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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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マルジャの悩み

お気づきかもしれませんが、活動報告に各話の予告を載せています。そちらも是非に。

十二章(その4)、マルジャの悩み


 「お前さん、地獄の鬼も泣いて逃げ出すような冷血ぶりじゃの」

「そうですね」

マスターの言葉を、アイリンは否定しない。ルシフェリオ・ダテンの回し者と思しき魔物の襲撃の直後であるにも関わらず、エンリケを一人で放り出したのだ。もしかしたら近くに組織の関係者が潜んでいるかもしれないのに。

 アイリンはそっと戸を開け、エンリケがいないことを確かめると外に出た。空はそろそろ白み始めている。

 アイリンは跳躍すると風に乗った。マドーラ・チサを一望できる高度まで上がると、隣の砂漠も見下ろすことが出来た。エンリケならば、きっとあそこに向かっただろう。

 案の定、砂漠に向かってとぼとぼ山を下りている弟子の姿を確認できた。そして―――。

 アイリンはすっと目を細め、麓の街に目を凝らした。いや、正確には耳を澄ます。

(ふむ、組織の魔法使いが潜伏していたのはあそこか)

そして今もいるだろう。もしかすると、下ってくるエンリケと鉢合わせするのかもしれない。

(すまないなエンリケ。撒き餌になってもらうぞ)

アイリンはしばらく上空で見守ることにした。

 ゆうべの魔物の群れだけで戦力は尽きたのか、それともまだ隠し玉があるのか。琥珀色の魔石のからくりをアイリンに見破られたと知った上で挑んでくるだけの力があるのか。もしそうでないなら、一人でいるエンリケを迂闊に襲うことは出来まい。エンリケの姿に、どこかから見張っているであろうアイリンを重ねるだろうから。襲ってくるのであれば、こちらが有力な情報源を確保するだけだ。

 それに、危機感が薄れないうちにエンリケには力をつけてもらわねばならない。彼には強くなってもらわねば。

 アイリンは銀色のカードを朝日にかざした。ジーノが苦渋の決断で渡してきたカード。仕事上のみならず、個人的に親しい友人でもあるアイリンにこれを渡すのにどれほどの葛藤があったことだろう。

 同時期に、アイリンの他にも同じカードを渡された魔導師がいる。それも何人か。皆同じ任務を帯びて、この世界のどこかにいる。彼らの情報は秘匿されているが、共通する点がある。


『あなたの他にも、ギルドがこのカードをお渡しした、またはお渡しする予定の魔導師はいます。私はギルドの地方支部の長に過ぎないので、それが誰かは分かりませんが、依頼をする上でいくつか条件があったのです。


一つ、技と知略に長けた魔導師であること。二つ、かの組織とは無関係の者であること。―――三つ、弟子がいること、です。このことがどういう意味か、分かりますね』


(エンリケ、君には早く強くなってもらわないとね。私にいつ時間切れがくるか分からないから)

アイリンは静かに杖を振った。

 

その朝、マドーラ・チサの麓のマドーラ・カンナで旅の魔導師が絶命しているのが発見された。遺体には外傷は無かったが、その顔は苦悶と恐怖に歪んでいたという。



 エンリケはようやく砂漠にたどり着いた。とはいえ、ずっと徒歩で来たわけではない。途中で馬車(麓から砂漠にかけてはわりと平坦だったので、荷車や馬車が使われている)の後ろに同乗させてもらったり工夫をしてやって来たのだ。なにせそこそこ距離があるのだ。ちまちま歩いていたら時間が掛かりすぎてしまう。

 この砂漠は、風神の砂漠と呼ばれている。理由は言わずもがな、風がすごいからである。マドーラ・チサもすごかったが、ここもすごい。

「砂が目に入る!」

エンリケはゴーグルをつけた。

 さて、これだけ魔力を含んだ風が吹いているのだ。どこかにいないものか、精霊。

『坊ちゃん、多分奥地に行かないとだめだと思いますよ』

「うーん、やっぱりそう思う?でも僕、師匠の修行で毎回遭難している気がするんだ。砂漠で遭難って死に直結するよ」

エンリケは水筒の水を確認する。砂漠に入る前に手前の街で購入したのだ。他にも日光を凌ぐ為の布など。

「まだ早朝だから寒いけれど、日が昇ったら暑くなるんだろうな」

かくして過酷な修行が始まり、彼の消息はぴったりと途絶えたのだった。



 マルジャは下宿人の衣服を洗濯していた。千夜荘の多くの雑用を彼女は文句一つ言わずにこなす。その日も、普段の三倍の早さで掃除を終え、買い物をし、恐るべき手際のよさで仕事を片づけている。

 完璧だ。

 その様子を、アフとレイラはこそこそと見守っていた。バールは商売に行っていて不在、シェルはもとより不在、モルヴァリッドは風見に出ているからしばらく戻らない。アイリンは恐らくギルドだろう。

 よって、暇な二人がこうして物影に隠れながら額をつき合わせているのである。

「ねえ、どう思う?あれ」

「うーん、変だね」

「でしょう。あの子は働き者だけど、あんなに無茶な働き方はしないわよ」

「どうしてだろうね」

首を傾げたアフに、レイラは大げさに溜め息をついてみせる。

「おやおや、考えれば分かることじゃないの。エンリケ君だよ。彼がずっと戻らないから不安なのを、ああして誤魔化しているのさ」

 その時、石鹸と服を擦り合わせるマルジャの手が止まった。

「……はあ」

そして再び手を動かす。アフとレイラは顔を見合わせた。

「エンリケ君は何処に行ったんだろうね?」

「さあねえ。けれどもしかしたら案外すぐに分かるかも知れないよ」




「親分!」


洗濯物を干しているマルジャの元に、子供が一人走りこんでくる。

「エンリケがいるかもしれない場所が分かりました!」

「本当?!」

マルジャが勢い良く振り返った。

「それはどこ」

「砂漠です。ビアンナ砂漠」

その言葉を聞いたマルジャの手から、ばさりと洗濯物が落ちる。

「ど……うして。あんな危険な所だと?」

動揺を隠せないマルジャに、子供が答えた。

「俺たち、あの女魔法使いを見張ってたんです。後をつけたりして……。そしたら、一日に何度か砂漠のほうを見てるから……多分」

マルジャはしゃがみこみ、洗濯物を拾った。顔を上げた時には笑顔になっていた。

「そうなのね。ありがとう、さすが私の子分だわ」

「へへっそれじゃあ親分、また!」

子供は走り去る。マルジャはその背中を見送り、見えなくなってから溜め息をつくと、せっかく拾い上げた洗濯物を地面にたたきつけた。

「あ。あれ僕のシャツだ」

「ご愁傷様」

マルジャは怒りを抑え切れない様子でわなわなと震えていた。

「なんで……どうして!」

マルジャは叫ぶと、足音も荒々しく駆け出してしまった。後には地面でぺしゃんこになっているアフのシャツが残される。

「僕のシャツ……」

アフは物陰から出ると、自分のシャツを拾い上げた。レイラを振り返って問う。

「マルジャはどこに行っちゃったんだろうね」

「おやおや……それも考えれば分かることじゃないの」

レイラはやれやれといった様子で頭を振った。



 エンリケが砂漠に旅立ってから既に数日。アイリンはこの日、いや、正確にはこの日“も”ギルドで雑用をしていた。

 かの『轟雷』が雑用など、と思うかもしれない。しかしこの街は騎士と風見によって守られているため、魔導師がわざわざ出向かなくても良いのである。

 どれほど高名な魔導師でも、ギルドにおいてはギルドマスターが最高権力者。今のアイリンにはあの『カード』もあるが、彼女は使う気が無い。

「あなたにこき使われるのも久しぶりですよ」

アイリンはギルドのカウンターに広げられた部品を手に取った。ギルドに持ち込まれた魔法道具である。

「この街には魔導師が少ないからの。きりきり働いてもらうぞ」

「たしかに、ギルドが近所の何でも屋になるぐらいには、少ないですね」

「ああん?ほれ、さっさと手を動かせ」

アイリンは「はいはい」と作業を再開する。

 アイリンが部品に手をかざすと、金属の表面にぼんやりと文様が浮かび上がる。魔法道具の中に内蔵されている回路――魔法陣と同じ類のものだ。

 繊細な回路の中に磨耗した箇所を見つけ、刻みなおす。

「お前さん、道具師に転向しても十分やっていけるのう」

マスターが呆れたように言い、新聞を広げた。この老人はアイリンに仕事を押し付けてくつろいでいるのだ。

「下積み時代に散々やりましたからね」

アイリンは言う。マスターはアイリンのそれがもはや本職の技量を超えているのを知っているが、「そうかい」の一言で済ます。

 アイリンは魔法の各分野に秀でている。しかも魔法のもたらす効果を効率的に組み合わせ、最小限の手間で最大の結果を得る。アズブルクのギルドマスターがアイリンにカードを渡したのは、ある意味で正解。だが、恐らくカードを渡された魔法使いの中では、最も適さない人選でもあろう。否、“適任すぎて”、彼女以外にいなかった。もし、彼らが一同に会し、行動することがあるのなら―――。

「アイリンよ」

「なんですか」

「お前、なぜ“賢者”にならんかった。お前ならなれたじゃろうに」

アイリンは目を丸くする。彼女のこんな表情が見られるのは珍しいことだ。

「……別に、必要性を感じなかったので。“賢者”の地位は確かに魅力的ですが。良いでしょう、野放しの私みたいな魔導師がいても」

「お前さんがいつどこに現われるか、夜も眠れん魔法使いが多いだろうよ」

「ふふ、そうかもしれませんね。けれど私は戦場の気にあてられすぎた。賢者という清らかな椅子に座るわけにはいかない」

アイリンは道具の修理を続ける。

 やがてマスターが新聞を読み終わり、アイリンが修理を終える頃。


ばたんっ


突然開け放たれた扉の前には、顔を強張らせた少女が肩をいからせて立っていたのだった。


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