歴史に残る事件(後編)
佐伯の運転する車は、宮ヶ瀬ダムへ向かっていた。
「水野、宮ヶ瀬ダムってのはどんなところなんだ?」
「ちょっと待ってください。LUNAに聞いてみます」
水野は携帯端末を操作した。
「LUNA、宮ヶ瀬ダムについて基本情報を教えて」
『はい。宮ヶ瀬ダムは神奈川県愛甲郡のに位置する重力式コンクリートダムです。堤高は156メートル、堤頂長は375メートル。首都圏の水がめとして、重要な役割を担っています』
「かなり大きなダムなんだな」
佐伯が感心したように言った。
『また、周辺は観光地としても知られています。特にクリスマスシーズンには、高さ約30メートルのジャンボクリスマスツリーが登場し、イルミネーションで多くの来訪者を楽しませています』
「へえ、そんなものがあるのか」
『周辺には飲食店もあり、観光客の口コミでは、もつ煮などの料理を評価する声も見られます』
「モツ煮! いいねえ!」
佐伯が思わず声を弾ませた。
「佐伯さん、遊びじゃないですよ!」
「分かってるよ。ちょっと気になっただけだ」
水野は小さくため息をついた。
そんな会話をしているうちに、車の前方に宮ヶ瀬ダムが見えてきた。
「あれか!」
佐伯が前方を指さした。
遠くに見えるダムの周辺には、何やら茶色い巨大な物体が横たわっている。
その上方の山肌には、広範囲に白いものが見えた。
「まだ雪が残っているんですね。綺麗!」
水野は窓の外を眺めながら言った。
「そうだな。ずいぶん大きなものに見えるが……」
二人を乗せた車は、現場へと近づいていった。
現場周辺にはすでに地元警察による規制線が張られ、一般の立ち入りが制限されていた。
国土交通省のダム管理職員や関係機関の調査員たちも集まり、現場の確認を進めている。
しかし、彼らの表情はどこか複雑だった。
真剣に調査をしている者もいれば、思わず苦笑いを浮かべている者もいる。
「何だか妙な雰囲気ですね」
「まあ、行ってみりゃ分かるだろ」
二人は警察手帳を提示し、規制線の内側へ入った。
そして、現場に近づいた瞬間。
「……何だ、この臭いは」
佐伯が顔をしかめた。
「確かに……。まるで汚物のような臭いですね」
水野も眉をひそめた。
さらに数歩進む。
二人の目の前に、巨大な茶色い物体の全貌が現れた。
全長はおよそ300メートル。60階建てのマンションを横倒しにしたような大きさだった。
葉巻のような形をした、異様な物体。
そして、その周辺には白い紙が大量に散らばっていた。
二人はしばらく黙っていた。
やがて佐伯が口を開いた。
「これはあれだ! あれ! うんこだ!」
「うんこですね!」
水野も思わず声を上げた。
「あの、雪みたいに見えたのは尻ふいた紙だ」
「…………」
水野は言葉を失った。
「おまえ。さっき綺麗とか言ってなかったか?」
「うっ……! 綺麗に見えたんですよ!」
水野は少し怒鳴るように言い返した。
「ははは! そうか、そうか!」
佐伯は笑いをこらえきれない。
「ていうか、トイレットペーパー使い過ぎだろ!!!」
「そこかよ!」
佐伯の声が、宮ヶ瀬ダムの静かな山あいに響いた。




