。
……アラビア数字だ。
なんでだ。なんでここだけ同じなんだ。
「ソウマくんどうしたの?」
イリアが不思議そうな顔をして聞く。
「……いや、やっぱ読めないなあ、と。すまん、イリアが決めてくれ」
俺は誤魔化すようにメニュー表をイリアに渡した。
「そうだったね。決めてあげましょう。ソウマくん、好き嫌いはある?」
「ないかな」
あったとしても、この世界で何が出てくるか分からない以上、答える意味は薄い気がした。
アラビア数字もだ、今ここで考えたところで結論がでる気はしなかった。
「じゃあ私と同じのにしよう!」
注文を終え、料理が届く。
少し遅めの昼食。
目の前に現れたのは、至って普通のオムライスだった。
黄色い卵に赤いケチャップ。卵は薄焼きだ。
「いただきます」
「いただきまーす」
この世界の食事のレベルは高い。
一口食べて、そう思った。
ただ単に美味いわけではない。
衛生観念、盛り付け方、店内の様子。全てを見てだ。
オルレア家でも思ったが、この世界は調理に重きを置いているように感じる。
日本人の俺としては嬉しいことだ。
「どう? 美味しいでしょー」
イリアは自分のものかのように得意げだ。
「ああ、美味い。……懐かしい味がする」
味付けはオーソドックスだ。
その味が、もう帰ることもできない日本を思い出させた。
割り切ってはいるが、寂しい気持ちは、正直ある。
俺の様子を察したのかもしれない。
イリアはすぐに、明るいトーンで話はじめた。
「ね!これからもハンター手伝ってよ!」
「そういう話だったろ?改まってだな」
「ちゃんと確認取らないと虫の居所が悪いでしょ?」
……また、俺の言葉か。よく覚えてたな。
イリアは言葉を借りて返すのが好きらしい。
ちょっとは言い返すか。
「なら、いまから俺たちは相棒だな」
冗談で言ったつもりだったが、イリアの顔はぱっと明るくなった。
「いいねー!相棒!最高だよー!」
そこからのイリアは終始ご機嫌であった。
昼食を終え、家に帰る。
家に着く頃にはすっかり夕方で、すでに家の灯りはついていた。
「ノアはもう帰ってるのか」
「そうだねー……。ソウマくんさあ、謝んないといけないことあった」
「急になんだ」
「もう一人、家族みたいな人がいるんだ。今日はその人いるかも」
「確かにそれは困る。心の準備が必要だ」
「ごめんねー。しかも結構変な人でさ」
「それをイリアが言うのか?」
「まって。ソウマくん私のこと変だと思ってる?」
「しばらく世話になるんだ。会うなら早い方がいいだろう」
「あ! 無視した!」
イリアが鍵を開ける。
「ただいまー」
「おー、帰ったか」
「おかえりー、イリア姉とソウマ」
ノアと、もう一人の声が返ってきた。
声だけで分かる。イリアやノアとは違う、落ち着いた大人の女性だ。
ダイニングで腰掛けていたのは長身の女性だった。
黒いローブに、長い黒髪を後ろで束ねている。
目を引くのは、刀を二本差していること。
ハンターにしては、少し異質に見えた。
「イリア、彼氏でもできたのか?」
俺を見るなり、女性はそう言った。
「違うよ。昨日から私の相棒になった、ソウマくんだよ」
「くっくっく。冗談だよ。噂はかねがね聞いている」
噂?
「やっぱりもう聞いてるんだね」
「そりゃそうさ。今日登録したハンターが魔鋼熊を狩ったんだぞ? イリアがいたとはいえ、異例だよ」
女性は立ち上がった。
立ってみるとわかるその背丈。
おそらく百八十センチは超えている。
「すまんすまん、自己紹介が遅れた。私はアメリウム・ファラウス。この子たちの保護者みたいなのをやっている」、
「ササキ・ソウマです。昨日からお世話になっています」
「てことはだ、君も私の子供みたいなもんだな」
くっくっく、とアメリウムさんは笑う。
そうか?
微妙に納得し難い。
イリアが声をかけた。
「そうだ、アメリウムさん。ソウマくん魔術師じゃないっぽいんだけど、一応視てみてよ」
イリアは続けて俺に言う。
「ソウマくん。アメリウムさんは魔術師なんだよ」
俺は息を呑んだ。
鎧の女のことを思い出す。
魔術を使う人間がいること自体には、もう驚かない。
だが、それがこうして普通に俺たちの前に座っていると、逆に現実味が増して圧倒された。
アメリウムさんは不可解そうな顔を俺に向ける。
「どういうことだ? 自覚のない魔術師なんていない。まず経緯が分からん。二人のどっちでもいいから説明してくれ」
もっともだ。
俺とイリアは、二人に都合がいいように所々嘘を交えながら、ここまでの経緯を説明した。
アメリウムさんはソファに腰掛ける。
「──なるほどな。馬鹿力は確かに魔術師の特徴だ。しかしな、お前らの推測通り、記憶を失っても魔術師としての自覚を失うことはまずない」
ただまあ、とアメリウムさんは手招きで俺を呼ぶ。
俺は素直に近寄った。
「私も記憶を無くした魔術師を見たことがないのは確かだ。ほれ、ソウマ。頭に力込めてみろ。魔術は脳で制御するんだ」
言われるがままに意識を集中させる。
アメリウムさんは俺の頭に手を置いた。
しばらくの沈黙。
時間にすれば一秒もなかったが、妙に長く感じた。
「……魔力の気配は全くないな」
「じゃあただの怪力くんかな」
イリアが変に納得する。
俺は魔術師ではない。
それが明らかになった瞬間だった。
じゃあ、この力はなんなんだ。
疑問はさらに深まる。
正直な話、魔術師であることを望んでいた。
世界のルールで説明される方が安心するからだ。
だが、俺はどうやらそのルールの外側にいるらしい。
俺は一体……何者なんだ。
そんな俺の様子を気に留めることなく、アメリウムさんは俺の頭から手を離した。
「まぁ、ただのではないだろうな。ラントの例もある」
その瞬間、空気が一瞬だけ止まった。
イリアの視線がわずかに揺れる。
ノアも、ほんの一瞬だけ言葉を失ったように見えた。
……ラント?人の名前か?
前例があるのか?
だが、俺が考えるよりも早く、
アメリウムさんはわざとらしく咳払いをした。
そして口早に話し始める。
「まあ、怪力かつ非魔術師なのは良いことだ。魔導武具が使える。どんどんハンターとして成果をあげろ。そんで、うちにこい」
「アメリウムさんの悪いところは、強い人をすぐ勧誘するところだねー」
「どこが悪い。企業専属のハンターはいつも人手不足だ」
ぴりっとした空気とは打って変わって、専門用語のオンパレード。
説明もない。話も飛ぶ。
そんな俺の様子をイリアがみかねて口を挟む。
「ほらー。ソウマくん混乱してるよ。アメリウムさんが何者かなんてわかんないんだから」
「すまんすまん。私はな、このエンテルのギルドを運営している企業のひとつ、『ラングルア商会』の社員なんだ。つまり、君らハンターに依頼や報酬を出しているのは私の会社というわけだな」
ギルドで説明のあった魔導具企業。
ラングルア商会というのはその一つらしい。
ということは、企業専属というのはフリーのハンターではない、という意味だろう。
「どうして、非魔術師だと魔導武具が使えるんですか?」
俺はつい質問した。
アメリウムさんはニヤッと笑う。
「良いな。向上心が見えるぞ。端的に言うなら、魔術師はモノを持つと魔術が使いづらくなるんだ。まあ、その魔術師専用の魔導武具を作ればその限りではないんだが」
アメリウムさんは腰に差した自身の刀を指差す。
「いかんせんコストが高いし、得物前提で魔術師をやるのは非効率的だ。つまりだ、非魔術師だからこそ、剣や銃、鎧なんかを使えるということだ」
話はそのままイリアへ移る。
「イリアの銃はその典型例だよ。こいつの銃はイリア専用に作られた特注魔導武具だ。名を──」
「『オメテオトル』ちゃんって言うんだ。かっこいいでしょー」
イリアが割って入る。
あの白い煙をあげる白銀の銃。
自慢の武器なのだろう。気持ちは分かる。
「オメテオトルはうちが作った魔導武具の中でも最高傑作だ。ハンターとして稼げるようになれば、君も作るといい。君だけの特注魔導武具を」
さてと、とアメリウムさんは立ち上がる。
「イリアと組んだ新人ハンターを見るためにここに立ち寄ったんだ。今日はこれで帰るよ」
「え! アメリウムさんのご飯作ろうとしたんだけど!」
ノアがすかさず大きな声で呼び止めた。
「今日はだめだなあ。会社に戻らなくちゃならないんだ。ノア、すまん!また落ち着いたときに来るよ」
「なら先に言ってよー! アメリウムさんはいつも言うのがおそいよ!」
「すまんすまん。勘弁してくれー」
先ほどまでの強者感とは一転、アメリウムさんは情けない声を上げ、ノアに許しを乞う。
この家ではノアが一番強いみたいだ。
その点は俺も肝に銘じておこう。
俺とイリアはアメリウムさんを玄関まで見送る。
しばらくはここで暮らすんだ、また近いうちに会うだろう。
俺は声をかけた。
「アメリウムさん。今後ともよろしくお願いします。あと、今日はありがとうございました」
「あー、気にするな。あと丁寧語やめろ。お前は私の保護下になったわけだ。家族だ」
くっくっく、とアメリウムさんは笑う。
「ソウマ。イリアとノアを頼むよ。そして、ハンターとして期待してる。うちから勧誘がかかるぐらいにはなってもらわないとな」
「善処します」
「あとあれだ。若い男女が一つ屋根の下。変な気を起こすなよ。2人とも」
「起こさないよ」
「起こしません」
俺たちの声が重なる。
冗談だよ、とアメリウムさんは笑った。
イリアは慣れた様子で、またねーと声をかける。
ただ、そんなイリアにアメリウムさんは今までで一番低いトーンで、
「そうだ。イリア、無理するなよ」
と言い残し、またくるなーと軽く手を振って出ていった。
イリアは、たははーと笑う。
「気づかれてるのかなー」
「かもな。あとさ、そんな変な人だったか?」
「うそ! じゃあまだその片鱗が見えてないねー」
俺たちはノアの待つ食卓へと戻った。




