第七話 「ラント」
台所で朝食を作る。
今日は俺が当番だ。
テーブルのイリアが声をかけてくる。
「ソウマくんの作るご飯、なんか好きなんだよね」
「改まってだな。もう何回か作ってるだろ」
「なんだろ、たまーに斬新なものがあるんだよね」
俺の味付けは日本基準だからな。
洋風な料理が多いこの街では目新しいものにはなるのだろう。
慣れた手つきで食器を用意する。
調味料の置いてある場所も完璧だ。
思えばすっかりオルレア家の暮らしに馴染んでしまったものだ。
そうか、俺はもう二週間も異世界にいるのか。
結局この間に俺の記憶が戻ることはなかった。
しかし、生活の方は順調。
イリアやノアが学校に行っている日は、家事や勉強に勤しみ、イリアが休みの日はハンター活動へと出向く。
何事もなく日常は過ぎていった。
勉強がなにかといえば、もちろん、文字の読み書きだ。
助かったのは、この世界の文字が英語のように表音文字ベースであることだった。
文法も基本、英語のようなルールである。
そして、主にノアに教わっている。
はじめはイリアに教わっていたのだが──
「だからね、ここはね、入れ替えればいいの!」
イリアがノートを取りながら、俺に教える。
しかし、何を言っているのか全く分からない。
俺が唸っていると、イリアの勢いが増す。
「つまりさ、こっちは『ソウマくんが男』、んで、これがこうなると、『男がソウマくん』って文になるんだよ」
「だめだ。かえって分からなくなった」
「ソウマくんと分かり合えないよー! ハンター活動ではあんなに息ぴったりなのに!」
「そうだな。イリアはあんなに戦闘では的確なのにな」
「えへへー、それほどでもないかなー」
イリアが照れ始める。
相変わらず愉快なやつだ。
「ちょっと見せてみて」
いつの間にかノアが横にいた。
ノアはノートを一読すると、
「なるほど。つまりねソウマ──」
俺はノアの解説を集中して聞く。
「──という形になってるんだよ」
俺は面食らって固まる。
「め、」
「め?」
イリアが首を傾げる。
俺は思わずノアの手を掴む。
「めっっちゃ分かりやすい! ノア頼む! 教えてくれ!」
「えー! うそー! 私のと何が違うかなあ?」
「全然違うだろ!」
「全然違うよ!」
俺とノアは口を揃えた。
そこからはノアが先生になった。
家事はといえば、利便性は現代に劣るが、使い勝手にさしたる違いはなく、滞りなく行えている。
イリアとノア、特にノアからは「覚えが早い!」とお褒めの言葉を授かった。
女の子二人の家だ。もちろん洗濯物は男子禁制である。
俺の領分は専ら、掃除と皿洗い、買い出しだ。
ハンター活動はぼちぼち。
お金を稼ぐことと俺の訓練を兼ねて何度かは赴いた。
ハンターに関してはイリアの教え方は上手く、勉強の時が嘘みたいである。
おかげで、1、2体は俺主体で狩ることができた。
といっても、身体が動くから戦闘も上手いなんて簡単な話ではないので、まだまだひよっこハンターには違いない。
依頼のたびに報酬を全額家に入れられても困るということで、いくらかは手元に入るようになっていた。
使うあてのないお金を見て、俺は一つ思いついたことがあった。
いつまでも世話になっていては悪い。
一人暮らしをしよう、と。
オルレア家は居心地がいい。
イリアにノアに、アメリウムさん。いい人ばかりだ。
だが、それでもいつまでも甘えてはいられない。
そのためにはそろそろ、一人でハンターをしてみるか。
イリアに相談したところ、
「うーん。いいんじゃない? ソウマくんもちょっとは慣れてきたでしょ? けど、最初なんだからめちゃくちゃ簡単なのにしなよ!」
と悩みながらも背中を押してもらえた。
ちなみに一人暮らしの件は伏せた。きっとイリアは気を遣うだろうから。
そして今日、ちょうど二人は学校に行く日だ。
二人を見送り、家事を一通り終えた俺は、一人でギルドに向かった。
少しは見慣れたギルドだが、一人だとさすがに緊張する。
依頼板を眺めていると、一人の男が声をかけてきた。
いつかの茶髪男。ウィルだ。
「よぉ。今日はイリアと一緒じゃないんだな」
俺はギルドで受付以外とほとんど話したことがなかったので、突然の声に驚いた。
そもそもイリアもギルドで群れるタイプじゃない。
あの日以来、ミスティとフォルシオンにも顔を合わせていなかった。
「どうも。今日は一人でやってみようかな、と」
「あー。自己紹介まだだったな。俺はウィル・リッター。お前は?」
「ソウマ・ササキ。よろしく」
「お前とはちょっと話してみたかったんだ。よかったら一緒に行かねえか?」
最初の印象とは違い、思ったより親しみやすい。
だが、あの第一印象だ。少し警戒してしまう。
そんな俺の様子を察したのか、ウィルは肩をすくめて、
「心配すんな。なんもしねーし、できねーよ。ハンター同士で争ったら普通に捕まるんだぜ。そもそも依頼ってのは企業案件だしな」
ハンターというのは結構法の範囲内の職らしい。
もっとアウトローかと思っていたが。
「じゃあ……お願いしようかな。正直一人は不安だ」
「おう。安全なの選んでやるよ」
ウィルは小さく笑うと、一枚の依頼を引き抜いた。
意外にもウィルはおしゃべりだった。
まず発したのは、
「改めて二週間前はすまんかったな」
「いや、いいよ。俺は実際変なやつだよ」
「まあそれはそうだったが……違うんだ。俺はいつも言い方が悪い」
自覚があるのか。
ただそれを二週間越しに謝るのは、律儀なやつである。
ウィルは頬をぽりぽりとかくと、
「若い奴が夢見てハンターやって死ぬなんて、たくさん見てきたんだ。俺はイリアが心配だった」
そういうことだったのか。
申し訳ないが、俺はてっきりイリアに色目を使っているのかと思っていた。
「イリアに言ったら分かってくれると思うけど」
「それができたら苦労はしねえだろ。俺は人に注意する時、なんでか素直になれねえ。上からになっちまう」
こうやって話す分にはだいぶ素直だが。
まあ、うまいこといかないらしい。
ウィルは困ったように腕を組んでいる。
「だからお前の時もああなっちまった」
「なるほど。別に気してないよ」
それからウィルとは他愛もない話をした。
ウィルは粗暴な部分は多くあるが、かなり話しやすい兄貴分だ。
まあほとんどウィルのギルド内の愚痴や、依頼の不満などだったが。
それでも楽しかった。
荒野のとある場所が今回の魔物の生息地。
少し探索したところで、見つかった。
魔破猪。今回の討伐対象だ。なんとも気の抜ける名前だった。
「ウィル。俺は指示されないと動けない。その代わり、指示通りにはほぼ完璧に動けるはずだ」
「は? ありえねー。けど面白えな。じゃあ俺の言う通り動けよ。いくぞ!」
ウィルは大剣を主軸とし、罠や煙幕といった搦手も使う戦い方だった。
深追いせず、着実に削る。まさに安定感重視。
イリアとはまた違う安心感があった。
「突っ込んでくる。右に避ければ大丈夫だ」
「了解」
「お前を狙ってる。左に旋回しろ」
「了解」
魔物の特性を理解し、それに合わせた行動をする。
指示は分かりやすく端的だった。
俺にとっては逆にそれがよかった。
また、経験が浅い俺に気を遣ってか、基本は防衛指示が多かった。
しかし、
「ここだ! 攻撃入れてみろ!」
「今のは攻撃入るぜ。次からやってみな」
など、今後の攻撃面に関してもアドバイスをくれた。
何度か着実に傷を重ねた末、魔破猪が大きく体勢を崩す。
そこへウィルの一撃が決まり、魔物は倒れた。
もちろん、かなり手加減はしていた。
そもそも、今の俺には魔物に攻撃を当てること自体が難しい。
だが、ひとたび攻撃が通れば話は別だ。
下手に本気を出せば、一撃で終わってしまう。
イリアの前ならまだしも、さすがにウィルの前でそれをやる気にはなれなかった。
とにかく目立ちたくないのだ。
しかし、ウィルはまるでハンターの先生だ。
ウィルに教わるのはかなり正解じゃないのか?
俺はそう思った。
ウィルは魔物の魔力器を切り取りながら、
「戦闘技術はまずまずだが……確かに完璧だったわ。あとやっぱお前強えな」
「昔から鍛えてたんだ」
最近はそういうことにしている。
「まあハンターなんて、どこの馬の骨かも分からねえやつばっかだ。腕っぷしのいいガキがいたっておかしくはねえが……やっぱ魔術師じゃねえんだな」
俺は肯定する。
「魔術師じゃねえと説明つかねえ馬鹿力だからな。ギルドじゃそう睨んでる連中もいたんだ。まあそもそも魔術師はハンターやらねえが」
「魔術師はハンターをやらない?」
「ははっ、お前マジで常識ねえんだな」
ウィルが笑う。
ただその笑いは蔑称というよりも、面白がるような爽やかな笑いだった。
あのな、と教えてくれる。
「魔物っつーのは、常に魔力を身体に流してんだ。だから強え。ま、これは魔術師と同じ原理だな」
「だが魔物が魔術師と違えのは、その魔力が常に外に漏れ出てることだ。そんで魔術師はその魔力に触れると魔術がブレる。だから魔術師は魔物に弱い。非魔術師がハンターになるっていうのはそういうことだ」
「へぇー……なるほど……」
「いやに感心するなお前」
そりゃ感心する。
魔物、魔術師、ハンターにそんな力関係があったとは。
あと、今日までの話を聞くに、魔術師は身体能力が高いのが特徴らしい。
イメージだと魔術師は後方支援だが、もしかしたらバリバリの近接ファイターなのかもな。
ウィルが魔力器の切り取りを終えたみたいで、地面に座る。
俺はウィルの側に行く。
「解体ありがとう。今度、解体の仕方教えてくれないか」
ウィルは口元を緩めた。
「おう。安い御用だ。ただお前、ハンターなら刃物ぐらい装備しろ」
「たしかに。忘れていた」
俺たちは互いに苦笑した。
さて、と俺が帰り支度をしようとすると、ウィルが声をかける。
「お前、多分ラントさんと同じなんだな」
ラント。
アメリウムさんが言っていた名前だ。
「ラント?」
俺のリアクションを見て、ウィルは後悔の表情をする。
「聞いてないのか……」
さすがに察せる。
この話は、オルレア家の触れてはいけない部分だ。
「教えては……くれないよな」
「ああ。他人の家庭の事情を俺が勝手に言うわけにはいかねえ。……けど」
ウィルは少し伏し目がちになる。
言うかどうか悩んでいるようだった。
しかし、ついには目線を俺に合わせ、
「この街じゃ有名な話だ。二人に聞かなくても、調べれば出てくる」
文字が読めるようになってきたことが、嫌なタイミングで功を奏しそうだった。
その日、俺は早速、街の図書館に向かった。
まだまだ文字も怪しかったが、時間をかければ記事ぐらいなら読めるかもと思ったからだ。
俺は知りたかった。
オルレア家の事情を勝手に知るのは気後れしたが、俺は俺の正体を知りたい気持ちが勝ってしまった。
あの後、ギルドに帰る途中、ウィルからラントの件について調べるなら、一年前の新聞でも見てみろと言われた。
新聞。そう聞いた時点で嫌な予感はしていた。
昼頃から夕方まで図書館に篭った。
文字を追うのにとてつもない時間がかかった。
何度も読み返した。
読むたびに、手が少しずつ冷たくなっていく気がした。
結局、それだけ時間を費やしても、俺が何者なのかは何一つ分からなかった。
分かったのは二つ。
「ラント・オルレア」という男がこのエンテルの街で殺されていたこと。
そして、それは、未解決事件であることだった。




