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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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風見の歌

十二章(その2)、風見の歌


 エンリケは上機嫌のモルヴァリッドに手を繋がれながら、坂道を上へ上へと登っていた。そこで、彼はあることに気がつく。

「音がしないですね。あの、ぼおおおっていう」

「ああ、『アネモスキロの喉笛』のことねぇ」

「アネモ……キ……なんですか?」

「アネモスキロ、の、喉笛。街の入り口にあった守護神像の中に入っている魔法道具よぉ。風の具合で音が出るようになってるわ」

モルヴァリッドは後ろを振り返ると、街の入り口に鎮座している巨像を指差した。

「あれの中に入ってるのね。夜は稼動させないのよぉ。だってうるさくて皆眠れなくなっちゃうじゃない」

二人は再び歩き出す。道は暗く、頭上は満点の星空だ。空気が薄くて澄んでいるので、今まで見たことも無いほど沢山の星が見えた。

「魔石のかけらをばら撒いたみたいだ」

「あら、その表現素敵ねぇ。さっ、もう着くわよ、あそこに見えるあれ、あの小さな塔が風見の塔」

二人の目の前には、岩を削りだして造られた建物が佇んでいた。

 中に入ると、モルヴァリッドが明かりを灯した。何処から取り出したのか、彼女が握っている杖の先に揺らめいている光に、エンリケは驚く。

「モルヴァリッドさん、魔法使いだったの?」

モルヴァリッドはくすくすと笑う。

「うーん、当たらずとも遠からず、ねぇ。本当に簡単な魔法しか出来ないのよぅ。あのギルドのじじいに教えてもらったことだけ。世の中には魔法の学校ってのがあるのでしょうけど、ここは閉鎖的な場所だものぉ。まあでも」

モルヴァリッドは明かりを灯したままの杖を壁のくぼみに差し込むと、下を眺めるように塔から身を乗り出した。

「風見の“歌”が魔法の一部に入るなら、私たちも魔法使いってことになるのかなぁ?」

彼女はすうっと息を吸い込むと、静かに歌いだした。

 エンリケはモルヴァリッドの歌声に合わせて、風に含まれている魔力が少しずつ穏やかになっていくのを感じた。ゆったりとして独特な旋律の歌だ。風に心があるのなら、風の為に子守唄を歌っているかのような。それは多分魔法では無いのだろうが、不思議と魔法のような力があるのだ。

 歌自体はそれほど長くない。歌い終わったモルヴァリッドは、

「実際のところはよく分からないけど、この歌は砂漠に住む風の神と精霊をなだめるもの、なんだってぇ。あ、ほらほら、聞いて」

モルヴァリッドに促されて耳を澄ますと、少し離れたところからも同じような歌が聞こえてくるのだった。モルヴァリッドは、別の塔でも仲間の風見が番をしているのだと言う。

「なにしろ大風の時期だものぉ、人手を増やしているの」

「みんな綺麗な声なんですね」

エンリケは素直に感動していた。モルヴァリッドはやや誇らしげに胸を張る。

「そりゃあ、声が綺麗でなくっちゃ、風見にはなれないものぉ」

 そうしてしばらく二人は風見の仕事をしていた。エンリケは特にすることはないのだが、モルヴァリッドの話し相手だ。

「あら?」

モルヴァリッドが一瞬、険しい顔をする。彼女の視界の端にちらりと引っかかった影があったのだ。眉をひそめ、風の中に目を凝らした。

「……変ねぇ。おかしい。それに風が強くなってくる」

モルヴァリッドの声に緊張が生まれる。エンリケも彼女の視線の先を追うが、暗くてよく見えない。彼女には見えているらしい。

「何よあれ。あの鳥……どうして風に逆らって飛べるの……?いいえ、鳥じゃない!魔物!」

「ええっ」

モルヴァリッドは杖を引き抜くと、闇に向かってぶんっと振った。杖先から光の玉が離れ、風に揺られながら飛んでいく。

「あれは」

小さな光が照らし出したのは、蟲のような魔物の大群だった。一匹一匹の固体は小さいが、寄り集まって飛行することで不気味な黒い塊と化す。見たことが無い種類の魔物だ。

 遅れて気がついた別の風見が、同じように光の玉を飛ばし始めた。けれど、魔物の翼に打ち落とされて消えてしまう。

「ここまで来る!エンリケ君、降りるわよ!ここは目立つ!」

モルヴァリッドはエンリケを先に降ろし、空を睨んだ。

(まずは逃げて……騎士たちを起こして……それから、えっと)

「モルヴァリッドさん!」

「今行くわ」

 二人は坂を駆け下りた。背後から不吉な羽音が聞こえてくる。

「シルウィア!」

エンリケは叫んだ。


「はい、坊ちゃん」


暗闇の中では、シルウィアの身体はいっそう赤く輝いて見えた。

「魔物!魔物が来てる!」

「撃退するんですね。でもちょっと数が……尋常じゃない気が」

シルウィアは体から炎を迸らせ、近づく魔物を焼き払った。が、済まなそうにエンリケを振り返る。

「坊ちゃん、この風ですと私の炎が吹き消されてしまいます。身体が保てません」

シルウィアは炎熱の精霊だ。しかし、まだまだ生まれたばかり。強い風の前に立たされても平然としていられるほど強くは無かった。吹き消される寸前の蝋燭のように、シルウィアの形は頼りなく揺らめいている。このままでは消えてしまうかも知れないと思ったエンリケは、シルウィアを身体の中に戻した。

(シルウィアの力を借りられない。早く騎士たちを)

 その時、隣を走っていたはずのモルヴァリッドが消えた。

「モルヴァリッドさん?!」

「――エンリケ君、行って!早く!」

モルヴァリッドが浮いていた。いや、彼女の手足には黒い蟲たちがまとわりついており、彼女が攫われたのだと分かる。

「モ、モルヴァリッドさん!」

「私はいいから、早く逃げて」

「で、でも」

(助けなくちゃ)

しかしそう思う反面、彼にはもはや術が無い。彼女の言う通り、早く騎士たちを呼んで来るべきなのだろう。けれど、そうすれば間違いなくモルヴァリッドはどこかへ連れ去られてしまう。いや、魔物にかじられてしまうかも。

(そうだ、師匠ならこの魔物の魔力を聞きつけて、来てくれるはずだ!)

エンリケの前にも魔物が群がってきた。エンリケはそれを払い落とす。意外にも魔物の身体は脆く、容易に裂けてしまった。体液がこびりついた魔石が、ぽろりと地面に落ちる。

「―――え?」

エンリケは、その魔石を見るなり硬直した。まさか、そんなはずは無い。

「どうして……琥珀色をしてるんだよ……」


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