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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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邪道と外道

十二章(その3)、邪道と外道


 「そんな、これじゃ」

エンリケはアイリンの言葉を思い出す。琥珀色の魔石は、魔力の音が聞こえない曲者だと。

「きゃあああっ」

モルヴァリッドが悲鳴を上げる。彼女は、もう姿が見えないほど魔物に覆い尽くされていた。

『坊ちゃん、坊ちゃんが助けないと』

シルウィアが囁く。

(どうやって?僕には何の力も)

『彼女の杖が落ちています。拾ってください、坊ちゃん』

シルウィアの言う通り、モルヴァリッドが先ほど使っていた杖が、すぐ傍に転がっている。エンリケはそれを拾い取った。

けれど、エンリケは魔法が使えないのだ。どうしろと言うのだろう。

(くそっ、迷っている暇があれば、助けるか言われたとおりに逃げるか、はっきりしろよ!)

エンリケは無意識に杖を魔物へ向けた。


ぼおおっ


すると、杖が燃え上がり、そこから炎の柱が伸びる。魔物は端から焼き尽くされていく。

「あちっ」

「きゃっ」

魔物から解放されたモルヴァリッドが落ちてきた。エンリケはとっさに受け止めようとしたが、十一歳の少年が、大人の女を受け止めきれるはずもなかった。

「ぐは」

エンリケはモルヴァリッドの下敷きになる。

「大丈夫ぅ?エンリケ君」

「……」

いつもの調子に戻ったモルヴァリッドの声を聞き、危機は去ったことを彼は知った。

「やれやれ」

モルヴァリッドは立ち上がり、周囲に散らばる魔物の残骸を見た。

「こんな魔物、見たこと無い。砂漠には住んでないはずよぅ。でもひとまず、問題解決かしらぁ。エンリケ君のお陰ねぇ、さすが見習い魔法使い!ありがとう」

モルヴァリッドは少年を抱きしめると、浮かない顔の彼を覗き込んだ。

「どうしたの?」

「……いえ……ちょっと気になることがあって。あと、杖を燃やしちゃいました。ごめんなさい」

モルヴァリッドは炭になった杖を拾い上げ、エンリケと見比べた。怒るわけでもなく微笑んでいる。

「いいのよぅ。杖なんてまた作ればいいんだものぉ。それより、まだ風見を続けないといけないわぁ。でもちょっと不安だから、エンリケ君に護衛してもらおうかなぁ。まあでも、もう大丈夫だと思うけどね、ほら」

モルヴァリッドが指差す先を見ると、他の風見が呼んでくれたのだろう騎士が数人、駆けつけてくるところだった。


 「エンリケ」

「師匠」

騎士たちの後ろから、アイリンが姿を現した。

「すまなかったな、私が気づけなかった。怪我は無いか?」

「はい」

アイリンは地面に点々と落ちている魔物の死骸と、魔石を見て眉を寄せた。

「これは」

魔物の身体から出てくることは無いはずの、琥珀色の魔石。アイリンは形が残っている魔物の死骸と傍に落ちていた魔石を拾い上げ、エンリケを呼んだ。

「エンリケ、ギルドマスターをたたき起こすぞ。これについて調べなければ」

「あらぁ、行っちゃうの」

モルヴァリッドが残念そうに言った。


 ギルドに着くと、マスターは既に起床していた。外の騒ぎに睡眠を邪魔されてとても不機嫌そうだ。

「あーあーあー、言わんでも分かるわい。ちゃっちゃと出せ」

アイリンが無言で死骸と魔石をカウンターに置く。マスターは眼鏡をかけ、不気味な塊を観察した。鋭い目で、アイリンを見る。

「まるでお前さんを計算にいれたかのようじゃの」

その言葉に、アイリンも射抜くような眼光でマスターを見つめ返す。

「……ええ、間違いなく私への対策でしょう。私の『魔力掌握』をかいくぐるための。―――エンリケ」

「はっはい」

アイリンは魔石を目の高さに持ち上げて見せた。

「琥珀色の魔石は、魔物の体内で生成されることは無い。これは間違いなく人間が生み出したものだ。つまり、この魔物は天然の魔物ではない。意図的に何者かが作り出したに違いないのだよ」

「意図的に……そんなことって出来るんですか?」

この問いに、二人の魔導師は奇妙な顔をする。

「うん、まあ……やろうと思えば、な」

「やろうと思えば、出来るんじゃが……その、なんだ」

アイリンとマスターは揃って目を泳がせた。

「作業工程が、吐き気を催すぐらい気持ちが悪いというか」

「考えてもみたまえ、生き物を作るんだぞ。いろいろ、素材なんかが必要だし。人道にもとるというので禁止になっているくらいだし……」

「……もしかして、やったことあるんですか?」

エンリケの遠慮の無い問いに、二人はぎこちなく微笑み返す。

「昔、学院の目を盗んで、ね」

「わしも、若気の至りで……ちょっとな。だ、大丈夫じゃ!証拠はきちんと隠滅済みじゃからの」

(この人達……)

エンリケは肩を落とした。

 マスターは死骸を片付けながら、おもむろに言った。

「アイリン、お前いつまで黙っておるつもりじゃ。奴らの行動はこれからもっと派手になるぞ。この小僧もいつまでも知らずにおるわけにはいかんだろう」

「――師匠?」

「……やむをえない、か」

アイリンは溜め息をつくと、懐から銀色のカードを出した。見ると、『この証明書を持つ者はあらゆる恩恵を得る』と記されている。

「それは何ですか?」

「ギルドマスターも顎でこき使える便利なカードだ、エンリケ」

アイリンの雑な説明にマスターは呆れた。

「小僧、勘違いしてはいかんぞ。このカードは魔導師にとっては疫病神じゃ。できれば一生見たくなかったの。坊主、魔導師が依頼を受ける時にもらうものはなんじゃった」

「依頼書、ですよね」

「そうじゃの」

マスターはうなずく。

「だが、依頼書の無い仕事も幾つか存在する。そういう時、魔導師にはこのカードが渡される。大抵の願いは叶えられるし、これがあれば通れぬ場所はほとんど無いじゃろう。それほどの権力が与えられるのじゃ。それはなぜか」

マスターはその小さな目にいくばくかの哀しみを滲ませる。

「それはの、その依頼が魔導師の命を奪いかねないからじゃ。特権はそのわずかな見返りにすぎん」

達成不可能とされる依頼を、達成せねばならないから。

「えっ―――」

エンリケはばっとアイリンを振り仰いだ。アイリンはにやっと笑う。

「そういうことだ」

笑って受け止められるアイリンは、きっと只者ではないのだろう。しかし。

「命を失うかもしれないって……」

「安心したまえ、私も死ぬつもりで依頼を受けたわけではない。達成できると踏んだから受けたのだよ。難しいには違いないがね。――ん、どうした」

うつむいてしまったエンリケを見て、マスターが溜め息をついた。

「はあ、アイリン、あまり弟子を不安がらせるなよ」

「いや、そもそもあなたが言えと言うからですね」

「人のせいにするなこの三流魔導師め。こんな依頼受ける方が悪いわい」

「さっ三流?仮にも世界チャンプの私に向かって三流?聞き捨てなりませんねマスター」

「あの」

エンリケの上げた声に、二人はぴたりと口をつぐんだ。

「どんな依頼なんですか」

エンリケは銀色のカードを見つめた。カードはただのカードだ。師匠が受けたという依頼は一体。

 アイリンは指先でカードを弄ぶと、事も無げに言った。

「エンリケ、君を付け狙う組織――『ルシフェリオ・ダテン』の壊滅だ」

「『ルシフェリオ・ダテン』?!なぜ」

エンリケはその名を知っていた。なぜなら多くの街にその支部があり、孤児院や貧しい人々への慈善事業をおこなっている団体だからだ。

「組織の末端の人々は何も知らずに、毎日を貧民救済のために働いていることだろう。だが、大きな組織になればなるほど、一枚岩ではなくなるものだ。古の時代から、あの組織には裏で疑惑の目が向けられてきた。そして、魔導師ギルドはついにその裏の歴史を暴こうと動き始めたのさ。その尖兵に私が選ばれただけでね」

エンリケはことが大きすぎて何も言えなくなってしまった。そんな弟子を励ますように、アイリンは微笑む。

「心配は要らない。君は安心して修行に励みなさい」

「……とは言え、どうするつもりじゃ。この小僧、魔法を使う力はないのじゃろ?見事なまでの魔力の持ち腐れじゃ」

マスターはエンリケを隅々まで眺め回した。アイリンはその通りだとうなずいたが、

「けれど、抜け道はある」

とエンリケの肩に手を置いた。

「エンリケ、君はさきほどシルウィアの力を使ったな?シルウィアを外に出すことなく」

「……はい。シルウィアが教えてくれました」

「よし」

アイリンは指を鳴らすと、室内をぐるぐると歩き回った。考えをまとめているのだろうか、やがて足を止めると、

「君には魔法を使う才能が無い。だが、それを精霊の力で補える。精霊が完全に君の支配下にあるのなら、それは魔法と言い換えることも出来るだろう」

「つまり、なんじゃ。まさかとは思うが小僧に憑く精霊を増やそうとか言うのかい。邪道じゃのー」

顔をしかめるマスターとは対象的に、エンリケの顔は明るくなっていた。

「じゃあ、精霊がたくさんいれば、僕も普通の魔法使いみたいに!」

「いや、それは無理だな。人体の限界から見て、四体ほどがせいぜいといったところだ。大したことは出来ないだろう」

「……」

笑顔から一転、エンリケは

「ですよね」

と落胆した。

「だが、他の誰にも出来ないことだよ。精霊を養うには魔力が必要だ。君の魔力が精霊の命として使われることになる。魔力だけは人並み外れている君にしか出来ない。魔法分野の新たな開拓だ。というわけで」

アイリンはエンリケの肩をぐいぐい押すと、ギルドの戸口から外に出した。

「精霊を捕まえておいで。自分の身を守る力は自分で手に入れろ」

「え」

ギルドの戸が冷酷に少年を閉め出した。

「外道じゃのー」

アイリンの仕打ちに対してか、分厚い扉の向こうからマスターの暢気な声が聞こえた。

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