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魔法の便器  作者: 好月
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7/11

新しい我が家

「田中さん、大変でしたね。引っ越しのお手伝い、私にもさせてください」


水害のことを聞いた千鶴は、そう申し出てくれた。


田中にとって、それは思いもよらない申し出だった。


「えっ! いいんですか?」


「もちろんです。大変なときはお互い様ですから」


電話越しの千鶴の優しい言葉に、田中の胸は高鳴った。


(千鶴さんが引っ越しを手伝ってくれる……)


水漏れで部屋が水浸しになったことなど、すっかり頭から消えていた。


(いや、むしろ水漏れしてよかったんじゃないか?)


「漏水最高!」


思わず口に出してしまった。


「え?」


「あっ、いえ! 何でもありません!」


田中は慌てて取り繕った。


新居は、大家の叔父が所有していた古い日本家屋で想定外の大豪邸だ。

そんな家に千鶴が来てくれるのだ。

引っ越しの日が待ち遠しくてならない。



遂にその日はやってきた。午前中から田中は引っ越し業者と一緒に、次々と荷物を運び入れていた。


その頃、千鶴は新居へ向かっていた。


指定された住所に到着し、目の前の建物を見上げる。


「……え?」


そこには、想像していたものとはまるで違う立派な日本家屋があった。


千鶴はスマートフォンを取り出し、田中から送られてきた住所を確認した。


もう一度、建物を見る。


そして、再び住所を確認する。


「ここ……だよね?」


門の表札を確認し、スマートフォンの地図を開く。


間違いない。


どうやら、ここが目的地らしい。


千鶴は少し戸惑いながら門をくぐった。


そこへ、荷物を運び終えた田中が顔を出した。


「あっ、千鶴さん! いらっしゃい!」


「あ、田中さん!」


「すみません、お待たせしました」


「いえ。それより田中さん、ここなんですか?」


「はい。そうですよ」


「本当に?」


「本当です」


「住所、間違えていませんよね?」


「たぶん大丈夫です」


「たぶんって……」


千鶴は困ったように笑った。


田中は少し照れくさそうに頭をかいた。


「大家の叔父の持ち物なんです。しばらく使っていなかったらしくて」


「すごいですね。こんな立派なお家に住めるなんて」


その言葉を聞いた田中は、少しだけ胸を張った。


二人は一緒に荷ほどきを始めた。


千鶴が食器を整理し、田中が段ボールを運ぶ。


「あ、それは台所にお願いします」


「はい。分かりました」


そんな何気ないやり取りさえ、田中には楽しかった。


水害で壊れてしまった冷蔵庫などの家電製品も買い替える必要があったため、二人で家電量販店へ出かけることになった。


冷蔵庫の大きさを相談したり、電子レンジを選んだり。


まるで新婚夫婦の買い物のようだった。


田中は何度も千鶴の横顔を盗み見ていた。


(こんな日がずっと続けばいいのに……)


気がつけば、田中の胸は幸せでいっぱいになっていた。


買い物を終えて家に戻ると、ようやく一段落した。


「田中さん、コーヒーでもいかがですか?」


「あっ、ぜひ!」


千鶴は台所に置かれていたコーヒーメーカーを見つけると、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。


やがて、部屋いっぱいにコーヒーの香りが広がった。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


二人は縁側に座り、庭を眺めながらコーヒーを飲んだ。


穏やかな午後だった。


「素敵なお家ですね」


「そうですね。私もまだ全部見ていないんですよ」


「じゃあ、探検してみませんか?」


「いいですね!」


二人はコーヒーカップを片付けると、広い家の中を改めて探索することにした。


廊下を進み、いくつもの部屋を見て回る。


普段あまり使われていなかった家だけに、昔ながらの調度品も多く残されていた。


そして、奥の和室に入ったときだった。


「わあ……」


千鶴が声を上げた。


部屋の奥には、立派な鎧武者の甲冑が飾られていた。


黒を基調とした重厚な甲冑に、立派な兜。


その姿は、今にも動き出しそうな迫力があった。


「すごいですね。こんなものまであるんだ」


田中が感心していると、隣にいた千鶴の様子がおかしいことに気づいた。


「千鶴さん?」


千鶴は甲冑をじっと見つめていた。


「どうしました?」


返事がない。


千鶴の身体がふらりと揺れた。


「千鶴さん!」


田中が声をかけた瞬間、千鶴は意識を失うように、その場に崩れそうになった。


「大丈夫ですか!」


田中が駆け寄る。


すると次の瞬間だった。


千鶴が突然、目を大きく見開いた。


「いくさじゃーーーー!!」


「うわっ!」


田中は飛び上がった。


千鶴は勢いよく立ち上がると、目の前の甲冑を見つめた。


「おおっ! これが新しいわしの甲冑か!」


その口調は、いつもの千鶴とはまるで違っていた。


「い、いったいどうしたんですか、千鶴さん?」


「何を申しておる! いざ出陣じゃ!」


千鶴は甲冑に近づくと、さっそく身につけようとした。


しかし、甲冑は見た目以上に重かった。


「むむっ! なかなかの重さじゃな!」


千鶴が甲冑に手をかけた、そのとき。


ぐらり。


甲冑が大きく傾いた。


「危ない!!」


田中は反射的に飛びついた。


千鶴の上に甲冑が倒れ込まないよう、必死に支えようとする。


しかし、甲冑の重さには勝てなかった。


「うわあああ!」


ドサッ!!


田中と千鶴は、甲冑を巻き込んで床に倒れ込んでしまった。


幸い、甲冑が千鶴に直撃することはなかった。


だが、二人は床に折り重なるような格好になっていた。


「いったたた……」


田中が顔を上げようとした、そのとき。


千鶴の顔のすぐ近くに、田中の足があった。


「うぉっ!!」


千鶴が突然、大声を上げた。


「くっせーーーー!!」


次の瞬間、千鶴の身体から力が抜けた。


しばらくすると、千鶴がゆっくりと目を開いた。


「あれ……?」


いつもの千鶴の表情に戻っていた。


「ここは……?」


田中は慌てて起き上がり、千鶴に手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


千鶴は田中の手を借りて起き上がった。


そして、少し不思議そうな顔をした。


「私……もしかして、記憶をなくしていましたか?」


田中は一瞬、言葉に詰まった。


「ええ……少し意識を失ったみたいです」


「そうだったんですか……」


千鶴は周囲を見回した。


倒れた甲冑。


床に散らばった部品。


そして、何とも言えない表情で座り込んでいる田中。


「田中さん、大丈夫ですか?」


「ええ、私は大丈夫です」


田中はそう答えた。


しかし、心の中では別のことを考えていた。


(今のは……いったい何だったんだ?)


田中は床に転がった兜を見つめた。


立派な日本家屋。


不思議な甲冑。


突然別人のようになった千鶴。


その後は千鶴はいつもどおりの明るさを取り戻し、再びコーヒーを入れてくれた。


午後7持を過ぎたあたりで田中は車で千鶴を送り届けた。

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