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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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砂風の街

更新が遅くなり、申し訳ありません。

十一章(その2)、砂風の街


 この『千夜荘』に下宿することになった二人は、主人のジャファルと娘のマルジャにそれぞれの部屋に案内された。

「なによう……うちに来るんだったら盗るんじゃなかった……」

マルジャがぶつぶつとぼやくのを聞いて、エンリケは少しいらっとしてしまった。

「そもそも盗みなんて働くべきじゃないだろ」

「……それは分かってるけど。はあ。―――はい、ここがあなたの部屋よ。右隣には商人のバールさん、左隣には派遣騎士のアフさんが住んでるわ。あとで挨拶くらいしておいてね。食堂と浴室は下の階よ。食事の時間になったら呼びに来るわ。部屋に足りないものがあったら言って。えっとそれから窓は午後まで開けないでね。昼ごろにいつも大風が吹くから、危ないわ。それじゃ」

マルジャは一息に説明を終えると、階段を下りていった。

(悪い子なんだか良い子なんだか)

エンリケは彼女の後ろ姿を見つめながら思った。

 部屋は綺麗に整頓されていた。書きもの机と、寝台と、棚ぐらいしかないが、花瓶に花が生けられているなど気が利いている。

 今日からここに住むのだ。壁一つ隔てて他人が住んでいることに今ひとつ馴染めないが、慣れなければなるまい。

(随分遠いところに来ちゃったな)

異国の地は、何もかもが違う気がした。見慣れた緑の地面ではなく、灰色がかった褐色の大地。砂混じりの強い風。それに、あまり喋らない街の人々。決して陰気ではないのだが。

 エンリケは窓から外を見た。改めて見るとすごい傾斜だ。

 外を歩く人々の中には騎士の姿が多い気がする。武装をしているのに、よくあの坂を往来出来るものだ。そういえば、マルジャもすごい速さで駆け上っていた。この街の人は足腰が丈夫なのだろう。……―――。

(うーん、なんとなく師匠がこれからやろうとしている修行が分かる気がするぞ)

 風が強くなってきたのだろうか、窓ががたがたと鳴り始めた。

 

 エンリケは走っていた。街の斜面という斜面を、汗をだらだら流しながら。呼吸も陸に打ち上げられた魚のようだ。なぜそれほど苦しみながら走るのをやめないのか。理由は簡単だ。アイリンがそう命じたからだ。

 そんな少年を、街の人々は温かい目で眺めていた。彼らにとっては子供が斜面を走っている姿など日常的なものなのだ。


ぼおおおお……


街の守護神像が風に吹かれる音。この地に来てから何度か耳にしたが、街のどこにいても聞こえるらしい。

 ふと気がつくと、通りから人が消えていた。先ほどまで歩いていた人々、店先で商売をしていた人々が忽然といなくなっていた。道の上にいるのはエンリケだけである。

(消えたんじゃない、家の中に入ったんだ)

「坊や!早く家に帰りな!騎士様方の邪魔になるぞ!」

どこからか怒鳴られて、エンリケははっと身を強張らせた。


ぼおおおおおお……

ぼおおおおおお……

ぼおおおおおお……


エンリケは駆け上ってきた坂の下に目を向けた。とてつもない魔力の塊が、こちらに押し寄せてくる―――彼の直感が訴えたからだ。


ぼおおおおおお……

『坊ちゃん!ここは危険です!』

シルウィアが切羽詰ったような声で叫ぶ。


 それと同時に、叩きつけるような強風がエンリケを襲った。



 「うわああっ」

エンリケは耐え切れずに地面に這いつくばった。とても立ってはいられない。それどころか、地面に貼り付いているのが精一杯だ。

 エンリケの体が浮き上がり、ごろんごろんと二回ほど後転する。爪を立ててなんとか地面に留まるも、いつ吹き飛ばされてもおかしくは無い。

 その時、エンリケの背中を地面に押し付けてくれる手があった。

「君、どうして外にいるんだ。危ないじゃないか」

振り返ると、甲冑に身を包んだ男がエンリケの傍にしゃがみこんでいた。

「おーい。そろそろ来るぞー」

男の仲間だろうか、怒鳴る声が聞こえる。男は「ああ」と返事をし、エンリケを抱え上げた。

「摑まれ。でないとすぐに飛ばされてしまうよ。あ、なるほどそうか、君はエンリケ君だろう?」

「えっ。どうして……」

戸惑うエンリケに、男はからからと笑うと目配せした。

「マルジャちゃんに頼まれたからね。僕はアフだ。後ほど千夜荘で会えるさ」

アフは通りに設けられた避難用の壕にエンリケを連れて行くと、「じゃ」と出て行った。

「た、助かった……」

エンリケは壕の床に座り込んだ。

「エンリケ!」

壕には先客がいた。マルジャと子供達だ。マルジャはつかつかと寄ってきて、腰に手をあてて彼を睨んだ。

「やっぱりね、このあたりの風の恐ろしさを知らない旅行者はたいていひどい目に遭うのよ。注意したじゃない」

「いや、だって、あんな大風が吹くなんて」

それに、アイリンは一言も風のことを言わなかった。彼女がこのことを知らないはずが無いのだが。

「……」

「ちょっと聞いてるの?」

「あ、ごめん。聞いてるよ」

壕の奥では子供達がくすくす笑っている。暗くてよく見えないが、この場にいるのはエンリケとマルジャを含めて六人のようだ。マルジャを「親分」と呼んでいた子達だろう。

「君達はここで……?」

「何をしてるかって?ふふ、今に分かるわ」

外の風の音が変わった。ざらざらと地面を擦るような音に変化してきている。

「砂が!風が砂嵐に変わってる?」

「きたきた」

「押すなよ」

壕の入り口近くに子供達が駆け寄る。一体何だろうとエンリケも彼らに倣った。

 砂色の風。エンリケは無意識に耳を澄まし、風の中に無数の魔力の塊があるのを感じた。

(いや……これは生き物だ)

その時、彼らの目の前を、小さな陰がすっと横切った。小さな手足に大きな口。魔物だ。

「魔物が街に」

「驚いた?」

マルジャがにやっと笑ってエンリケを見た。

「マドーラ地方の隣には砂漠があるの。ビアンナ砂漠――この風はそこから吹いてきているのよ」

だからこんなに砂が―――エンリケは顔に掛かった砂を払った。

 砂風の中で動く影は魔物だけではなかった。騎士たちがその魔物を退治しているのが見える。子供達は目を輝かせていた。

「やっぱり騎士はかっこいいなあ」

「すげえ、あの魔物を一撃で倒したぜ」

彼らはわざわざ騎士たちの働きを見物するためにここにいるようだ。マルジャはエンリケに説明してくれる。

「騎士様方は風に流されて街に入った魔物を倒してくれる。砂漠にも魔物は多いから―――でも、騎士が守るこの街は安全!嵐の中外に出なければね。そういえば、アフさんに会ったでしょ?」

「あ、うん……助けてもらったよ」

「感謝しなさいよ、この私に」

胸を張るマルジャを見て、エンリケは沈黙した。しかしよく考えてみれば、アフにエンリケを助けるよう頼んだのは彼女だったか。

「うん、……ありがとう」

「分かればいいのよ。これで貸し借りは無しだからね」

エンリケの荷物を盗んだことを言っているのだろう。しかしエンリケは誤魔化されなかった。

「ねえ、マルジャ」

「なによ」

「君、僕に『外には出るな』とは言わなかったよね。もしかしてわざとかい?」

マルジャはあさっての方向を向いた。エンリケはやれやれと頭を振る。

(もしかして師匠もグルだったりして)

あの師匠ならありえそうだ、とエンリケは失礼なことを考えた。

 砂嵐が止んで、空気が澄んできた。エンリケが外に出ようとするとマルジャが肩を掴んで止める。

「まだよ。まだ街の中に魔物が残っているわ」

「あ……そっか」

エンリケはおそるおそる壕から顔を出してみた。確かに、街の角にちらほらと小さな魔物の姿がある。駆け回って駆除している騎士の姿も。

「毎日こんな風が吹いているのかい?」

エンリケが尋ねると、マルジャは軽くうなずいた。

「この時期だけだけどね。一日一回、砂漠から大風が吹いてくるのよ。だから今は派遣された騎士様方がこの街に多いわけ。あ、もう出ても大丈夫みたい」

マルジャは子供達を連れて外に出、エンリケも引っ張り出した。

 道にはきらきらした物がたくさん落ちていた。エンリケは見覚えのあるそれに驚く。

「これ、魔石……?」

エンリケが思わず手を伸ばしかけると、

「触っちゃだめ!」

マルジャが厳しく制止した。

「それは騎士様方のもの。魔物の中から出て来た魔石なんだから」

「魔物の中から――?!」

エンリケは驚いて飛びのいた。マルジャはきょとんとする。

「あら知らないの?魔石って魔物の体内で作られるのよ」

エンリケは唖然として道に点々と散らばっている魔石を見つめた。色は灰色に近い半透明だが―――エンリケは首から提げている琥珀色の魔石と見比べた。マルジャがそれを見咎める。

「何、それは……それも魔石なのかしら?変わった色ね」

マルジャが顔を寄せてくる。彼女は琥珀色の魔石を見たことがないようだ。それに、道に落ちている魔石は不揃いな形だが、エンリケのは整った正八面体である。

 しかし、エンリケは首飾りをぎゅっと握り締めると走り出した。坂の急斜面など意に介さず、マルジャが呼び止める声も無視して。



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