第二話 バイクは荒野を走る
イリアは部屋の木箱から適当にロープや布を見繕うと、男達を縛り、猿轡を嵌めた。
足の出血は止血済みだ。
その後、イリアは部屋を色々物色していた。
潜入捜査──そんなことを言っていたな。
俺は床に座り込み、木箱を眺める。
側面には文字が書かれているものもあった。
だが、その文字は、今まで生きてきた中で、一度として見たことのないものだった。
拘束された男達を横目で見る。
ちなみに、廊下でぶっ飛ばした男はわざわざここまで運んできてひとまとめにした。
3人の男達は相変わらず気絶したままだ。
蹴っ飛ばしたことを思い出す。
短時間だったが、俺はもうこの力が自分のものである実感があった。
「何なんだろうなあ。この力」
俺は無意識に呟いていた。
「魔術師かと思ったんだけど」
イリアが反応する。
魔術師──当たり前のように出た単語。
先ほど、この男達も口にしていたものだ。
いずれもふざけた様子はない。
イリアの銃、魔術師、見たこともない文字、そして、俺の記憶喪失と異常な力。
それらを繋ぐ仮説が一つだけ浮かんだ。
異世界──。
馬鹿馬鹿しい話だ。
俺はかぶりを振ったが、その反面、どうにも腑に落ちる気がした。
「あれ?ソウマくん、聞いてる?」
上の空だった俺にイリアが声をかけた。
「ん?あぁ、すまん、考え事をしていた。魔術師だっけか……。どうなんだろうなあ」
「ま、ソウマくん、記憶なくてわかんないか。てかここで話す内容でもないよね」
イリアは俺の前に立つと、
「調査終わり!とりあえずこっから出よっか」
と手を差し出した。
俺はその手を掴むと立ち上がった。
部屋を出て、長い廊下を歩く。
出口に向かっているところだ。
イリアが俺に尋ねる。
「ソウマくんさ。これからどうするの?」
確かに……。
これからどうしたらいいんだ?
急に不安が襲ってくる。
もしかしたら異世界かもしれない場所で、記憶なし、持ち物なし、行くあてなしだ。
あの部屋で、俺も何か物色するべきだったか?
答えられずにいると、じゃあさ!とイリアが切り出した。
どうやら、もう決めていたらしい。
「ソウマくんさえよければさ、しばらくは私と一緒に行動しようよ!困ってるんでしょ?助けてくれたお礼、させてよ」
「お礼なんてできないって言ってなかったか?」
「よく覚えてるねー。気が変わった!」
俺はその潔さに笑う。
「ありがたい変わり様だな。イリアが優しくてよかったよ」
そう言うと、イリアも驚いたように笑った。
「ソウマくんがそれ言う?実際、私、結構色々しないと足りないぐらいだよ?」
「色々する羽目になるさ。俺記憶ないんだぞ。しかも結構ないんだ。なんなら行くあてもない。……そう考えると、だいぶ厄介者を預かることになるな。今なら引き返せるけど?」
「君おもしろいねー。引き返していいの?」
「まあ、正直困るな。けど面倒ごとに巻き込みたくない」
「自分の立場、理解しなよ。ここはどーんと、任せなさい。お世話ぐらいたくさん焼いてあげましょう」
イリアは胸を張って、そこに拳を当てた。
「お手柔らかに頼む」
「まずはここを出たら、私の街に行こう!」
この言葉を聞き、俺は一つ確認しないといけないことを思い出した。
「なあイリア。一つ聞きたいんだが、ここは日本か?」
イリアはきょとんとすると、
「ニホン?それは村?国?聞いたことないなー。ここはザヤって街だね」
「……なるほどね。ありがとう」
「日本」に対する反応が薄い。そう感じた。
それでいて、会話が成立している。
イリアも、さっきの男達も、俺の言葉を理解して、俺には相手の言葉も理解できる。
外国語を話している感覚は無い。
やはり、異世界なのか……?
俺が一人で考えをこねくり回している間、しばしの沈黙が流れる。
おもむろにイリアがこちらに振り向く。
「ソウマくんは、私がここで何してたか気にならないの?」
突然の質問に俺は少し驚き、一瞬固まったが、
「……気にはなるが。聞く必要もないだろ」
イリアは少しだけ目を丸くすると、
ふーん、とだけ返した。
聞いといてなんだその反応は。
俺は少し捕捉する。
「助けてくれるだけで十分だ」
「それだけでいいんだ?」
「結構重要だと思うけどな」
イリアは、変なのー、と言った。
廊下の突き当たりまで来る。
そこには上階へ続く長い階段があった。
階段を登ると、その先は普通の民家。
床下収納が隠し階段になっていた。
なるほど、あの倉庫は地下だったのか。
民家は誰にも使われていないらしく、少し埃っぽい。
物は木箱があるぐらいで、室内はがらんどうとしていた。
俺たちは床下を元に戻すと、民家を後にした。
扉を開けると、人影が俺を覆った。
「うわ!?」
俺は驚きのあまり大きな声を出す。
そこには全身を鎧で纏った人間が立っていた。
見上げるほどの長身。
思わず俺は拳を握りしめた。
「どうしたの!?あ、来てくれたんだ……」
イリアも驚いたものの、どうやら知り合いらしい。
「心配になってね」
兜の奥から女性の声が聞こえた。
「イリア、知り合いか?」
「うん。ここを教えてくれた人」
「無事得られるものはあったみたいだね」
鎧の女は俺とイリアを見ると、踵を返した。
「え!?それだけ!?」
イリアが大声で呼び止める。
「そうだね。無事かどうかだけ見に来た」
「なら最初から加勢すれば良かっただろ」
イリアは危うく命を落とすところだったんだぞ。
「そうもいかないよ。私にも色々ある。では、そんな君たちに一つだけ忠告しよう」
鎧女は天に指を差した。
「異端はその力を隠すべきだ。平穏に暮らしたければね。──『星明かり』」
俺たちは指が示す方を見る。
そこには大きな鳥のようなものが飛んでいた。
「……魔鳥だ」
イリアが呟いたその瞬間、
バチバチッ──!
鎧の女の指から一閃。
電撃が鳥を貫いた。
「わ!雷だ!」
「電気!?」
「お、『電気』ねえ。いやあ収穫収穫」
……は?
いやにその単語だけを強調するものの言い方に、俺の思考は停止する。
しかし、もう一度鎧女の居た場所を見ると、すでにそこに姿はなかった。
足音すら聞こえなかった。
「どこにいった!?」
「ソウマくん電気ってなに?」
「え!?」
またしても驚いてしまう。
イリアの質問の意味が分からないのだ。
てか、まず、あいつは一体なんだ。
異端──あれは俺に向けて言っているのか?
勘弁してくれ。頭がパンクしそうだ。
「ねー。電気ってなんなの?」
イリアが不思議そうに尋ねる。
「待て待て。雷は分かるのに電気は分からないのか?」
「んー?雷と電気は同じなの?」
「うーん……ま、まあそれはそうだな」
ここら辺の説明はややこしいな。
もしかして、この世界、電気が無いのか?
イリアは、言い方の違いかー、と納得しているようだ。
「それよりも、どこいったんだ?」
「ん?ジャンプして屋根に乗っていったよ」
イリアは気づいてたのか。
「なんだったんだ……」
「事情があるんでしょ。お互い様だよ」
イリアは特段気にしていないようだ。
……あいつは多分、俺が何者か知っているようだった。
知れるなら知りたい。だが、それは俺のエゴなんだろうか。
黙っているとイリアがなだめるように続けた。
「まあまあ、怪しいけどちゃんとはしてるとは思うよ。さっき撃ち落とした魔物を回収するために屋根に登ったんだよ。あと、心配して見に来てくれるなんて優しいよね」
「確かに、それを聞くと律儀ではあるが……」
魔物とか言う突拍子もない単語が出たが、今はそれを整理する気にもなれなかった。
異端はその力を隠すべき──。
その言葉だけが、頭の中で繰り返されていた。
俺の力は、隠さなければならないものなのか。
「まあいいじゃん。とりあえず行こうよ」
突然の出来事に困惑するが、危害が無いだけよかったのかもしれない。
なんか無理矢理納得することが多いなあ。
**********
民家があった場所は路地裏だった。
太陽の高さから、時間は昼過ぎだろう。
煉瓦造りの家が建ち並んでいる。
一見すると街は中世風の様相だ。
「ここを抜けたらさ、駐輪場があるんだよ。そこに私のバイクが置いてあるから」
「バイク……?」
反射的に口に出してしまった。
異世界と言えば、中世。そう思っていた俺を見事裏切る単語だ。
「ん?バイクも知らないの?」
イリアは怪訝そうな顔をする。
「いや……知ってるけど。バイクなんかあるんだなって……」
「結構どこにでもあると思うけどなー」
けらけらと笑うイリア。
その横顔と、腰のガンホルダーが目に入る。
そうだ。
イリアの銃も、普通の銃より機械感が強かった。
魔術、魔物……それらに反して、機械にバイク。
俺のよく知る異世界とはまた違うらしい。
それでさ、とイリアが話し始める。
「ソウマくんは魔術師なんじゃないか?って思ったんだけど、違うの?」
「ああ、言ってたな。でも俺にその自覚はないな」
魔術師。
さっきの女はきっとそうだ。
あんな超常的なもの、そうでないと話がつかない。
だったら、俺の力も魔術的なものなんだろうか。
「やっぱそうかー。私も魔術師じゃないから、そこんとこはよく分からないんだけど」
うーん、とイリアは一拍置き、
「でもさ、記憶なくなったからって魔術も忘れるのかな?って思ったんだよね」
「というと?」
「魔術って生まれつきのものらしいから。あと、うろ覚えなんだけど……魔術は脳で制御するんだよ」
少し考えるように言う。
「だからさ、ほら、えいやーって頭に力込めたら出たりして?」
……適当すぎないか?
だが、言っていることは一理ある気がする。
俺の場合、この世界の人間ではない可能性がある以上、魔術の存在が記憶と結びつくとは限らない。
だが、どうも魔術は先天的なものらしい。
つまり、記憶喪失でも使える可能性があるということだ。
事実、俺は知識を失っている様子はない。
失っているのは経験だけだ。
試しに俺は意識を集中する。
頭に力を込める。
……何も起こらない。
力が目覚めた様子もない。
なんなら、あの時の膂力を呼び起こした感覚すらなかった。
「特に変わったところはないな」
「え! ほんとにやったんだ。素直だねー」
おい。
「適当言っただろ」
「ばれた?」
あははー、と笑う。
……思った以上に適当なやつだ。
「魔術師だったらよかったんだけどね。記憶なくて行くあてもなくてどうしようもなくても、国が保護してくれるからさ」
「魔術師ってのはそんなにすごいのか?」
「そりゃそうだよ! てか、その知識もないのかー。まるでこの世界の人じゃないみたいだねー」
飛び出した鋭い発言に、俺は少し身を強張らせた。
先ほどの警告も思い出す。
俺が異世界人であることは匂わせない方がいい。
幸い、イリアはそれ以上そこを追及してこなかった。
路地を抜け、大通りへ出る。
駐輪場らしきものはすぐそこにあった。
受付の中のおじさんにイリアはナンバープレートを渡した。
「ありがとー!いくら?」
「No.5ね。100ルインだね」
イリアは懐から財布を取り出し、お金をおじさんに渡す。
「まいどー」
「私のバイクは奥にあるよ」
俺はイリアについて行く。
駐輪場は思ったより小さかった。
他にバイクは停まってない。
奥までたどり着くと、イリアが立ち止まり、両手を広げた。
「じゃーん!これが私のバイクだよ!どう?かっこいいでしょー」
俺はバイクには詳しくない。
だが、形は日本のものと大きく変わらないように見えた。
目を引くのは、骨格を形作る白銀の金属だ。
妙に美しい。磨き上げられた機械の輝きだ。
そういえば、この金属、イリアの銃と似ている気がする。
細かいことはいい。
結論として浮かんだ感想は一つ。
「これは……かっこいいな……!」
「わかる!? ちょーかっこいいよね!」
イリアは満面の笑みを浮かべる。
「今から乗せてあげるから、光栄に思いなさい」
「さすがにテンションあがるなあ」
イリアはバイクにまたがると、鍵穴に鍵を差し込む。
その後、何やら機械を操作していた。
エンジンを吹かすのではなく、何個かのスイッチを押している。
まるで機械の操作盤だ。
プシューッ!
突如、バイクが白い煙を吐き出す。
「準備できたよ!」
そう言って、こっちを見るのは、バイクにまたがる銀髪制服少女。腰には銃だ。
奇妙な光景だな。
そう思いながら、後ろに跨った。
「ソウマくん!ちゃんと腰に手回さないと吹っ飛ぶよ!」
「俺はそうやすやすと女の子に触れるほど肝は座ってない」
言いながら、結局腰に手を回す。
嫌でも感じる女の子の肉感、そして甘い匂い。自然と顔が引き攣った。
「君は冷静なように見えて、ちゃんと少年なんだねー」
「うるさいな」
顔は見えないが、からかっていることは声のトーンでよく分かった。
「しゅっぱーつ!」
バイクは白い煙を吐きながら、街を駆け抜けた。
**********
バイクは荒野を走っていた。
ザヤを出た俺たちは、ひとまず、イリアの住む街へと向かっている。
「このバイク、めちゃくちゃ静かじゃないか?」
先ほどから聞こえる音は、タイヤが地面を蹴る音、風が横切る音。
プスプスといった控えめな排気音ぐらいだ。
「ん?バイクは静かなもんでしょ?ソウマくんとこのバイクは違うの?」
イリアは当然の調子で答える。
どうやら特別な改造を施したバイクではないらしい。
静かなバイクこそがこの世界の標準なのだろうか。
空は青く、雲は白い。
荒野の先には低い山並みが続く。
遠くにはところどころに茂みが見えた。
空気は澄んでいて、景色だけ見れば外国の田舎だと言われても信じてしまいそうだった。
拍子抜けするほど、普通の景色だ。
「ひとまず俺はお金を稼がなくちゃなあ。記憶が無くてもできる仕事とかないかな」
我ながらなんと難易度の高い相談だ。
だが、金は全てを解決する。
短絡的かも知れないが、現実的だろ。
「そうだねー。ソウマくんなんも持ってなさそうだもんね」
「無一文を通り越して、この身一つだ」
「そんなソウマくんに私から名案があります!」
「おーこれは期待だな」
「ソウマくんには私のお手伝いをしてもらおうかな!ハンターとして!」
「ハンター?」
また新しい単語が出る。
しかし、直感的。
小難しい専門用語や独自言語ではない。
狩る者、だ。
「ハンターもわかんないかー! しょうがないなあ、お姉さんが一から十までぜーんぶ教えてあげるよ」
イリアはなぜか楽しそうだ。
というか、
「お姉さん?イリアは何歳なんだよ」
見たところ歳は変わらなさそうだが。
「んー?納得いかないかな?私は十七歳だよ」
言葉に詰まる。
そんな俺の様子に、イリアは得意げに笑った。
「はい!お姉さんです。結局ソウマくん何歳なの?」
「十六歳……あーいや、十七歳かも。記憶ないからさ」
「うそつけー!何歳かは覚えてるんでしょ!」
「まぁいいよ。言うて一歳差ね」
「私らの年齢の一歳は大きいよー。では、ソウマくんは私に大人しく教わりなさい」
まあ、最初からそのつもりだ。
イリアに教わらなければ、この世界では生きていけない。
「さっきの街──ザヤもそうだったんだけど、基本的に街は壁に囲まれてるんだよ」
確かにそうだった。
あの街を出るには城壁を越える必要があった。
「理由は一つ。外には魔物が沢山いるからです。そしてそれを狩るのがハンターです!以上!」
「雑すぎでは?」
「いやでもほんとにそれだけだもん。ハンターは魔物を狩る。狩ったらギルドに報告する。報酬を貰う。お金持ちになる」
「ギルドがあるのか」
「あるよー。一応そこに登録しないと、魔物を狩っちゃダメだからね」
魔物ね。ここはお約束と言ったところだな。
「魔物はね、めーっちゃ強いんだよ。私は結構1人でもやれるんだけど、最近はそれも、そろそろ限界かなーって思っててさー」
イリアは運転しながら、首を軽くこちらに向けた。
「私、ソウマくんとなら上手くやれる気がするんだよねー」
「そうか?」
「そうだよ!私たち息ぴったりだったじゃん!」
倉庫でのことを思い出す。
確かにあれは、即席にしては上出来だった。
というか、完璧だ。
「なんか結局仕事まで助けてもらってるな。ありがとう」
「んー?手伝ってもらうって言ったでしょ?つまりこれはギブアンドテイクだよ」
「……なら是非手伝わせてくれ」
「よろしい」
このよくわからない異常なパワーがある以上、力がものをいう世界に身を置くのは分かる。
果たして、一介の高校生に魔物なんて狩れるのかとも思うが、こんな状況だ。
四の五のは言っていられない。
異世界で重要なのは、生きるために、どれだけ適応するかだな……。
少し経った時、イリアが右側を指さした。
「ほら。あれが魔物だよ」
イリアの指す先、目をこらしてよく見てみる。
そこには小型ビルほどの大きさはある、木の形をした化け物がいた。
その姿を見て、俺は数秒息を忘れた。
現実から乖離した光景に思考停止するが目は逸らせない。
太い根のようなものが足の役割をしており、触手のように枝を動かしている。
顔と思われる場所には目のような穴が開いており、頭の葉は生い茂っていた。
そう、まるで──
「トレントみたいだな」
「トレントだよ」
俺たちの声が重なった。
「え?本当にトレントなのか?」
「ソウマくんトレントは知ってるんだ!」
互いに驚き、またも、声が重なる。
少しの間。
どっちが話し出すかを伺っていたら、イリアが噴き出した。
「ほら!私たち息ぴったり!」
「そういうことではないだろ。というかアレ。こっちに向かってきてないか?」
「ほんと?トレントは目が悪いから、そんなことないと思うけど」
俺はトレントを見つめ続ける。
その巨体は明らかに近寄ってきている。
ドドドド──!
地ならしも聞こえてくる。
「おい!やっぱこっち来てる!」
「ほんとだー。よく私たちのこと分かったねー」
イリアは間延びした声で答える。
なんで焦ってないんだ?
魔物に対する価値観が違うんだろうか。
「もしかしてトレントは無害な魔物なのか?」
「ん?いや全然殺してくるよ」
「じゃあダメじゃねえか!」
俺の反応にイリアはけらけらと笑う。
こうしてる間にも地ならしの音は大きくなってきた。
「大丈夫、逃げ切れるよ。それとも狩っちゃう?」
「ギルドに登録しないとダメってさっき言ってただろ」
「お、よく覚えてたね。偉い!」
「そんなこと言ってる場合か!すぐそこだぞ!」
気づけばトレントは見上げるほどまで来ていた。
でかすぎる。
異世界かそうじゃないか疑っていた俺をバカにしたい。
こんな化け物、異世界に決まってる……!
「だから大丈夫だって。私のバイク、エーテルカスタムだから」
「それは分からん!とにかく大丈夫ならなんでもいい!」
イリアは、あははーと笑う。
「バイクは知ってるのにエーテルは分かんないんだ。変なのー。じゃ、ソウマくん、私に密着するようにくっついて。恥ずかしがらないでね?」
「恥ずかしがってる場合じゃないのはさすがに分かる!」
言われるがままに俺はイリアの背に上半身をくっつける。
「行くよ!『エーテルギア・アンロック』!吹き飛ばされないでね!」
カチッ
バイクのどこからか、機械音が聞こえた。
ドンッ!
瞬間、排気パイプから白い煙が今までと比にならないほど吐き出される。
そして、
グンッ──
身体がまるごと後ろに引っ張られる感覚。
とてつもない慣性。
ものすごいスピードで流れていく景色。
──バイクは爆発的に加速していた。
「はえー!」
「でしょー!」
風の音がうるさくて、俺たちは大声をあげる。
イリアの脇からバックミラーを見れば、トレントの姿はみるみる後ろに下がっていった。
「これまだ本気じゃないんだよ!」
「まじかよ!」
俺は高揚を隠しきれない。
「二人乗り用の安全装置付けようかなー!ソウマくんに本気見せたげたいよー!」
「いつか見せてくれ!」
いつか。
俺たちは何故かもう一度二人で乗ることを想像していた。




