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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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マドーラ・チサ

十一章、マドーラ・チサ


 ひゅおおお、と岩山の間を駆け抜けていく風が二人に吹きつけた。それだけではない。どこからか、ぼおおお……と低く振動するような音が聞こえる。

街の入り口である。門の両脇には珍しい意匠の石像が立っており、風がその像にぶつかるたびに笛のような音を出すのだ。

(どういう仕組みなんだろう……)

街を何かから守るように仁王立ちする像は、人々を傲然と見下ろしている。

「エンリケ、こっちだ」

「あ、はい」

街の大通りは斜面になっている。それもかなり急だ。車輪のついた道具は使えないのではないだろうか。実際、この街には馬車や荷車がなかった。馬やロバの背中に荷物をくくりつけるか、直接背負って運ぶ人が多いようだ。

エンリケは師匠の後ろを歩くうちに、ぜいぜいと息が苦しくなり始めた。

「き、きつい……」

高地だから空気も薄いのだろう。身体が酸素を求めているが、どうしようもない。先を歩いていたアイリンが立ち止まって振り返った。

「大丈夫か?」

「ちょっと、きついです」

エンリケは正直に打ち明けた。

「そうか、慣れるしかないな」

アイリンはそう言ってすたすたと歩き始める。

「……」

(さすが師匠、甘くないや……)

エンリケは何度か深呼吸すると、覚悟を決めて師匠の後を追った。

 

小さな影が二人のあとをつけていた。小柄な体型を活かし、地形や建物に身を潜めながら、『標的』との距離をじりじりと詰めていく。

 二人はこの街の魔導師ギルドにやってきた。背の高い女のほうが中に入り、一緒にいる少年は外で待たされている。傍らには大きな荷物。

「……楽勝だね、あれなら」

くすくす、と思わず笑いがこぼれてしまう。

「旅人さん、運が悪かったと諦めるんだね」


 エンリケは街行く人を眺めていた。

(結構大きな街なのに、静かなんだなぁ)

ギルドも、アズブルクやイッセンのような大きさはない。せいぜい一軒家ほどの大きさといったところだろう。

 その時、坂の上から果物が転がってきた。エンリケの足にぶつかって止まった物もあれば、そのまま転がり続けるものもある。

「ひ、拾ってくださああい!」

破れた袋を握りしめて駆け下りてくる少女が、エンリケに向かって叫んだ。エンリケは彼女に手をふって答える。

「分かった!ちょっと待って!」

エンリケは果物を追いかけて坂を駆け下りた。勢いのついた果物はなかなか捕まらない。

「うわっとと」

つまづきそうになりながら、なんとか果物を回収する。

(あれ……この果物、くさってるぞ?)

白いカビのようなものがこびりついている。

「君、これって」

振り返ったエンリケは、「あれ?」となった。少女がどこにもいない。とりあえず、ギルドの前にまで戻ってきたエンリケは、あることに気がつく。

 荷物がない。

(――ぬっ、盗まれた?!あの子に?)

慌てて少女を探すと、坂の上のほうに、荷物を抱えて走っていく後ろ姿が見えた。

「ま、待って!」

エンリケは彼女を追いかける。

 

「エンリケ、待たせたな。……おや」

ギルドから出て来たアイリンは弟子の姿がないので、手持ち無沙汰気味に髪をかき混ぜた。


 「はっ、はあっ、はあ……」

エンリケはがっくりと膝をついた。すっかり見失ってしまった。それに、体力がもうもたない。

「あの子、足が速いなあ……げほっ」

しかし困ったことになった。あの荷物の中には、金銭や着替えなどが入っていたのだ。このまま見つけられなければ、どこかに売り飛ばされてしまうかもしれない。

(絶対見つけないと……)

この街のどこかに必ずいることは分かっている。エンリケは目を閉じると、耳を澄ませた。


 泥棒少女はエンリケを撒くと、路地裏に入った。“戦利品”を地面に下ろしてしゃがみこむ。わくわくと顔を輝かせて荷物を漁った。

「何が入ってるのかな~?」

「着替えとお金と、師匠の荷物だよ」

「ふうん、そう……。は?」

少女はぎょっとして背後を振り返った。汗だくの少年がこちらを見下ろしている。少女はそれが自分が荷物を盗んだ相手だと気づいた。

「やばっ」

「逃がさないぞ!」

 エンリケは少女の腕を掴んで引き止めた。苦労して捕まえたのだ。もう追いかけたくない。坂道を走ったことが身体に堪えていた。

「か、返して、荷物」

「離してよ!」

少女はエンリケの腕を殴りつけ、怯んだ隙に逃げ出した。すると少女の行く手を阻むように火の粉が舞い上がる。

「坊ちゃんに謝りなさい!」

動けないエンリケの替わりに、シルウィアが飛び出して少女の前に立ちはだかった。少女は驚いて叫んだ。

「ひいいっ、魔物!」

「え」シルウィアはショックを受けたようだ。むっとして少女を睨みつける。

「あ・や・ま・る・のです!泥棒さん!それに私は魔物じゃないです」

「ちっ、近寄るな!あああ……」

パニックに陥った少女は、ぺたりと地面に座り込んでしまった。

「そんな、そんな……」

(今まで私を捕まえられた奴なんていなかったのに)


 

「……ごめんなさい」

少女は悄然とした様子で謝罪した。エンリケは荷物の中身に欠けがないことを確かめると、彼女に向き直る。

「はあ、君、いつも旅人を狙って盗みを?」

「……」

小柄な彼女がますます小さく見える。エンリケはぽりぽりと頬をかいた。

「まあ、荷物は返してもらったからいいとして」

「甘いのです坊ちゃん!泥棒は罰さなくては……」

シルウィアは魔物に間違われたことを根に持っているらしい。このままでは少女を丸焼きにしそうだ。エンリケはシルウィアを宥めた。

「シルウィア、いいよ。――ところで君、なんていうの?名前。僕はエンリケだよ」

「……マ、マルジャ……」

マルジャはちらちらと恐れの目をシルウィアに向けながら名乗った。エンリケは腕を組んだ。

「そう、マルジャ。なんで盗みを?大きなお世話かもしれないけど、君の家はそんなに困っているのかい?」

「ち、違うよ!普通の家さ。ただ……この街は私の“なわばり”だから……」

(なわばり?)

 その時、エンリケの肩にばしっと何かがぶつかった。地面に落ちたそれを拾い上げると、木の実の殻のようだ。

(なんだこれ?)


「親分!助けに来ました!」

「早く早く!」


数人の子供の声がしたかと思うと、エンリケの上に雨あられと殻が降り注ぐ。

「いたたたた!」

「お前達!」

マルジャの表情が明るくなった。にやっと笑うと、エンリケの肩をぱんっと叩いて走り出す。

「じゃあね」

脱兎のごとく見事に脱走した彼女らを追いかける気力は、エンリケにはなかった。

「きいっ。坊ちゃん!命じてください、私が捕まえてきますから」

「シルウィア、荷物はちゃんと戻って来たし、僕たちもそろそろ戻らないと……」

エンリケは荷物を抱えると、路地裏から通りに出た。シルウィアは納得のいかない顔をしていたが、肩をすくめてエンリケの中に戻った。

「さてと。ひどい目にあったぞ……」

『坊ちゃん、そういえば何故泥棒さんの居場所が分かったのですか?』

「師匠の魔法道具が入っていたからね。魔力の音を辿れば簡単だよ。ただ、この坂には参ったけど。それにしても」

(“親分”か……)

マルジャは何者なのだろう。


 アイリンはよろよろと戻ってくる弟子の姿をみとめた。

「どこに行っていた?」

「すみません、ちょっといろいろあって……」

「そうか。まあいい。下宿先を見つけたから、今からそこに行く」

下宿。エンリケにとっては初めての経験である。普通に宿屋に泊まるのとはどう違うのだろう。

(ちょっと緊張するなあ)

二人は一つの家の前まで来た。アイリンはドアをノックする。

「ぜえぜえ……はーい今開けます」

明るい声がして、ドアが開く。エンリケは中から出て来た人物を見て固まった。そして同時に反省する。

(師匠、下宿って、こんな危険なものだったのですか。僕の認識は甘かった……)

エンリケは涙目で抱えた荷物を握り締めた。そんな彼を見て大声を上げるのは。

「あああっ、あんた、しつこい奴!」

エンリケに人差し指を突きつけ、マルジャが叫んだ。


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